十七話 有能すぎるが故に
エスタ城の王宮、ベルカンプが以前審問を受けた会議室で、上座に鎮座した王に向かい合うように内官達が着席し、会議が終わろうとしている。
「では最後に人事案件です。議題は北門の門番長オットー・ウッドアンダー育ての子供、ベルカンプの処遇です。意見のある方は挙手願います」
進行役の書記官がそう発言すると、まずは宰相のソルテポスが挙手した。
「私は途中からの参加であったが、およそ6歳とは思えぬ知識と思慮深さに恐れ入った。あの知恵者が我らの味方になると思うと心躍る思いがするが、取り込むとなると少々クリスエスタ流の常識を身につけさせなければならんな」
いくら知恵者とは言え、全てを投げ打って勝ち取った今の位置をあっさり5歳の子供に抜かれるのはソルテポスと言えど耐えられない事なのであった。それ故、発言の最後に一釘打ち付ける。
続いて財務次官のハタロスが挙手する。
「私は目から鱗の落ちる思いでした。上司から、数字に有能な若者がいるから審査しろと言われて会議に参加したのですが、彼はもはや財務に収まる人物ではありません。もっと重要な部門での登用を推薦します」
情報、伝令部門の内官が手を挙げる。
「私も会議に参加していた一人です。私も彼の実力にはお二人の意見と相違ありません。が、ひとつ気になる報告がございます。あれ以来ピエトロ様はウッドアンダー宅に入り浸り、2日前には転送用と見られる箱を持参の上の訪問であったと密偵より報告があがっております。異世界との物資のやり取りが出来る事はクリスエスタの発展に多大な貢献をするかもしれませんが、穿った見方をすると、クリスエスタの治安に悪影響を及ぼす可能性も否定出来ません」
ソルテポスが挙手し、
「確かに我々はベルカンプの文明がどのようなものであるか理解しておらぬ。我々の文明を100年も未来に推し進めてくれるものかと勝手に喜んでしまうが、災いの元になるような物を送られて、我が文明が崩壊してしまう恐れもまた、同程度ある事を考えねばならんな」
確かに、と一同が唸る。
「ちょっとよろしいかな?」
挙手をしながら軍事部門の右大臣フンメルスが発言を始める。
「私は公用であった為、その少年を見る事が適わなかったのが非常に悔やまれるが、その少年はそんなに知恵者だったのかね?」
ハタロスが挙手し、
「ピエトロ様が長年探し求めていた、この世界の有り様を説明していました。ピエトロ様が質問し、ベルカンプ少年がそれに答える、という事が何度もあるぐらいでした」
先ほどの情報、伝令部門の内官も挙手し、
「密偵の報告によりますと、ピエトロ様はベルカンプの文明に偉く興味を示し、 質問少年と噂されていた彼が霞むぐらいの問いを連夜彼に投げかけているようです。帰宅時は常に深夜に達する程で、帰宅時のピエトロ様の表情は常に満足そうであった。との事です」
フンメルスが挙手し、
「私も政治を司る仕事にいる手前、未知の知識の味がどんなに甘美であるかわかっているつもりである。ここで皆に尋ねたいのだが、もし自らが漂流し、たどり着いた大地の住民が皆、その日暮らしのような土人の生活をしていたとして、いつまでその暮らしに甘んじてられるであろうか? 自らの知恵でその暮らしを少しでも良くしようと、その者達の上に立とうと思うのは必然の摂理ではないのか?」
尤もだと会議室がざわつき始めると、左大臣ビキアヌスが挙手をする。
「私の担当部門、治安の面から発言させて頂きたい。少年は大地母神、ファルファーゾ様を例に取り、この世界が球体であると説明をした。ファルファーゾ様は全ての人、物に平等に干渉なさるという発言をし、明らかに禁忌に触れていたのだが、当時の約定の通り不問とした。だがこの考えは決して浸透させてはならぬ。ファルファーゾ様の恩恵に預かるのはまずは王族であり、続いては敬虔に祈りを捧げ、布施をする者こそ寵愛に預からなければならぬのだ」
クリスエスタの運営は税金の他に、ファルファーゾに対するお布施の一部も使われている。
祈らなくても、お布施をしなくても平等に干渉するなどの概念などを広められては百害あって一利なしなのであった。
さらに唸る内官達。
フンメルスが挙手し、
「王よ、どうなさいますかな?」
と、答えを決しにかかった。
「普段ならばそのような少年、どうにでもせよと答えるのだが、今回は世、自らが検分した少年である。おそらく彼が悪でないのはその場にいた全員がわかっているであろう。異世界の品物がどのような物か献上させて楽しめるかとほくそ笑んでいたのだが、王とは国の維持を最優先に考えるのが是なのであろうな。王とはつまらぬ身分よ」
エスタ王は吐き捨てるように言った。
ビキアヌスが
「では彼の処分は」
と言ったところでエスタ王が被せてくる。
「保護者のオットーは兵士階級で北門の門番長であったな?」
フンメルスが答える。
「その通りでございます」
エスタ王は無言で頷くと、
「では、オットーを騎士階級に昇進し、家族と共に最前線の砦に栄転とする」
「畏まりました。砦の責任者、と言う事でよろしいですかな?」
「現在の責任者は誰になっておるのだ?」
「兵士階級のカーン、と申す男でございます。10年前模擬戦で失態をし、王自らが処分を下された……」
「…………あぁ、奴か。奴の武力は使い道があるかもしれぬな。さらに降格させて気分を損ねるのも都合がよくない。オットーは副官扱いとせよ」
「では、そのように」
王は無言で進行役に目配せすると、
「本日の会議はこれで以上とします」
一同が王に一礼し、退席を始める。
近衛兵が両脇に近づき、王が椅子から立ち上がると
「つまらん」
と、もう一度呟いた。




