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九話 この世界は丸い

「すいませんが、どなたか粘土か、パンを焼く前のこねた小麦粉を持ってきてもらえませんか?」


 頭に? マークの内官がどの程度かな? と問うと、この地図で包めるぐらいですとベルカンプは答える。


「やはりそうだったのか!」


 ピエトロは自分の膝をポン、と叩く。

 それ以外の全員はなんの事か全く感づいていない。


「地球の歴史で習ったのですが、地球にも、ピエトロ様と同じように世界の端が知りたい冒険家がいたんです。そしてその冒険家はピエトロ様と同じように、船に沢山の荷物を載せて、東の海へ旅立ちました」


 次を待つ一同。


 ベルカンプが中々話しを切り出さないので、

「それで、どうなったの? その冒険家は?」


 沈黙に耐えられなくなったソシエが思わず尋ねた。


「無事に帰ってきたよ。西の海から」


 西から? ピエトロ以外は全員同じところで引っかかっている。

 そこへ、料理番を連れてこねた小麦粉を抱えた内官が戻ってくる。


 小麦粉を受け取ったベルカンプは、

「つまり、こういうことなんです」


 マチュラの地図が書かれた側を上にして小麦粉の塊を包み始めた。


「ほら、こうすれば東から出航すると、西の海岸に着くでしょ? 地球は球体なんです。そして、恐らくですがきっとこの世界も球体なんだと思います」


 答えを確信していたピエトロは表情を崩さない。

 内官達は東海岸に直に指をあて、地図上の航路をなぞっている。



「たしかに、この理屈だとそちの言っておる事になるが……」


 宰相のソルテポスが口を開く。


「この球体の下側はどう説明をつけるのだ? 人は住んでおらんのか? 海の水は何故下に落ちていかないのだ?」


 残りの内官と2人もうんうんと頷く。


「少年よ。説明が出来るかね?」


 ピエトロはベルカンプに問い正した。


 ベルカンプは無言で頷くと、

「父さん。コインを一枚貸して」

 と、オットーのポケットをまさぐり銅貨を一枚強奪する。


 ベルカンプは皆の前でピンと指でコインを弾き、空中に舞ったコインが揚力を失い、床に音を立てて落ちた。


「上にあがったコインが下に落ちた。妙な言い方ですが、世界中の誰しもがこの言い方で納得しますか?」


 ん? と皆首をかしげるが、

「説明としてはちと幼稚だが、特に間違ってはおらんのではないのか?」


 それぞれが、まぁそうだなと納得する。


 ではと、

「父さん。僕と同じ事をしてみて」


 オットーにコインを投げると、ベルカンプは壁際の床に手を着くと逆立ちを始める。

 意味がわからないのだが、とりあえず言われた通りにコインを弾き、コインは先程と同じような放物線を描き、床に落ちた。


「僕は今、球体の下側の住人の格好をしてるつもりです。……おかしいですねぇ、僕には下にあがったコインが上に落ちたように見えましたけど」


「そんなもの! 言いがかりだ!」


 言葉遊びをしてるんじゃないぞと憤る内官達。


「ちょっと待って下さい。貴方達は、自分の頭上が『上』と勝手に決め込んでるじゃないですか。それなら逆立ちしている私の頭上も『上』と主張する権利があっても良い筈です」


「…………それはそうだが…………やはり詭弁に聞こえる」


 ソルテポスが発言する。


「そうですね。ではお互いが納得出来る言葉に言い換えて見たらどうでしょうか?」


 逆立ちをしたままベルカンプは答えた。



「空にあがったコインが地面に落ちた」



 ん? んーー?

 わかったようなわからないような内官達。


「つまり、上に放り投げたものは下に落ちる、というのは、自分本位の視点でしかないのです。その思考だと、球体の下側の物質は何故下に落ちないのかと不思議になりますが、その考えをちょいと変えて、空中に投げたものは地面に落ちる、と考えを変えるとしっくりきませんか?」


 丸めた小麦の上に自分の指を立たせ、ここから空に投げても、地面に落ちる。

 側面に指を置き、ここから空に投げても、地面に落ちる。


 ベルカンプは何度もジェスシャーを繰り返す。

 お、おお……と理解し始める内官達。


 しかし、ソシエが眉をしかめている。


「ベル。言ってる意味はわかるのよ。わかるのだけれども……なんだろう? 何かがもう一つ飲み込めないっていうか……」


 ごめんなさいね、馬鹿で、とソシエは謝る。


「いきなりだもの。しょうがないよね」


 ベルカンプは家でゆっくり説明するよ、と、ソシエの尻をポンと叩いた。


 ふと脇を見ると、ベルカンプは近衛兵が捕縛用に備えている縄がふと目に入る。


「あ、ちょっと待って」


 トコトコと近衛兵の所まで行き、後ろを向いて、

「すいませんが、僕の腰にその縄を巻いて貰えませんか?」

 とお願いする。


 面食らった近衛兵は王を見上げるが、王が無言で首を縦に振ると、ベルカンプの言う通りに腰を縄で縛り始めた。

 ベルカンプはお礼を言うと、縛ってない方をソシエに持たせる。


「この銅貨を球体の小麦の中心に入れます。この銅貨の場所に、大地母神、ファルファーゾ様がおられます」


 え! と全員が驚いた。


「ファルファーゾ様はこの世の全てに干渉しておられますが、私達が力を出している時は、その干渉を弱めてくれるのです」


 ソシエ、今からファルファーゾ様役ねと告げて、僕が動き回るから、動きが止まったら手元まで引っ張ってと頼む。

 ソシエはそんな恐れ多いこと出来ないわとパタパタと手を振るが、ベルカンプに押し切られてしぶしぶ承知した。



 ではと、出口に向かってダッシュするベルカンプ。

 するすると縄が送られてピン、と張られた所で言われた通りにソシエは縄を手繰り寄せる。


「うわ~大地に戻される~」


 わざと声をだすとソシエに背中から抱きとめられ、ベルカンプはすかさず逆サイドの窓側に走り出し、5、6歩でまたソシエの縄に捕まり、ソシエの両手に絡め取られた。


「このように、例外なく皆さんにも見えない糸でファルファーゾ様に縛られているのです」


 無言の内官達。


「そしてファルファーゾ様は全ての物、全ての生き物に平等に干渉なさります。故に、地図上のように地面が平面であるならば、ファルファーゾ様の真上に住む人と、地図の端に住む人では縄の長さが違ってしまいますよね?」


 恐らく禁忌に触れているのだろう。

 それでも表情が暗い内官達もむぅ、と納得する。


「ファルファーゾ様は万物を平等に大地に抱きたい。でも地面が平らだと、干渉する力に不平等が生まれてしまう。どうすればいいか? そうです。球体の中心に自身をお据えになれば、万物に均等に見えない糸で干渉出来るのです」


 なるほど! と内官達は浮かない顔ながらも理解を示す。


「ちなみにですが、ソシエに縄を張ってもらい、テンションをかけながら横方向に走ると、ソシエを軸に綺麗な円を描きながら一周するのが理解できますか? これは、女神の糸に干渉されながら大地を、世界を走破するのと全く一緒です」


 明らかに先程の説明よりも理解を深める一同。


 するとピエトロが、

「ベルカンプよ、見事だ。まさかこのような場所で、私が捜し求めていた答えに出会えるとは思いもよらなんだ」


 ピエトロはベルカンプに近づき、その小さな両手を自分の手で包むと、我慢しきれずに胸に抱え込んだ。5歳に戻ったベルカンプは嬉しそうにはしゃぐ。


 宰相ソルテポスも、

「ベルカンプよ、恐れいった。その深き知識は驚嘆の限りだ。財務官での取り立てと思ってはいたのだが、よもやそんな器で収まるものでも無いであろう。その話しは無かったものと考えて頂きたい」


「はい、勿論です」


「それからなのだが……大地母神ファルファーゾ様の例え、見事なり! と言いたい所なのだが、先程の説に禁忌に触れる箇所が何度も出てきておる。今回は約定の通り不問と致すが、決して、庶民にこの話しはしてはならぬぞ」


 途中の内官達の顔からしてやはりと思ったが、わかりました、とベルカンプは返事を返した。



「最後に、ニホン、という国で、おぬしはどういう立場であったのだ?」


「日本での最後の記憶は高校生です。こちらでいう小学と大学の中間の学生で、年齢でいうと16歳でした」


「なんと!!!」


 これにはピエトロも驚愕した。


「おまえのその知識で、一介の学生でしかないというのか?」


「はい、特別優秀というわけでもなく、ごく普通の16歳です」


「なんと恐ろしい……」


 ビキアヌスが呻いた。



「ご苦労であった。世、自ら出席するとは思いも寄らなかったが、興味深い話しが聞け、我が友ピエトロの長年の疑問を解いてくれた件、天晴(あっぱ)れなり。わずかだが駄賃を用意した。受け取って帰るがよい」


 石窓から厳かな声が聞こえ、皆が頭を下げる。


 退席する王を尻目に頭を上げたベルカンプは、王に続いて退席する3人の姫が目に留まった。


 恐らく上の二人であろう二姫は、どこに出しても恥ずかしくないほど煌びやかで美しく、それに比べるとまだ洗練されきっていないおそらく三女は、なんらかの意図を以ってベルカンプを眺め続けた。


 ベルカンプも視線を逸らさず見つめ返す。

 やがて後ろにせっつかれた三女が仕方なしに退席し、続いて下の内官達も退席し始める。


 残るは3人とピエトロのみとなったところで、

「オットー殿。お住まいは南門の居住区であったかな? 私はあと数日クリスエスタに滞在するのだが、もしよろしければ一度、お住まいに伺いたいのだが」


「ハッ、むさ苦しい所ですが是非いらして下さい。私は北門の仕事で不在かもしれませんが、ソシエとベルカンプが歓迎いたします」


 ピエトロは3人と握手し、退席する。

 3人も続けて扉を出ると、待ち構えていた内官に小さい小袋を勧められ、オットーは丁重に受け取ると城を後にするのであった。



 余談だが、翌朝の朝食に出されたパンに噛り付いたメイドの一人に銅貨のお恵みがあった事は言うまでもないであろう。

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