十話 輪廻転生の証明
幸太の強い要望もあり、葬儀は密葬で行われた。
参列者は、幸太、大山、担任の渡辺に、JJAXAからの希望で西田と丹羽が参列した。
途中から幸太の母方の祖母、盛潟よし乃も加わり栄太の骨を拾い終わると、残った一同で食事会が開かれる。
「この度はなんといってよいやら」
言葉を濁しながら必死で頭をさげる西田、丹羽、大山に、
「よしてくださいよ、私は栄太をどうこうなんていう資格なんかもっちゃいませんから」
突っぱねるように言うよし乃はとりあえず席に着きましょうと促す。
すごすごと全員着席すると、それぞれ葬儀屋が用意した仕出し弁当の蓋を開け始めた。
「まぁなんというか、とりあえず一段落着きましたね。JJAXAの西田さん、長い間栄太の医療費を負担して頂いてありがとうございました。丹羽さんもお忙しい中、担当実験の事故っていうだけで参列してくれて感謝しています。大山先生、定年前に変な重しを乗せちゃって悪かったね、栄太の奴、あと数ヶ月ぐらい持ちこたえろっつんだよ、根性ねぇんだから……渡辺先生もご苦労様でした」
幸太は一同に頭を下げると、一口手をつけた弁当の前でまた頭の下げあいが始まった。
「でもおかしな事故でしたね……何度調べても栄太君の体にどこも異常が見当たらないのに、まるで魂だけ抜けたように意識がなくなって2年半そのままでしたから。結局原因すら掴めず、強引に意識不明からの心筋梗塞という診断結果でしたけども」
西田は刺身のツマをちょいちょい箸で摘みながら皆に告げる。
「幸太、一年の頃だったか……おまえ、輪廻転生についての持論を部活で演説した事あったよな? あれ、もう一度話してくれないか? 俺はあれがどうも気になってな、頭の隅っこにこびり付いて離れないんだよ」
大山は清酒をクイッとやりながら幸太に頼んだ。
「あぁ、丹羽さんもいることだし、それじゃ食事中の耳汚しに聞いてもらいましょうか。じゃぁ大山先生、栄太の代わりの合いの手頼むよ」
オレンジジュースで喉を潤した幸太はゴホンと喉を鳴らし、
「皆さん、輪廻転生って信じますか?」
「あったらいいな、とは思うけど」
大山は当時を必死で思い出し、合いの手を入れる。
「そうですね、あったらいいと思いますよね。大体、世の中不公平なんだよ。生まれた瞬間重篤な障害を持って、わずか数分で人生を終える子がいる一方で、散々犯罪や悪行を繰り返した奴が、捕まったら捕まったで人類に大きなツケを残したまま人生を終えてリセットとかそんなの理不尽にもほどがあります。そこで輪廻転生あるある説を提唱します」
出だしがこうだったら良いな? の世界にJJAXAの二人は面食らう。
「まず、輪廻転生の証明になるにはやはり前世の記憶が一番の証明になると思いますが、これまで胡散臭い事例以外でそういった報告は皆無といって良いでしょう。地球誕生から約56億年。あらゆる生物は不変の人生を辿るのです」
「不変の人生とはなんだい?」
大山が合いの手を入れる。
「56億年の間、ただの一例の例外も無く、生物は、地球で生まれ、地球で死んでいきました」
「ほほぉ~」
丹羽が思わず声を漏らす。
「さすが宇宙飛行士の丹羽さん。そうです。56億年続いたこの不変が、ここ数十年で変わろうとしていますよね?」
「地球で生まれ、宇宙で死ぬ、というパターンが生まれたよね。それと、もう数年後には人類初の宇宙ベイビーなんてのが誕生する可能性もおおいにありえる」
ニヤっと笑う幸太。
「さて、その話しを少し置いておきまして、この中で誰か臨死体験された方はいらっしゃいますか?」
全員が全員の顔を見渡し、西田と渡辺がもそもそと挙手する。
「差し支えなければどういう状況だったか教えてください」
二人が顔を見合わせ、渡辺がではと体勢を整える。
「私は小学校の時、もの凄くお転婆で男子と一緒にサッカーをやるぐらいだったの。よくある話しなんだけど、公園から逃げていくボールを確認せずに道路まで追っていったら、出会い頭に4tトラックに轢かれてしまって…………。トラックに轢かれて頭から血を流している私を、私が道路脇から眺めている変な体験だったわ」
なるほど、と頷く幸太。
「今度は私の番だね。20代の頃、アフリカでボランティアをした経験があってね。私もお決まりのよくある話しなんだが、マラリアに罹ってしまってね。丁度薬を切らせていて、届くまで簡易ベッドで七転八倒していたんだが、ふと気づいたら粗末なベッドで横たわってる私を、私が天井から眺めている不思議な経験があるんだよ。あぁ、死ぬんだなって思ったら、薬が間に合ったみたいで、次に気づいたら自分の体に戻ってたってわけさ」
西田も若き日の告白をする。
「お二人とも自分の体験なので信憑性は100%に近いでしょうけど、似たような体験談は山ほど出てきますよね? これだけ多ければ実証は出来なくてもある程度の信憑性はあるんじゃないかなと僕は思ってるんです」
「そうよね、体験談の数としては無視できないぐらいの量はあるかも」
渡辺が相槌を打った。
「でもちょっと待って下さい。皆さんが一律に言うのは、自分の体から魂が抜けてその魂視点で自分の体を見ていますよね? ちょっと変じゃありませんか? 科学的には、脳が人の記憶を司るのですから、魂が人体から離脱してもその視界を記憶していると言う事は、魂にも記憶を残せるという証明になるんではないかと思うんです」
「……なるほど、面白い説だね。強引は所は少しもない」
西田が食事を止め腕組みを始める。
「そして、これはどこかの記事で読んだ一番根拠の弱い部分なのですが、どこかの研究所が死ぬ直前の人体を量りにかけたら死亡した直後、0,2グラム軽くなったという記事を読んだ事があります。故に、魂には質量があるかもしれません」
丹羽が手を挙げ、
「それ僕もどっかで読んだ事あるよ。あれは科学的に証明されてるのかねぇ?」
「わかりませんが、仮に魂に質量があるのなら、人は死後、魂は天に召されるのが一般論ですが、実際は地球の引力に引っ張られて大地に拡散して溶けこむ、という方が自然ではないかと思うんですがどうでしょうか?」
「科学を生業としている立場から言えば、そちらの説の方が自然と思える」
西田が腕組みを崩さず答える。
「さて、先ほどの話しに戻りますが、56億年間、生物は地球から誕生し、息絶えて、魂と肉体は地球の引力に引っ張られて大地に還る。ですが、息絶える場所が地球の引力の管轄外だった場合、魂はどうなるんでしょう? 臨死体験で、一端離脱した魂が自分の肉体に戻る事は皆さんの実体験で証言を得ていますので、他人の臓器移植……生体臓器移植が可能なように、無重力化した魂が記憶媒体を残したまま別の人体に着地する可能性も否定しきれないのではないだろうか? と思うのですがどうでしょうか?」
「う~む」
西田と丹羽がすっかり研究者の顔に変わっていた。
「……信じるか信じないかは、貴方次第!」
幸太は最後にこう言って少し笑いを誘うと、残った弁当に取り掛かった。
「雲を掴むような話しなんだがな、幸太。……あの実験で栄太の魂がタキオンで飛ばされてどこかの国の赤子に着地して、数年後、私は祝井栄太です! なんてひょっこり出てきてくれる、なんてうまい話しは……ないのかなぁ」
多少涙声になった大山が問いかける。
「ゼロではないんじゃないすか? それこそ河童やツチノコが発見されるぐらいの確率になるんでしょうけど」
兎に角、俺はその説を信じたい! と、大山は2杯目の酒を呷るのであった。




