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二十四話 ジェネレーションギャップ

 ピーッ。ピーッ。ピーッ。

 4tトラックがバックで庭に入ってくる。

 十分に広い庭は無理に後ろから入れる必要もないかとも思うのだが、少しでも玄関と運ぶ荷物の距離を詰める為に大山は慣れないトラックの操縦に奮闘する。


 ブルン。


 トラックのエンジンが停車し、幸太と大山が下りてくる。


 栃群(とちぐん)県西多摩郡羽守(はねもり)村。

 盛潟よし乃の言うとおりドの付く田舎で、最寄の商店の寂れ具合も昭和の匂いを思い残すような佇まいであった。


 トラックから降りた二人は、すぐに玄関に向かわずに盛潟よし乃邸を一望するのであるが、

「あれ? 思ってたより……綺麗?」

 と言う幸太に、

「だよなぁ。先生失礼だけど、藁葺き屋根の古民家を想像してたわ」


 大山も同調する。

 辺り一面緑に囲まれた大自然の中で、よし乃邸だけがその雰囲気に反比例するかの如く、自己を主張していた。


「まぁとりあえず、ばぁちゃんに挨拶だ」


 そう言いながら扉を掴み、ガチャっと開け……ようとしたのだが、鍵がかかって開かない。


「あれ? 今日引っ越すって伝えといたんだけどな。買い物かな?」


 一応インターフォンを鳴らしてみる。すると、30秒程経って扉が開いた。


「あ、いた。ばぁちゃん普段鍵なんかしてるの?」


「無事着いたようだね。当たり前じゃないか。泥棒が入ってきたらどうするんだい」


 思えば幸太の完全な思い込みで、〔田舎の人は鍵をかけない〕モノだと言う勘違いに少しだけ反省した。

 とりあえずは一服と居間に案内されのだが、整理されて家財が欠けてスカスカの壁際を見てもなお、元はそうとう豪華絢爛だったのがわかる作りであった。


 二人とも呆けているとよし乃がお茶請けを持って再登場する。


「ばぁちゃん、なんでこの家こんなに綺麗なの?」


「渡辺先生程じゃないけど私も虫は嫌いでね、2年前に虫対策で大リフォームしたのさ」


 そ、そうなの? 半笑いになる幸太だが

「えっとー、間取りはいくつなんですここは?」


「5LDKだよ。一部屋は私の家財の残りが置いてあるから、そこは私が死ぬまで手をつけちゃだめだよ。それ以外の場所はおまえの自由にしていいよ」


 順次お茶を煎れるよし乃をよそに我慢出来なくなった幸太は部屋を巡回する。

 大山も、すいません失礼と言って子供のように幸太の後を追った。


 無言で帰って来た二人であったが、

「幸太、正直に言うぞ。俺は今、大分おまえに嫉妬している」


 大山がクソーなんて良い家だーと軽く憤慨した。

 幸太が何か言いそうになるのをよし乃は止めると、先行して屋敷の説明を始める。


「おまえが2年間管理する土地は、この家、水田2反、屋敷脇の小振りな畑、山一つだ。畑はやるなら一通り簡単な野菜は作れる。面倒ならやらなくてもいいと思うが、米は作った方がいいかもね。品質さえこだわらないのなら、機械さえ使えば割と楽に収穫出来るはずだ。田植えの機械一式は倉庫に入ってるよ。山の私有地は一応柵で囲ってあるが、山道の草取りはたまにしといた方がいいかもね。1年ほっておくと雑草が育ちすぎて入れなくなるよ。ガスはプロパンが置いてあるよ。無くなったら業者に電話すれば持って来てくれる。けど、うちは2年前にオール電化にしたからね、ガスは基本使わないよ。屋根にソーラーが設置してあるからこの家の電気は全てそれで賄ってる。水は一応水道を引いてるけど、蛇口が緑の方を優先的に使うといい。山から引いてる清水がそのまま使えるから、そっちはタダだからね。生ゴミはバクテリアで土に還る機械があるからそれに入れなさい。可燃、不燃ごみは買い物の時にでも、村役場の収集所に持って行きなさい。まずは車の免許だね。それが無いとここで暮らすのは厳しいよ。インターネットは地元のケーブルに加入してあるよ。変更するなら好きにおし。とりあえずそんなとこかね、何か質問はあるかい?」


 大山がポツリと

「完璧だ。羨ましい……」

 と、呟やいた。


「ばぁちゃん……なんでそんなに金持ちなの?」


 幸太は素朴な疑問を口にするのだが、

「旦那と娘に恵まれてればあと10倍は金持ちだったんだけどね、残念だよ。旦那のせいで山二つ失ったけど最後に残した山の選択が正しかったようだ。秘密は山にあるよ。明日にでも探検に行って来るといい」


 山……松茸かな? と漠然に思った幸太を他所に、とりあえずこれと書類を一枚見せる。


「おまえは正式に私の養子になったからね、今日からおまえは盛潟幸太だ。明日役場に住所変更に行って住民票貰ってきなさい。その後すぐ車の合宿だ」


 幸太も一応、欲深い人間の一人である。

 何か起きたり、物が貰えると聞くと、いつも最高でこれぐらい、最低でもこれぐらいだろうと頭の中の狸がそろばんを弾くのであるが、幸太の人生は常に最低ライン、又は最低を下回る皮算用を試算してきた人生であった。

 人間とは耐性が付くもので、どうせ今回もと、幸太は上方の試算を弾かずに引っ越して来ただけに、この待遇は意外も意外、まさに青天の霹靂なのであった。


 幸太の顔が慣れてない感情の方にぐにゃりとひん曲がり、

「ばぁ……よし乃さん。今回は本当にありがとうございます。2年間、心を休めれそうな気がしてきました。顔がにやけてうまく言葉が出ませんが、なんかすげー得した気がして嬉しいです」


 幸太は正座に組みなおし、よし乃に向けて深く頭を下げた。


 よし乃はそう言う幸太をとりあえず無視し、

「大山さん。私は貴方に幸太をお願いします。なんて事は絶対に言いませんし、お願いする気もございません。けど、来て見ておわかり頂けたと思いますが、ここは心を落ち着かせたり、自然を餌に遊ぶのには適した場所だと思っています。18歳のガキには勿体ないぐらいの広い家と、畑と水田があるのですから、大山さんが今まで幸太に注いだ情の分を、今度は大山さんがたかるぐらいの事があってもいいんじゃないかなと、私は思ってるんですがね」


 キラン、と眼鏡が光った大山は

「そうですね、私はもう教育者じゃないんですから、幸太に先生目線でいる事もないんですからね。定年したら、やってみたいな、と思う理想の環境がここにはある。幸太には、ファミコンのカセットを借りるぐらいの軽い気持ちでおい、ちょっと田んぼ貸せや! 今日泊まらせろや! ってたかるとしましょう」

 

 大山とよし乃はフフフと笑うのだが

「ファミコンって何?」

 素で言う幸太に、

「え? ファミコンを知らんのか? ……ジェネレーションギャップだなぁ」


 大山とよし乃はますます笑うのであった。

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