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(後半)三十一話 女盗賊シーラ

「くそう! なんてついてないんだいあたしは!」


 帰ってきた斥候の報告を聞いた女盗賊、シーラは身の上の不運を呪った。

 シーラは昨日までは部下が8人足らずのしがない女盗賊であった。

 こつこつとガライで盗みを働き、道往く商人を襲い、盗賊としては異例の〔宵越しの金を貯める〕タイプの人物であった。




 ある日、いつものように襲うターゲットを吟味していた所に一人の商人に目が止まる。

 盗賊の勘、とでも言うべきなのであろうか? わずかに他の商人とは違う買い物の品と量。

 シーラはわずかなその違和感を頼りに部下の数名に尾行を命じた。



 ガライの門は出門時、一定数を一定時間に分けて門の外へ出す。

 慢性的に入出門を可能にしてしまうと、商隊の後に高確率でよからぬ〔影〕がくっついて回るのを形式的にだけでも防ぐ為であった。

 シーラの部下は実に上手く商人に化け、ターゲットと同時に出門するグループに入る。

 その部下達が息を切らせて帰ってきたのが7日後の事であった。


「シーラ! 新しい村を発見した! 自警団も十数人しかいない。しかも、収穫前だ」


 でかした! と斥候の部下を労い、自らの目で確かめるべく足の速い部下を連れて出門の準備をする。

 斥候の部下に自前の地図を広げ位置を確認し、参謀のバロルを呼び出した。


「そろそろあたし達も一世一代の賭けに出る時が来たのかもねぇ、いつまでもコソ泥家業じゃいつ食いっぱぐれるかわかったもんじゃない。あたしが自分の目で見て、〔いける〕と判断したらゴヤにこれを持たせて走らすから、おまえはこれをミゼルの質屋に見せるんだ」


 そう言うと、胸元から銀細工のタペストリーを見せる。バロルは無言で頷いた。


「ミゼルは『見事な柄ですね、どなたの持ち物で?』と聞いてくるから、おまえは『おかしいなぁ。貴方の物の筈なんですが?』と答えるんだ。いいね?」


「……わかった」


 バロルは言葉少なげに返事をする。


「タペストリーと交換であたしが溜め込んだ金を受け取れるはずだから、その金であたしが帰ってくるまでにならず者達を雇って待っておいてくれよ。……質問は?」


「人数と質は?」


「……そうだねぇ。現地を見て、ゴヤに手紙を持たすからその指示通りに頼むよ」


「中間地点で待ち合わせるという手もある」


「……あたしが実際にこちらの戦力を見ずに行動に移るのが怖いねぇ。でも時期的に収穫期だし、商人に買い取られた後だと旨みが半減するからねぇ。そこも手紙で指示するよ」


「了解した。以上だ」


 それじゃ頼むよと、スキンヘッドのバロルの頭をポンと叩き、部屋の外に出るとゴヤを呼びつけアジトから出て行った。




 リラと呼ばれているその村は、自警団がしっかりしているベナンという規模の大きい村の裏の小道を1日ほど辿った場所にあった。

 深い森を切り開いた村である為、盗賊よりは害獣の類に気を使っていそうな作りになっており、まさにチコの実の収穫の最中であった。


「いいタイミングだ。チコの実は収穫期になると凄い匂いを出すからね。それでこんな森の奥に村を作ったのかね。村民の鼻が利かない内に片付けてしまうのが良さそうだね」


 ゴヤにタペストリーを渡すと羊皮紙にスラスラと指示を書き込んでいく。


「ゴヤ、頼んだよ。おまえの足の速さの見せどころだ」


 ゴヤの尻をパンと叩き、ゴヤは森の中を疾走する。

 シーラはその後半日程村周りを偵察し、2日半かけてバロルと落ち合う地点まで戻ってきた所で部下2名と接触する。

 シーラと入れ替わりでリラの村に斥候を送ったのだが、その斥候が信じられない報告を持って帰ってきた。


「恐らく、クリスエスタの訓練課程の遠征行軍の騎士団およそ60騎、リラの村に入村!」


 その報告とほぼ同時にバロル率いるならず者集団150名が到着する。

 今回はリラの村の収穫物の略奪だけでなく、シーラは村を自分の拠点にしようと企んでいた為、質より量を最重視した編成となっていた。


 シーラはそれでも作り笑いを浮かべバロル隊を歓迎する。


「遠路ご苦労だった、傭兵諸君。まずはここで小休止だ。バロル、部下を集めてくれ、話しがある」


 歩き詰めで来たならず者達は休憩の言葉に胸を撫で下ろし、装備を解いて腰を下ろし始める。

 その一同に背を向けて歩きながら、背後のバロルに問いかける。


「バロル、ご苦労だったね。よくあの金でこれだけの人数揃えたもんだ。何か仕掛けでもあるのかい?」


「指示には量が最重要だと書いてあった。よって、傭兵達に支払ったのは前金だけだ。食料、装備は各自持ち、拘束期間は10日間だ」


 前金で全額支払い済みと聞いて、我慢が出来なくなったシーラはとうとう頭を掻き毟る。

 それでも、量のわりに一定の質を保った傭兵団を見ると、バロルの仕事は上等と言えた。


「おまえがそこまで感情を出すとは、ほよどのアクシデントなんだな」


「あぁ、最悪も最悪、何もせずに今までの稼ぎがパァだよ」


 会話の最中に部下8人全員が背後に揃い、傭兵団と十分な距離を取ると円陣を組んで座り込む。


「セジュ、もう少し詳しく状況を聞かせてくれ」


 シーラは斥候から返ってきたばかりのセジュに意見を求めた。


「報告の通りだ。おそらく遠征行軍の訓練を兼ねた、クリスエスタ騎士団の一部だろう。村民は収穫祭の準備に取り掛かってたようだから、おそらく4~5日は滞在すると思うぞ」


「騎士団もチンケだねぇ、見回りと称してタダ飯タダ酒に有り付こうってこの時期に遠征訓練なんかやりやがって」


 バロルが質問する。


「騎士団の装備状況はどうだ?」


「勿論全員が馬持ち。装備もまぁ豪華なもんでしたよ。ほぼ全員が槍と片手剣でした。弓は数名が持っていた程度。狩りをする装備じゃないんで、威光をかざして収穫祭目当てが濃厚なんじゃないですか?」


「村での戦いだから、馬は関係無いとしても騎士60か。敗走したら馬で追撃のおまけ付きで、騎士60相手に我らならず者150で勝てると思う奴は手をお挙げ」


 全員が静まり返る。すると、ゴヤが口を開いた。


「例え奇襲に成功してもまず間違いなくこちらも全滅に近い被害を受けるよね。獲物が金貨だったり宝石ならば懐に忍ばせてガライまで逃げ帰れる自信はあるけど、チコの実を担いでガライまで帰るなんて不可能だし、本来の村を乗っ取る目的は一番ダメになった。騎士団相手に仕掛けて勝った所で、報復が無い訳がないもんな」


 わかりきっていた事を口に出され、シーラはもう一度頭を掻き毟る。


「あぁ、この5年間はなんだったんだろうねぇ。5年の稼ぎがならず者のピクニックで全部消えちまったよ」


 肩を落とすシーラ。

 すると、バロルが口を開いた。


「……代案がないわけでもない」


 肩を落としたままシーラが返事をする。


「……なんだい。その代案ってのは」


 シーラが顔を上げるのを待っていたバロルだったのだが、シーラが一向に姿勢を崩さないのでそのまま発言をする。


「ここから徒歩で3日の所に、クリスエスタ管轄の最前線の砦がある」


「あぁ、あるねぇ」


「あそこは名目こそクリスエスタ管轄だが、いわばエスタ住民の左遷地域でもある。砦の収入は全て砦の住人で使ってもよいらしい。つまり、自活を認めるから勝手にしろとのお達しだ」


 ゴヤが口を挟む。


「俺さ、あそこに行った事あるよ。みすぼらしい砦でさ。アクシデントで日没間際になった商人が野宿よりかはマシって程度で滞在する場所だよ。ガライ暮らしが長い俺としては、あそこで暮らすのはきついと感じたね、うん」


「奴隷が偉そうな事いうじゃないのさ」


 隣にいるゴヤの頭をこつんとやるとシーラはバロルに向き直る。


「それで、そんなどうしようもない砦を襲ってどうするのさ」


「ガライの門の管轄の旨みを知っている者にあてがある。そいつに砦を売る」



 以前麦商人エイブラの言っていた通り、ガライは汚職の多い都市であった。

 クリスエスタの門番もいわゆる〔袖の下〕を使って私腹を肥やすのだが、それは通行税に対する積載量がギリギリの商人を呼び止め、面倒を避けたい商人から銅貨を十数枚せしめる程度の事であるのに対し、ガライの門は金次第で謎の死体持ちの荷馬車ですら出門出来てしまう。


 ターゲットの商隊と同時に出門するのも勿論金次第でどうにでもなるし、ガライの汚職事情は盗賊には助かるシステムではあったのだが、そこから得られる利益を非常に恨めしく、羨ましく思っていた。


「なるほど、あそこを奪い、ガライの管轄で通行税を取ろうと考えたら、門から出る利益を知っている者は食いつくかもしれないねぇ」


「後にゆっくりエスタ側が砦を取り返すと考えるかもしれんが、現状であの扱いだ。戦闘による被害の方を考慮して放置する可能性が大きい。例え取り返しに来たところで、その頃は我らは売り抜いた後だ。好きにして貰おうじゃないか」


 シーラが顎に手を添え考えはじめる。


「ゴヤ、砦の住民の数と兵士の数はどれほどだったんだい?」


「5年も前の話しだけど、兵士の数は40から50。住民の数は兵士を含めおそらく250人程度だったと思う。子供の数が多くて、奴隷を底値で買い取る奴がいたんだよ。ムナが無くて病気がちの奴とか、隙あらば脱走しそうな奴とか安い値段で買い取られてたよ」


「おまえもあやうく買い取られそうだったんだろ?」


「そうなんだよ、あの時風邪気味でさ、脱走未遂も一度あったもんだから、砦側がもう一声奮発してれば俺は今頃砦の住人さ」


「ハハハ。結局ガライに着いて盗賊のあたしに買われて、どっちがマシな人生だったのかねぇおまえは」


「よせやい。都会っ子の俺にあそこの暮らしが出来るもんかよ。あそこは水だけは美味かったが、食いもんが少ない上に不味くてさ、今頃苦労してんだろうなぁ、買い取られた奴隷達」


 感謝してますぜ、姉さんとゴヤはシーラの肩を叩くと、生意気言うんじゃないよとゴヤの頬に愛情のこもった肘鉄が飛んできた。


「あたしの全財産をならず者のピクニック代に替えるよりは、大分マシな賭けになって来たじゃないか。砦の兵士を50名と仮定して、こちらの人的被害はどれだけかかってもよい、これで我ら158名で勝てると思う奴は手をお挙げ」


 ぽつぽつと手が挙がり、8名全員が揃う。


「決まった。それじゃやろうかね。出発だ」


 シーラは立ち上がると全員の肩を叩いて先頭を歩き始めた。

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