二十二話 人食いカヅラ
「なんかすいません。流石に4人乗りは少々きついですよね。……コレがコレなもんで」
ベルカンプは今度はホウガの馬車に乗り込んでいる。
コレ(ソシエ)がコレ(ご立腹)なもんで。と、ベルカンプは小指を立ててから、両人差し指を頭の横に立てて、鬼のポーズをとってみた。
「はっはっは。いえいえ乗ってくれて嬉しかったですよ。ヨーガの馬車に乗ったのにこっちに乗ってくれないと私達家族も心配になりますし」
オールバックの髪を軽く掻き挙げて言う脇で、リンスとクラリスは真剣にベルカンプが持参した図鑑を見ている。
「しかし凄いですねぇ異世界の本というのは。生き物がそのまま封印でもされたかのように鮮明だ。これなら未知の生物の説明をする際、手に取るように伝わるんだろうなぁ」
しみじみと言うホウガに、リンスとクラリスも無言で頷く。
「植物図鑑が入ってなかったのが残念ですね。お二人の役に立つかも知れなかったのに、当時の僕は動物と昆虫しか興味なかったからなぁ」
いえいえとさらに無言で首を振る二人を見てなんだかおかしくなり、邪魔しちゃいけないなと少しの間、風景を楽しんだ。
「ふぅ~~面白かった~」
息を付き、本を閉じたクラリスに
「喜んで頂けてなによりです」
ベルカンプは声をかける。
「文字が、文字が読めないのがもどかしいですねぇ……なんて書いてあるんだろう」
どれどれ? と図鑑を覗き込み、
「あぁ、これは昆虫の名前と軽い説明ですね。どこの地域に生息しているとか、何の仲間の一種だとか」
「そうなんですか? ではマチュラではあまり意味のない事なのですね」
「ははは、そうなりますね」
ベルカンプは笑顔のまま相槌を打った。
すると、続いて顔を上げてきたリンスが図鑑の一部を差す。
「ベルカンプ様、この生物をご存知ですか?」
リンスが差す所を見ると、コモドオオトカゲと書かれたトカゲを指している。
「ニホンにはいない生物でしたが、テレビ……動く本で見たことあります。コモドドラゴンとも言われてて、恐竜っていう太古の生物とそっくりで始めて見た時は興奮したもんです」
「そうなんですか。ベルカンプ様は門の外に出るのは初めてらしいからご忠告申し上げますが、コルタが外で野宿する時に一番気をつけないといけない生き物がこれです。覚えておいてください」
クラリスが〔カヅラ〕と言うんですよ、と補足をしてくれ、ベルカンプは素直にお礼を述べる。
ですけど、お願いですから子供に使う口調でお願いしますと何度も懇願し、会話が進むに連れやっとフランクな口調になってきた頃、
「あ、ほら、いました。左側の背の低い木の下!」
リンスが指を差す。
ベルカンプがその指に釣られてその方向を見ると、
「でかっ!!!」
と思わず声を張り上げてしまう。
既にこちらに気づいている体長3mはありそうなオオトカゲがこちらを窺っており、
「あんなに大きいものなんですか? 実際に見ると迫力が違いますね」
興奮気味に返事をするのだが、リンスとホウガだけはそのトカゲから視線を逸らさない。
「様子が変だな。コルタを食った事があるカヅラかもしれん」
ホウガがリンスに手綱を渡し、馬車から降りてみる。
するとそれを確認したかのように、カヅラが木陰からホウガの方にノッシノッシと向かって来た。
時速は10キロ弱だろうか? 子供でも全速力なら振り切れそうなスピードではあるが、なにせ体格が体格である、なかなかの迫力であった。
抜刀したホウガが助走をつけてカヅラに近づくと、その剣を肩口に振り下ろす。
ギュゥと口を開けて悶絶するカヅラにホウガは止めの一撃を突き刺すと、カヅラは致命傷を負い、10秒足らずでその戦闘は終了した。
ゆっくり徐行している馬車にホウガは駆け寄ると剣を拭いた後、手綱をリンスから貰い受ける。
「お見事でした」
ベルカンプは手を叩いて賛辞を送ると、
「カヅラは雑食で、本当になんでも食べます。通常のカヅラはコルタに見向きもしないんですが、運良くというか、生き倒れのコルタをたまたま口にする機会があったカヅラというのは、率先してコルタを襲うようになるみたいなんです。きっと、コルタの肉は美味しいんでしょうね」
物騒な事をさらりと言いながらホウガは笑顔で解説する。
ベルカンプはあんな生き物に齧られたらたまったもんじゃないなと身震いを起こし、
「勉強になります。街の中の出来事はいくらか把握してきたつもりですが、外の事は一から覚えないといけませんね」
と、神妙に返事をした。




