二十五話 なにからなにまで
よし乃は土下座していた幸太に、未成年の2年間は戸籍上私の扶養家族なのだから、成人する2年後までその土下座の返事はとっておこうかねぇ。と言い、立ち上がった。
何をするのかと見ていると、縁側の開き戸の鍵を解除し、ガラガラガラと広げていく。
「こっから荷物を入れるかい?」
都会暮らしで玄関からしか荷物を出し入れする概念が無かった幸太がハッ! と気づき、団塊の世代の大山がしまった! と言う顔をしている。
動き出したよし乃の前でいつまでも茶を啜ってるわけにもいかず、二人は荷物の運び出しを始めるのだが、幸太はとりあえず自分の寝室と決めた8畳の洋間に荷物を持って来いと指示を出した。
大山と二人掛かりで運ばなきゃいけない家財はいかほども無く、独身一人暮らしの荷物の搬入は40分程で終了してしまう。
「日がこんなに高いうちに終わっちゃいましたね」
幸太が大山に言うと、
「俺、今日はここに泊めてもらう約束だから帰らないぞ? 荷開けもやっちまうか?」
親切心で言う大山だったのだが、
「いや! それはいいっす! 年頃の男の荷物ってのには、浪漫が詰まってるんです。一人でやります!」
幸太は固辞した。
ニヤつく大山に話題を変えないとと頭をフル回転させた幸太は、
「そうだ! ばぁちゃん、山を案内してよ。秘密は山にあるって行ってたけど、本人に連れてってもらって説明してもらうのが一番わかりやすいと思うんだけど?」
手を合わせてよし乃に懇願した。
「……まぁ、それもそうだね。じゃぁ2人とも長靴履いておいで、ちょっと濡れるよ」
慌てて靴を履き替える2人を他所に、30秒程待ったよし乃は山へ繋がる小道をスタスタと歩き出す。
早歩きでよし乃を追いかけた二人が徐々に差を詰め、息を切らせながらよし乃の背中が触れるぐらいまで追いつくと、サワサワと水の流れる音が聞こえてくる。
「沢があるんだ? 水がタダって言ってたもんね、岩魚とか山女とかいたりすんのかな?」
「水深が浅いからね、私の所有地のとこまでは登ってこれないんだよ。釣るならもっと下流だね」
「へ~……。サワガニ……サワガニは売れるのかな?」
「さぁねぇ。都会の子供相手に売りつけてみるかい?」
するとよし乃は沢の途中でピタっと足を止める。
幸太は上流から段々畑になっている植物が対象なんだろうと思うのだがそれが何かわからず、相手の出方を待っていると大山が先行して口を開いた。
「綺麗なわさび田ですねぇ…………」
「え? これがわさびなの? へ~……」
足元の植物をツンと指で弾き、少しだけ引っ張ってみたのだが、遠慮がちだったのでびくともしない。
「これが盛潟財閥の打ち出の小槌だったのか~……」
「おまえがちいさい子供の頃ね、和食ブームがあったのって知ってるかい?」
幸太がまだ幸せだった頃の風景が頭をよぎる。
「あ~知ってる。ラーメンとか、寿司とか一気に世界中に広まって、日本人が食べる分のマグロが獲れなくなったとかっていうあれでしょ?」
「まぁそうだね。寿司と言えば当然わさびという風にね、急に舌が肥えた欧米人がさ、本物のわさびを探しにバイヤーが日本行脚を始めたんだよ。それで当然このわさび田も目を付けられてね、私の強気の商売根性とここのわさびが向こうの人の舌にあったんだろうねぇ、こちらの言い値に近い値段で飛ぶように売れてね、数年間はいい思いをしたもんだよ」
「へ~~…………ぶっちゃけどれぐらい?」
「そうだねぇ。5年間で……私が民間の老人ホームの入居金を払って他人同然の孫に土地をやってもいいぐらいかねぇ」
具体額ははぐらかすよし乃にジレンマを感じつつも、億を超える稼ぎがあったのは子供の幸太にも理解できた。
「今はもう儲からないのこれ?」
「今はブームも落ち着いてきたし、バイヤーも馬鹿じゃないからね、他からも調達するようになって今は当時の値の3割ぐらいだろうね。特においしい商売ではなくなったね」
「へ~~~。ばぁちゃんは、勝ち馬に乗ったって奴だったのかぁ」
「失礼だね。勝つ馬を育てながら機を窺い、勝てるレースにエントリーして勝っただけだよ私は」
「ははははは。その通りですな」
大山が笑いながら相槌を打った。
せっかくだから一通りのやり方だけ教えとくよと、収穫の仕方、泥の掃除方法、砂利の埋設、苗の育成などをさらっと説明し、
「現金収入が欲しかったらこれが一番現実的かもね。わさびの収穫は一年中ずっと出来るから、畑ごとにうまくずらせば安定して収入を得られるよ」
と、幸太のこれからの生きる道をさらっと示唆する。
何から何までほんますんません。再度頭を下げる幸太に、
「それじゃ私はホームに帰るからね。何かやる気になったら連絡よこしなさい。場合によっちゃー手伝わない事もないよ」
そう言い残してスタコラと一人で下山してしまった。
残された幸太と大山は、とりあえず探検だと所有地の山をぐるっと一周し、心地良い疲労感と共に帰って来た2人は食事と風呂を済ませ、寝る準備をした所で幸太は目の前の棺桶に違和感を感じた。
パカっと蓋を開けてみると、引越し前になんでもかんでも放り込んだ一切合財の物が全て無く、もぬけの殻となっている。
幸太は和室で布団のシーツの角を几帳面に揃えている大山の所に行くと、
「先生、引越し荷物に棺桶あったのって覚えてます? あれの中身知りませんか?」
ん? と大山は振り向き、
「あ、あったな棺桶。結構重かったもんな。中になんか大事なもんでも入れてたんか?」
「いえ、大事なもんは……双眼鏡が入ってたんですけど、それ以外にも入れてたもん全部が無くなってるんすよねぇ?」
「え? 全部って中身全部?」
「……はい」
んー? と首を傾げる大山。
「よし乃さん……が盗るとは思えないし……山に入ってた時って鍵かけてたっけ?」
「いや、それは多分かけてないと思います」
――――ちょっと戸締り確認してきます。
幸太は屋敷を一周し、その後大山と話し合った結果、3人が山に入ってる間に泥棒が入り、まずは手元の棺桶を物色した。
その最中に先行して下山するよし乃さんを確認し、棺桶の中身だけバックに詰め込み大慌てで逃げたという予想で一応の決着を付けたのではあったが幸太だけは内心納得していない。
幸太だけは中身のいくつかを覚えており、調味料や、氷砂糖、ガムテープなど、本当にどうでもいい物まで持って逃げるわけが無いと思っていたからなのだが、他に説明が付けられないまま、もやもやした気持ちで就寝するのであった。




