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二十八話 カーンの奴隷とオルド

 砦に着いてから5日が経った。


 ベルカンプ達の住まいは流石に副長と言う事で空き家の中でも一番上等な小屋をあてがわれた。

 クリスエスタの長屋と遜色ない広さでさほど不便は感じられず暮らせそうではあったのだが、いわゆる僻地での永遠の問題というべきか、下水の処理が適当でベルカンプは困っていた。

 

 住民の大や小用は専用の桶で済ませ、そこまではクリスエスタもここもさして変わりはないのであるが、クリスエスタは専用の肥溜めに捨てる処理があるのに対し、ここではそれぞれ各自が門の外に適当に撒いて捨てる。

 遠くまで捨てにいけばやがて大地に帰り、雑草の肥やしになるのであるのだが、日常の作業の怠慢なのであろうか、わりと近い場所で捨てる輩も多く、顔を背けたくなるような匂いが風に乗ってやってくる事がこの数日でしばしばあった。


 今朝、3度目の転送が成功し、中身を確認したベルカンプは少々額に汗をする。


「まずい、この内容物のラインナップは幸太が棺桶を怪しがってる合図だ」


 あっちではいわゆるゴミに近い物がほとんどの品々は、思えばベルカンプが無断で3度も引き抜いたのだから当然だろう。

 早急に文通の必要があると判断し、ベルカンプは鍛錬に力を入れた。


 2度目の転送には双眼鏡やストップウォッチ、防災用懐中電灯に救急箱、お徳用氷砂糖と味しおといった実にバラエティに富んだ品揃いだった為、ソシエとオットーは子供のようにはしゃいでいた。

 

 なので今回はがっかりするだろうなと踏んでいたのだが、このブラシは馬の手入れに使えそう、この袋は空気のように軽いのに水が漏れない、この透明の入れ物も軽いのに蓋を閉めると絶対に漏れないと、これはこれで好評のようで、ベルカンプは改めて文明の利器のありがたみを知る事となった。



 時間も昼に差し掛かかると、ベルカンプは砦内を散歩する。

 予想通りというか砦内はさしたる施設もなく、宿屋、鍛冶屋、質素な雑貨屋、金物屋、夜だけやってそうな屋台ぐらいで、ここの収益だけで自活してるのが不思議でならない程であった。


 鍛冶屋の前を通ると子供を引き連れたカーンに出くわす。

 すると鍛冶屋の家からも屈強な腕をした60代ぐらいの男性が出て来て鉢合わせとなった。


 カーンはベルカンプに手だけで挨拶すると、

「オルド、連れきてたぞ。駄賃はいらんから飯ぐらい食わせてやれよ」


「悪いな。おい奴隷達、レンガを組み直したいから手伝ってくれんかの?」


 オルドに言われた子供達が素直に作業場に入っていった。

 

 ぽつんと一人取り残されぼ~っと眺めていたベルカンプを見たオルドは、

「おや? 随分身なりの良い奴隷じゃな。見ない顔だけど最近手に入れたのか? カーン」


 え? っと衝撃を受けるベルカンプに、

「オルド、5日前にクリスエスタから異動になった連中が来たろ? あの家族の一人だよ」


 ポリポリと頭を掻きながら説明するカーン。


「あぁ、あの一向じゃったか、すまんな少年。ワシはどうもその辺の事に興味がなくてな。……そうそう上等な小麦をありがとうな、久しぶりにうまいパンを食ったよ」


 いえいえうちの親の事ですからと手をぶんぶん振るベルカンプであったが、

「カーン、奴隷なんか買ってるんだ? ちょっと意外でした」

 と、複雑な顔をした。


 ベルカンプの顔色を見てカーンも察したのか、

「あぁ……まぁそうだな。奴隷を買い取ってる。でも、おまえの思ってるのとちょっと使い道が違うかもしれんぞ?」


 ん? と言う表情のベルカンプにオルドが横槍を入れる。


「カーンはな、元奴隷だったんじゃ。用心棒の小間使いとして買われたらしいんじゃが、成長するにつれ天性の能力が開花してな、その用心棒界隈でも名が通るぐらいの強さじゃったらしい。だがある日、カーンはこつこつ貯めた金で自分を買い取り、用心棒の仕事から足を洗ってクリスエスタの兵士になったっていうのがこいつの身の上なんじゃ」


 へ~~と素直な感情のベルカンプに、

「自分の身の上がそうだからってわけじゃねぇんだが、ここに年に何度か奴隷商人が通るとな、一応交渉してみるわけよ。俺が自分で自分を買い取ったようにそいつらもチャンスぐらいはあってもいいんじゃねぇのかってな。俺も自分の食い扶持があるから値段の高いのは買い取れねぇが、底値で売ってる奴はなるべく買い取ってやるようにはしてるんだわ」


 気づけば、そうやって買い取った奴隷の子供達は5人に増えてしまったらしい。


「じゃぁあの子供達は、カーンの養子ってわけですね?」


 ベルカンプが言うと、

「いや、奴隷だ。名前もねぇよ」


 再び、え? となるベルカンプ。


「俺には学がねぇし、別に聖人君子でもねぇ。だから、買い取ったあいつらに教育なんてしてやれねぇから、あいつらに勝手に生きろと放置してる。あいつらに気概があれば何らかのアクションを起こすんだろうが、それもねぇ。それが少々気に食わなくてな。あいつらが何か俺や人の役に立てば、名前を与えて奴隷身分から開放させてやろうとは思ってるんだが……」


 難しい表情をしてなんとか説明しようとしているカーンに、

「なんとなくわかりました。確かに僕が思ってるような使い道じゃなくて安心したっていうか、そもそも人が買った奴隷に意見を持つのも筋違いですよね」


 ベルカンプは改めて自分は異世界に住んでいるんだ。と気持ちを入れ直した。


「まぁゲスい趣味はねぇから、安心してくれってこったな!」


 ワッハッハと豪快に笑うが、やや空笑いなのは否めない。


「ところで少年、おまえは異世界の知識の少年かの?」


 良い具合に話しを振って来たオルドが質問する。


 はい、そうですけどと返事を返すと、

「異世界の魔術で、鉄をぽぽいと出す事なんか出来んかのう? あったら便利なんじゃが」


 ほっほっほと笑いながら言うオルドに、

「いやいや、異世界には魔術って概念が無いんですよ。だからその不便さを埋めるべく、異世界には鉄の機械が山ほどあるんです。異世界でも鉄が取れる国は強いのですが、砦の両脇の山からは鉄鉱石は出てこないんですか?」


 そう言いながら開け放たれた西門と東門を見渡すと、西門の先の山の斜面に丸っこい生物が見えた。


「どうじゃろうなぁ、山を掘削するのも金がかかるし調査した事はないんじゃが……おや、モグラ族かな? こんな場所に珍しい」


 目を凝らすと、その生き物が山の斜面を掘ったり土の匂いを嗅いだりしている。


「モグラ族っていうんですか? マチュラ語は話せます? 近づいたら危険な生き物ですか?」


 ベルカンプがコルタ以外に見る知的生物に興奮して聞くと、

「性格は温厚で、争いを嫌う性質はあるな。マチュラ語は一応話せるらしいが、コルタとは距離を置いて生活するのがほとんどだと聞くぞ」


「じゃぁ、近づいて挨拶しても問題は無いですよね?」


「あぁ、足はそんなに速くないと聞くし、いざとなったら全速力で逃げれば大丈夫だとは思うんじゃが……」


 ベルカンプはそれだけ聞くととうとう我慢できず、

「僕、ちょっと行って来ます!」


 そう言い残し、ベルカンプは西門の先へ駆け出した。

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