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三十話 万能薬練りわさび

 水場に戻ってきたベルカンプは白装束であった。


 実際には絶対に汚れるからと、転送物に入っていた小学校の体育着に給食の割烹着を着たいでたちだったわけだが、左手に食器洗剤、右手に洗車ブラシを握り締めて、6匹も洗うと言う覚悟の表情で向かってくるコルタの子供に、モグラ族は表情を固くし構える。


「お待たせしました。始めましょう」


 モグラ族の手前までやって来て、やんわりと表情の戻ったベルカンプと両手のモノが物騒なモノで無かったのを安堵したサミダレが、

「では、私からお願いしよう」

 と一歩進み出て、少量の滝のように落水する真下に立った。


 ベルカンプはまずは小手調べと、水に濡れて変色していく鱗の部分にブラシを充てて擦りあげてみる。

 途端に黒目が細くなるサミダレ。


「あぁ……これはいい。良い気持ちだ」


 ウットリするサミダレに、植物性だから大丈夫だろうと洗剤を浸けてアンモニア臭の原因となっているであろう部分を強めに擦ってみるのだが、子供の力加減が絶妙なのか股間を擦っても特に表情に変化は見られず、相変わらず気持ち良さそうにしている。


 6匹のモグラ族には雄雌が3名づついるらしいのだが、どうやら股間には性器を引っ込める機能があるらしく、おかげで遠慮無く匂いの元を洗えるのには実に都合が良かった。


 ベルカンプは孤軍奮闘し、鱗の光沢が見事なモグラ族が6匹出来上がった。

 綺麗に洗い終えたモグラ族は初対面と反比例し、実に優美である。


「ふぅ」


 自分も手を洗い、砂利の上に尻餅を着くと一息入れる。

 すると、先程何気なくポケットに突っ込んだ、〔MORIGATA〕と表記された練りわさびがぽろっと落ちてきた。


「ベルカンプよ、実に良い気持ちであった。アハリ一家を代表して礼を伸べさせてもらう」


 両爪で胸を抱えてしゃがみ込むポーズをしたシグレは、立ち上がる際に練りわさびを拾い上げる。


 鼻先付近でフンフンと匂いを嗅ぎ、ベルカンプに渡すと、

「何やら変わった匂いのするモノだな。薬草か何かかね?」


「あぁ、これは……薬味の一種ですね。生魚を食べる時に、臭み消しで一緒に食べるんですよ」


 ベルカンプはキャップを外し、腐ってないか鼻をクンクンさせた後、指にちょっと取り出して口に含んでみる。

 途端に脳天にツーンと刺激が突き抜け、5秒ほど足をバタバタさせるとモグラ族を慌てさせた。


「はー利くぅ。味覚が子供だからなのかな? なんか刺激が強い。高級品なのかな?」


 独り言を言いながら、パッケージの表記を確認したりしているベルカンプに、

「何やら非常に気になる匂いがするのだが……私にも一舐めさせてもらえないだろうか?」

 シグレが近づいてきた。


「あぁ、舐めてみます? いいですよ」


 ベルカンプは指にひとすくいするとシグレの口に持っていき、シグレがそれを舐めとるとブルブルと震えた後、〔チウ〕と発音し仰向けに倒れてしまった。


 5匹が一斉にベルカンプの方を向き、向かってくる。

 まずい、モグラ族には毒だったのか! 


 襲われると思い咄嗟に目を瞑ったのだが、

「私にも! 私にも一口!」

 と口々に懇願され、言われるまま全員に一口づつ舐めさせると、全員〔チウ〕と鳴いた後に倒れてしまう。


 ベルカンプは訳が分からず呆気にとられていると、初めに舐めたシグレが時間差のせいか、覚醒して起き上がってきた。


「なんなのだこの植物は! 美味すぎる! まるで麻薬のようだ」


 シグレに感想を聞くと、口にした瞬間、芳醇な旨味と香りが鼻を貫き、続いて脳天からつま先まで電気が走ったような衝撃が走ると、気づいたら気を失っていたそうだ。


 これは後日談なのだが、掘削時に爪を傷めて感覚が無くなっていた小指に電気が走り、感覚が戻ってきたとか、わさびを食した後に便をしたら、腹の中から小石だの何だの、不純物が大量に出て来て体の調子がよくなっただの、モグラ族にとってわさびはまさに万能薬と言える働きがあるのがわかった。


 それはさておき、

「そう言えば皆さん、どうしてここに穴を掘っているんですか?」


 ベルカンプが本来の目的を思い出し質問をする。


 シグレの顔がやや曇るが、

「実は以前住んでいた洞窟の付近にコルタが出現するようになってな、なにやら大規模な土地開拓をするとかで物騒な連中が我らのテリトリーを闊歩するようになったのだ。我々はそれを危惧し、親戚にあたるヒラル一家と手分けして移住先を選定している最中というわけなのだ」


 合点がいったベルカンプは、

「そういうわけだったんですね。でもモグラ族がコルタの見える位置で居を構えるのって珍しいと聞きましたが……」


「そうだな。それが一番の問題ではある。だが、いつまでもコルタに隠れて生きていてはモグラ族に未来は無いとも考えている。我々はコルタと取引をし、共存できる道があれば良いのだが……」


 ベルカンプの脳裏にオルドの顔が浮かぶ。


「この山には鉄鉱石とかは埋まってそうですか?」


「う~む。どうだろう。まだ様子見程度しか掘ってないが、それらしき鉱物は確認できていないな」


「勿論、金、銀、銅も見つかってないですよね?」


「うむ。無いな」


 それだとちと弱いな、と思いながらも、

「モグラ族の穴を掘る技能、いわゆる土木はコルタの街を建設するのに重宝する技能だと思います。今までコルタがモグラ族と馴れ合わなかったのは匂いのせいだとしたら、それは洗えば済む事だと判明したのですから、個人的には取引は可能なんじゃないのかな? と思うんですが……」


 その言葉を聞き、黒目を細め髭を撫であげるシグレは、

「嬉しい事を言ってくれるな。コルタ達が皆、ベルカンプのような考えだったらと願うのだが、果たしてこの砦の長が、コルタの住民達がどう思うのやら」


 先程その砦の長と話してたんですが……とも言おうとしたのだが、下手をしてぬか喜びさせてもなんだなと思い、ベルカンプは一旦その事は伏せておく事にした。


 とりあえずベルカンプとモグラ族との初接触は成功し、残りの練りわさびをどうぞと差し出して歩きだし途中で降り返ると、モグラ族はまた全員、恍惚の表情で大地にひっくり返っていたのであった。

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