二十三話 ハガの見分け方
「ベルカンプ様、無理を承知でお願いがございます。そのライターという道具、私にくださいませんでしょうか?」
和やかに会話を進めてきたおかげで3人とも大分普通の会話が出来ていたのだが、意を決したリンスが元のへりくだった口調で話しかけてきた。
まぁ、この時ばかりはこの口調でも仕方ないなと思ったベルカンプは、
「物珍しいだけの理由ではあげられませんが、何か特別な使い道でもあるんですか? 理由次第ではお譲りしますが」
それを聞いたリンスとクラリスの瞳がギン、と輝き、口笛を吹いて合図し3台の馬車を止めさせた。
ヨーガを馬車の見張りに残し、リンスを先頭に一向は小道脇のくたびれた蕾のある植物の前で止まる。
「これはハガと呼ばれる植物なんですけど麻薬の一種とされていて、煎じて飲んだり、炙って嗅いだりすると神経を麻痺する効果があります。いわゆる麻酔の代わりになります」
「へ~~凄い。怪我の治療に絶対に必要な植物ってわけですね」
「そうなんです。ですが、実はこれに非常に似たヘルガという毒草がありまして、ハガと申しましたが、この植物はヘルガかもしれません」
ここでピーンと来たベルカンプは、
「なるほど。それを判断するのに火が必要ってわけだったんですか」
リンスは頷くと、
「そうなんです。今まではとりあえずまとめて収穫し、焚き火の出来る所まで戻って判断してたのですが、その道具があれば、蕾の部分を少し炙って匂いを嗅ぐだけで判断出来てしまいます」
効率が段違いになるだけに、そら喉から手が出るよなと思ったベルカンプは、リンスにライターの使い方を教え炙らせてみた。
リンスはスッと一瞬だけ嗅ぐと顔を背ける。
「どうです? ハガでした?」
「……ええ。ハガです。せっかくなので摘んでしまいましょう。皆さんも手伝って」
途端にみんなを急かせ、旅先の道中で臨時収穫が始まった。後学の為に自分も一嗅ぎさせてもらったのだがクラッと来た後、なんとも言えない気分になった。
馬車まで戻ると成人男性3人が相談をしており、先ほどのカヅラが気になるので野宿は辞めて砦の宿に泊まる事にするとオットーが皆に告げた。
自分の馬車に戻ってなにやらゴソゴソやっていたベルカンプがリンスの前に戻ってくると、リンスに無言で空の手を差し出す。
すっかりライターを貰えるものだと楽観していたリンスの顔が曇り、それでもなんとかベルカンプにライターを返すと、それを拾いあげたベルカンプは代わりに別のライターをリンスの手の平に置いた。
リンスは意味がわからず、顔が?のマークに変わる。
「僕が持っていたライターはお披露目で使ってしまって燃料が残り半分ぐらいだったんですよ。そっちはほぼ満タンで入ってますので、さっきぐらいの短時間の使用なら半年ぐらいは持つと思いますよ」
意味を理解したリンスの顔がパァッと輝き、キャーッと言いながらベルカンプを抱きしめる。
ホウガとクラリスも傍でベルカンプにお礼を言い、4人でくんずほぐれずじゃれあっていると、視界の端にソシエの恨めしそうな表情が目に入る。
「さ、それでは、そろそろ、自分の馬車に戻ろうかな?」
無機質な声になったベルカンプはドラメンティ一家に挨拶し、自分の馬車に戻ってきた。
オットーとソシエの間に収まり馬車が動きだすと、早速とばかりに待ち構えていたソシエが発声する。
「あっちでも随分楽しそうだったのね。ベルちゃん」
「え、あ、はい」
「何がそんなに楽しかったの?」
「いや、まぁ、初めての人との会話は新鮮ですし……」
「そうなんだ? 話し慣れた人との会話はつまらないのね」
「いえ、慣れた人は慣れた人の良さがありますし……」
「例えばどんなところ?」
「……会話の節々に暖かさがあるというか……」
「私の今の会話、暖かいかしら?」
「暖かくは……ないかな?」
「そうよね、何故なんでしょうね?」
砦に着くまでこのやり取りは延々と続き、ベルカンプは女の気難しさを益々知ることとなるのであった。




