十九話 アンナの決意
「ベル、あっちでも元気でやるんだよ」
今日が誕生日と知っているアンナは近所の一同とパイを作り、道中で食べなさいと籠を馬車に押し込む。
「ありがとうアンナ。皆さんも元気でね」
暇な近所の連中が大勢集まり、その集団にベルカンプは挨拶する。
「それからこれは私個人から」
アンナは銅貨が数十枚入った袋を握らせた。
「え? いいの? 僕、自分のお金を手にするの始めてかも」
「いいんだよ。わたしゃ育てる子供もいない身だからね、おまえがいなくなって寂しくなるよ」
ベルカンプは馬車から降りるとアンナと抱擁を交わす。
長い抱擁が終わると、ソシエの手に引っ張られて3人乗りの馬車の真ん中に収まった。
「それでは皆様、ウッドアンダー家は王の命により砦に赴任致します。皆様もお達者で」
オットーは雌馬2頭が引っ張る馬車の手綱を握ると、馬の尻を叩き馬車が出発する。
近所の住民は赴任先が左遷先であるのは薄々感じているのではあるが、それでも長屋から出た出世頭として、
「オットー騎士様、赴任先での御武勇をお祈りしております。一同拍手」
と、沢山の住民の拍手で送られるのであった。
オットー一行の馬車が見えなくなるまで見送ったアンナに近づいてきたジェシカが
「行っちまったねぇ。なんでもベルの能力に恐れた王が遠くで様子を見る為にした配置替えって噂らしいよ? あんな子供一人に怯える王なんてどうしちまったもんなのかねぇ」
流石に囁くようにアンナに言うのではあるが、内容が内容なだけに辺りをキョロキョロしながら警戒する。
「ベルに怯える必要は無いのは同意するけどね、あの子の能力を恐れるのはその通りかもしれないね」
アンナの意外な返答に
「どうしちまったのさ?」
ジェシカは目をパチクリさせる。
「あたしはウッドアンダー家と家族同然の付き合いをしてきたからね、アンタが思ってる以上にショックだったんだよ」
ソシエがどうしても世話を見れない時、アンナは率先してベルカンプを預かって来た。
下の世話もしたし、水浴びも何度もしてやった。アンナは自分の事を勝手にベルカンプの祖母と思っていたし、相手もそう思ってくれていると信じている。
その家族が一昨日お別れを言いに来たときは、アンナはソシエと抱き合って30分程も泣いた。
今日はなんとか泣かずに見送れたものの、先程までアンナはすっかり生気が抜けたように生きる活力がなくなっていた。
「さっきベル坊と抱き合った時にね、あの子耳元でこう言ったんだよ。アンナ、3年待っててね、きっとアンナの居場所を用意するから。それまで健康でいなきゃだめだよってさ」
「優しい子だね、ベルは」
ジェシカはアンナに同情する。
「普通の子なら、ただの慰めに聞こえるんだろうねぇ。でもね、あたしゃあの子の実力を知っているからね、とりあえず3年は必死で生きようって強く思えたんだよ」
そう言うと、それじゃ行商に行ってくるかねとジェシカに向けた背中は、覚悟を決めた女性のそれに戻っていた。