二十七話 砦長カーン
クリスエスタを発ってから3日目の夕方、ベルカンプを乗せた3台の馬車一向が谷に差し掛かる。
すると先頭の手綱を握っていたオットーが前方を指した。
「ほらベル、着いたぞ。あれが私の赴任先だ」
不規則な太陽の動きをするこの世界では、夕方と言えど未だに谷間に日が差し掛かり、砦の全景を完全に照らしている。
目測で一辺が100m程の正方形であろうか? 丸太を地中に挿した壁で囲まれた砦は想像してたよりは頑強そうで、そこそこの機能を期待させる作りに見えた。
「父さん。門番のプロとしてどう見ます?」
ベルカンプは率直に尋ねてみる。
「そうだなぁ、中から見てみないと全ての判断は難しいとは思うが、クリスエスタの城壁と比べて考えるものでは無いと思う。砦の背も低いし、木造だし、コルタの数を頼りに守る類のものではあると思うのだが……」
へ~、そんなもんなんですか~と生返事をしつつ、馬車はとうとう門が目視出来るぐらいまで接近する。
中から何人か様子を窺い行ったり来たりしていて、3台が門の前にやってくると門前に体躯の大きな男が待ち構えていた。
「クリスエスタから転属の3家族と見受けるが、間違いはないか?」
いかにもここのお山の大将らしき人物が話しかける。
「いかにも。元クリスエスタ北門、門番長のオットー・ウッドアンダーです。砦長のカーン殿とお見受けするが、間違いはありませんか?」
「おう、俺がカーンで間違いない。兵士階級の俺が長で、騎士階級のアンタが副長ってのもおかしな話だが、まぁ上の人事だ。悪く思わんでくれ」
下車したオットーにカーンは近寄ると手を差し伸べる。
ためらいも無くその手を握るオットーを見たベルカンプはこの二人の相性は問題無いと胸を撫で下ろした。
続いて下車した二家族がオットーの仲介で挨拶し、周りに認知された所で、待ってましたとソシエに後ろから肩を抱かれて立っている少年に意識が集中した。
「それでだなオットー。この小僧が、噂の呪文少年なのか?」
「そうだ。名をベルカンプと言う。見た通りわずか6歳の少年だが、あの大賢者ピエトロ様を感嘆させる知恵を持ち合わせている」
「ほー。やはり噂は本当なんだなぁ」
周りにいる砦の住民もひそひそと会話してたのだが、ベルカンプが噂の少年と知るとおぉ~と声を上げ始めた。
居たたまれなくなったベルカンプはおずおずと一歩踏み出すと、
「皆さん始めまして。ウッドアンダー家のオットーとソシエに養ってもらってます、ベルカンプです。僕には生まれ持って異世界の記憶があり、それが皆さんの暮らしに役立つかどうかはわかりませんが、少しでも何か出来たらなと思っています。よろしくお願いします」
そう言ってちょこんとお辞儀をすると、パチパチと周りから拍手が聞こえはじめ、ベルカンプはまずはと安堵した。
すると後ろから背中に強い衝撃を受け、
「よぅ、おまえが噂の小僧か。なんやら年齢に似合わず小難しい野郎だが、6歳なら堅く考えず6歳らしくしてろや。そりゃぁおまえに期待をする輩もいるが、出来なくたってただのガキだ。誰もおまえを責めたりはしねぇよ」
そう言ってカーンはもう一度背中をぶっ叩く。
2回目の衝撃で完全に肩の荷が降りたベルカンプは
「よろしくお願いします。カーンさん」
そう言って手を差し出した。
「カーンさんだぁ? カーンでいいんだよカーンで」
ベルカンプの手が壊れない程度に握り返すと、
「さ、おまえらの小屋に案内するぜ、ここの暮らしに耐えられなくて逃げ出した奴らの小屋がいくつかあるからそれぞれそこを使ってくれ」
カーンは兵士に指示し、各家族に道案内をさせるべく先導をさせる。
このまま流れ解散になろうかと住民の囲いが緩まった所で、
「皆さん、わずかばかりではありますが、家を売った金で1等小麦を買ってきました。オーガスティ家からは干し肉、ドラメンティ家からは薬草と漬けた野草を用意しました。お近づきの証しに砦の食料庫に提供しますので、皆さんの腹の足しにしてください」
オットーがそう叫ぶと、辺りからは今日一番の歓声があがる。
ウッドアンダー家の馬車を先導していたカーンも
「へッ、現金な奴らだ。でも気が利くな、助かるぜ。ここではマシな食べ物にあり付けないからな、1等小麦なんて口にするのいつぶりだろうな。明日の朝飯のパンはうまそうだ」
金など持っていてもここではきっと意味が無いと、オットーはほぼ全額を小麦に変えて馬車に積み込んでいた。
その予想が見事的中し、3人は馬車の上で顔を見合わせ、笑いあう。
暮れかかる砦の残り日を眩しそうに見ながら、ウッドアンダー家とカーンはこれから住む小屋に歩を進めるのであった。




