紫光のエルサリオン ~制裁せし者よ、強者であれ~
お待たせしました。
2014年3月2日改稿。
「〈風振よ、来たれ!〉」
凛、と響く、力ある言葉。
次の瞬間、構成された魔法によって、膨れ渦巻く爆風が生まれた。
「なっ――!?」
驚愕の声さえ半ばで途切れ、叫ぶことが出来たのはほんの僅か。魔法の標的であった盗賊たちは、見事に後方へと吹っ飛んだ。宙に浮いた時間は、決して短くはなく……両側を森に挟まれたその小さな街道にて、彼らが樹と地面に背中をぶつけるのは、もはや必然であった。
ドッ――や、ゴガッ――といった音が響いた次の瞬間には、「ぐぇ」と言う、意識を飛ばす合図音が連鎖する。ぶつかった瞬間の音も酷いが、その次に上がった奇声もまた、それは酷いものであった。愚かにも、勝てぬ相手へと売ったケンカは、彼らの惨敗にて幕を下ろす結果となったのだ。――最も正しくは、下ろさざるを得なかった、のだが。
「おー、案外ハデにぶっ飛んだな」
奇声の連鎖が途絶えた後に上がったのは、どこか感心したような声音だった。それも、まだ若い、少年の声。未だわずかに爆風の余韻が残るその場にて、鮮やかな陽光色の金髪を揺らし、青のローブを翻して立つその少年が、先ほどの魔法の行使者であった。
一見して、年齢は十四・五といったところ。美しく整った顔には、紫と淡く光る青の、二種の瞳が揃っている。青のローブをまとうその姿は、通常の黒いローブ姿のそれからは外れているものの、彼が魔法使いであることを表わしていた。
ただし、人間ではない。
肩口で整えられたその髪から覗くのは、エルフ族の証である長い耳なのだ。さしずめ、エルフの魔法使い、といったところか。
「つうか、いくらガキに見えるからって、一人で平然と街道歩いてるエルフが弱いわけねぇだろうに……」
エルフにしては随分と乱暴な口調で続いた言葉はともかくとして、なんで襲ってきたんだ? こいつら。と言いたげな表情は、実に真っ当なものであった。
決して甘くはないこの世界で、一人旅をするならば、それなりの実力が必要となる。更なる原点に戻るとすれば、若い姿のままに長寿を誇るエルフ族を、見た目で判断した時点で間違いであるのだから、まさに愚行と言わざるを得ない。
しかし、その愚行につき合わされた本人はというと、
「――ま、盗賊だからこんなもんか」
と、実にざっくりとした考えの持ち主であった。
「とりあえず縛って転がしときゃ誰かが気付くだろ」
何気に他力本願なことを口走りつつ、しかしエルフの特権よろしく木々たちにお願いして発動させた魔法は、蔦を使って確実に盗賊たちを縛り上げる。
「――よーし、じゃ、道草終了! 先に――」
進むか、と続きかけた言葉は、ふっと彼方に見える空へと移された視線によってしまわれた。
「あれは……」
ぽつり、とこぼされた言葉。次いで、紫と淡い青の二色の瞳が、緑に輝くいくつもの光球を映した。植物の下級精霊である。
「よっ! さっき呼んだのってお前らか?」
あっという間に自身を取り囲んだ精霊たちへ、彼は実に気さくに声をかけた。自然な笑顔は、どこか気持ちを落ち着かせるような抱擁感を持っており、彼が元々人好きのする笑みを浮かべることを示唆しているようであった。
そんな彼の問いかけに、彼の一番近くにいた精霊たちがくるりと円を描いた。肯定の意だ。
「おう、やっぱりそうだったか。で? なんか話があるみたいだが?」
コテン、と首をかしげて再び問う彼に、ふよふよと漂いながら、精霊たちが答えた。
瞬間、小さな驚きが、彼の顔に浮かぶ。
「――へぇ……“あの人”が、ねぇ」
どこか感心したような、あるいは単に驚いたような、そんな声音。次いで、
「って、そう言えばシルベリアって、ルーミルがいたとこじゃなかったか?」
と、閃きに手を打っての言葉が続く。その言葉に、いくつもの精霊たちがくるくると回った。
「だよな」
それを見た彼は、二度三度とうなずいた後、前触れなく破顔した。
気負いのない、朗らかなその笑顔は、やはりそれを見た者に、好感を抱かせるものであった。
「……そうか」
元来、極々稀にしか見せることのないその満面の笑みを珍しく浮かべた彼は、その顔に微笑みを残したまま、小さく言葉を紡ぐ。
「数百年ぶりの再会、か。――嬉しいだろうな」
――お互いに。
そう呟かれた言葉と共に、再び歩みが開始された。
植物の下級精霊たちと別れ、小さな川の側を通り過ぎた彼がたどり着いたのは、小さな村だった。魔物除けにと作られた柵だけが頑丈な、簡素で貧しげな所である。それでも、一歩村に入れば女性同士の華やかな会話や、子供たちが走り回る程度のにぎやかさはあるだろう。それは別段おかしくはない。しかし、今はどうやら普段とは違っているようであった。
「ん? なんか妙にざわついてんな」
不思議そうな感情を顔に浮かばせながら見つめる彼の視線の先には、村の中心部であろうひらけた場所に集まる、村人たちの姿。遠目から見ても、何かを話し合っている様が確認できる。それも、あまり穏やかではない事で、だ。
「――」
彼が、ふとその二色の瞳を閉じた。
思案にしては短すぎる、ほんのわずかな間を置いて開かれた瞳は、特に先ほどとの違いがあるわけではなく、ただ足を進ませる合図であったかのように、何事も無く自然体に戻る。
歩みは、早くも無く遅くも無く。一瞬の迷いさえも無く、彼は堂々と村の中に入り込んだ。
しかし、これほどまでに分かりやすく入って来た彼の姿にも、未だ村人たちは気付かず、それどころか話し合いはますます激しくなってきているようであった。
「ですが、このままでは!」
「分かっている! しかし、今から救援を頼んだところで――」
「じゃあおれ達だけでなんとかするってのか!?」
「無理ですよ、だって相手は」
「そうだ、あんなやつらに勝てっこない……」
男女入り乱れての話し合いは、やはり不穏な空気をまとっていた。ともすればケンカが始まりそうなその場には、会話を見守っている者たちも多く、皆不安そうな表情をしている。
――もっとも、そのような場所であっても、約一名の飛び入り参加者にとっては不安要素になりえなかったようであったが……。
「なぁ、あんたら一体何をそんなにもめてるんだ?」
「!?」
極々自然な疑問の言葉に、驚愕が返る。
「あ、あんたいつの間に……」
一人の男性が、思わずといった風にこぼした言葉は、ある意味当然のものであった。次いで彼もまた、その言葉を当然として聞き、答える。
「ついさっき。なんかもめてるみたいだから気になってな」
いたって普通に回答を告げた彼は、再度村人たちに尋ねた。
「で? “やつら”って誰なわけ? そいつらの事でもめてるように聞こえたんだが?」
「いや、それは……」
エルフとはいえ、十四・五に見える少年のやけに落ち着いた声音での問いかけに、若干気圧されたように言葉をつまらせる村人たちの中から、一段と老いた声が響いた。
「……盗賊ですよ」
集まっていた村人たちの中から、初老の男性が出てくる。どうやら、この老人が村の長らしい。重く沈んだその言葉に、村人たちの口が閉じ、表情が一段と暗くなる。
――ただし、その闇を打ち砕く力を持つ者もまた、この場にはいた。
「盗賊? 四・五人なら、さっき縛り上げてきたところだが――」
あっけらかん、と彼が言葉を発する。それは単なる返し言葉。しかし、当然として、村人たちにとってはそれ以上の意味を持っていた。
「本当ですか!?」
その言葉を聞いた途端に豹変した村長の表情に、彼が思わず、といったように身を引く。
「お、おう。それは間違いねぇよ? うん、流石にまだボケちゃいねぇし……」
若干引き気味の表情のままにこぼす彼のその言葉には、不思議と妙な説得力があった。
「おおぉ!」
一気に湧き立つ村人たち。沈んだ表情が、一気に明るくはじけた。
「驚きました! しかし、あのような乱暴極まりない者たちを、いったいどうやって……?」
互いに笑顔をうかべて顔を見合わせあう村人たちの只中で、彼らと同じように顔をほころばせながらも疑問を問う村長に、彼は軽く肩をすくめて、イタズラっぽく返した。
「物理攻撃が苦手なエルフ族の攻撃手段ってったら、魔法しかないだろ?」
これには、希望よりも不安が勝っていた村長ですら、思わず、といった風に笑い声を立て、
「流石はエルフ! 生まれながらの魔法使いと例えられるのも、うなずける話です!」
と、心からの賞賛を彼へと送る。対する彼もまた、村長に同調して賛辞をあげる村人たちに、片手を上げて応じた。そして、一段と場の雰囲気が良きものに変わるのを確認すると、小さな笑みをそのままに、両手を青いローブのポケットへとつっこんだ。
「どーも。んじゃ、ちょっと調べてみるか……」
一切気取ることなき自然体でそう呟いた彼の言葉に、再度村長が疑問を表す。
「何を、でしょう?」
それに、すっと、その紫と淡く光る青の二種の視線を合わせた彼は、綺麗に弧を描いた口で、実にあっけらかんとした言葉を言い放った。
「そりゃあ勿論――盗賊たちのアジト、だろ?」
ニヤリ、とした不敵に笑みは、幼い少年の姿には似合わないほどの凄味を、その場にいる者たちに見せ付けた。同時に、村人たちが何事かの言葉を発する前に発動させた魔法の威力もまた、彼の実力を垣間見せるものであった。
「〈――〉」
沈黙とは、すなわち無詠唱を示す。それは、探索の魔法であった。
不意にできた沈黙に、無言の詠唱と同時にその瞳を閉じていた彼へと、今度こそ言葉をかけようとした村長が、音を紡ぐ瞬間――
「――見つけた」
なめらかに瞳を開いた彼の言葉に、一拍の空白の後、村人たちは再び喜びの叫びを上げざるをえなかった。
「エルフ様……っ!」
村長ですら感極まる表情をうかべる中、ただ一人、彼だけが爽やかに、あるいは穏やかに微笑み、言葉を紡いだ。
「じゃあ、行ってくるわ――〈NerWeu(高空の風)〉」
精霊言語で精霊たちに呼びかけ、協力を仰ぐことで発動する精霊魔法は、エルフ族が最も得意とする魔法である。彼の呼びかけにすぐさま応えたのは、銀の光をまとう風の下級精霊たちであった。頼んだ飛行魔法は瞬時に発動し、彼の細身を空へと舞い上がらせる。一瞬の出来事に驚き、半ば呆然と上空を眺める者が大半の中、村長の老いを吹き飛ばすような澄んだ声が響いた。
「お気をつけて! ご武運を――!」
その声に、彼は背を向けつつも手を振って返事をすると、素早く移動を開始した。
風圧を風の魔法で軽くしつつ、それほど深くはない森の上を飛んで行く。鮮やかな黄金色の髪と、青のローブが陽光を浴びて眩くひるがえった。
しかし、そうして進む空の旅は、決して長くは無い。相当な速さで移動している故に、目的地にはそう時間をかけずに辿り着いたのだ。
「おーおー。
昼間からお祭り騒ぎとはなぁ」
呆れたようにそう呟く彼の眼下には、ひらけた森の中、巨大な洞窟の前で、昼間だと言うのに酒をあおり、豪快に笑いあっている盗賊たちの姿。緊張感など欠片も無く、自分たちが負けることなどあり得ないのだと言う自信に満ちているであろう彼らの姿に、彼から小さなため息がこぼれた。
「ったく。良い気なことだ」
再度呆れかえった言葉を発した後、ゆっくりと地上へと降り立つ。わずかに、周辺の樹木がざわついた。
彼が降り立った場所は、盗賊たちが騒ぐひらけた場所のすぐ近く。何の気負いも無く足を前へと進める彼は、数十秒とかからずに、盗賊たちの目の前へと姿を現した。
「お?」
酒をあおる盗賊たちの一人が、そう声を上げる。と同時に、彼がそこにいることに気がついた盗賊たちは、“良いものを見つけた”とばかりに目をぎらつかせた。
「おーおー、エルフの坊やじゃねぇか!」
「高く売れそうだなぁ、おい!」
もしこの時点で、先に彼を襲ってぶっとばされていた盗賊たちがいたならば、彼が自分たちの手におえる存在ではないことを、伝えることくらいは出来たのかもしれない。
盗賊たちの挑発的な言葉に、彼は不敵な笑みをうかべた。
「俺は高くつくぜ?」
――瞬間、空気が変わった。
するりとその場に馴染む自然さは霧散し、替わりに耳鳴りが生まれるような威圧感が、彼の雰囲気となったのだ。
絶対的強者。あるいはその場の支配者。
盗賊たちは、半ば生き物としての本能でそれを悟った。あふれかえるほどの緊張感に、植物や風さえもなりを潜める。その場は、まさに一瞬にして戦場と化したのだ。
「――っ――!」
盗賊たちの全員が、息もつまるほどの重圧に言葉を発せずにいた。ただ、その数十の視線はそれることなく、怯えを隠し切れずとも彼を睨みつける。対して、彼もまた、その二色の瞳をわずかに細めた。
途端、かすかにその重さを軽減させた威圧感に、一人が動いた。
「う、おぉぉぉぉ……!!」
彼に最も近い位置にいた盗賊である。慣れた手つきで腰のナイフを引き抜き、彼へと突進したのだ。
彼とその盗賊との間には、少しばかり短いとはいえない距離があった。そのため、盗賊の一人がその距離を縮めようと進む間には、すでに他の者たちも動き出してしまっていた。敵である盗賊たちが動いて、彼が動かないわけが無かったと言うのに。
「〈風振よ、来たれ!〉」
一切の容赦なく放たれた魔法は、くしくも、先に街道で縛り上げられた盗賊たちの仲間たちが受けた魔法と、同じものであった。
「!?!?」
目を白黒させることしか出来なかった盗賊たちは、もろともに空中に浮き、後方へと仰け反りながら舞い戻ることとなった。口々に無言や奇声による悲鳴を上げながら地面にご対面する彼らに、彼は不敵な笑みをそのままにやれやれと首を横に振った。
「張り合いねぇな。ほら、かかって来いよ?」
「このっ……!」
あからさまな挑発に、盗賊たちの顔が怒りに染まる。すぐに体勢を立て直した彼らは、しかし今度は用心したのか、数人が手に持つナイフを投げつけることで反撃に出た。この行動には、
「お」
とその二色の瞳を見開いた彼であったが、手前の地面に刺さるものもある程度の反撃では恐れをなすこともなく、運よく飛んできた刃も軽く避けてかたをつけた。
「クソッ!」
思わず、と言った風に罵倒を吐く盗賊たち。次の一手は、と考える彼らの思考は、しかし続けることが出来なかった。
「刃には刃を――ってな! 行け!〈水晶刃〉!」
瞬間、彼の周囲の空中にいくつもの透明な結晶の刃が出現する。恐ろしく透き通ったその剣は、その美しさを魅せる暇すら与えずに、己が主の敵へと飛来した。
「ヒッ」
悲鳴を上げたその時には、すでに全ての盗賊たちの眼前にある透剣。決まりきっていた決着が、決まった瞬間であった。
「やれやれ。いらん手間をかけさせやがって……〈汝に樹腕の捕縛を〉」
水晶の刃をそのままに、街道で転がしてきた仲間たちと同じように盗賊たちを蔦で縛り上げた彼は、ため息と共に雰囲気を元に戻し、自然体で一つ伸びをした。紫と淡い青の瞳が映した空は、少しばかり朱が差している。
「――さて、と。とっとと帰るとするか」
捕まっても尚暴れる盗賊たちをちらりと見やった彼は、そうそうに村へと引き上げることを決める。最も、流石にここに盗賊たちを放置しておくわけにはいかない上、この人数を連れて飛ぶのは風の精霊たちも面倒だろうという考えに至ったため、帰りは空の旅ではない。
自然体で立つ彼の足元から、青色に輝く魔法陣が展開する。輪を基本とし、その内に文字を描いた魔法の円は、瞬く間に盗賊たち全員の足元にも広がり、巨大な陣を完成させた次の瞬間には、縮小し、森から陣の内にあった者たちを消し去った。
「っと」
次に魔法陣が展開したのは、あの村の広場であった。陣が巨大化するのに伴って現れる者たちを、その場にいた村人たちが唖然として眺める。まさに、一瞬の早業。転送魔法の極意であった。
そうして、偶然にもその場にいた村長と目が合った彼は、村長のその呆けた顔に小さく苦笑をしながら、とりあえず、と告げた。
「ただいま」
事態は大いに賑わい、結局は枷代わりの蔦で縛られた盗賊たちを、用心しつつ村の者たちが一番近くの街へと連行することで決着がついた。
その話し合い自体にはあまり時間がかからなかったものの、その前にいきなり盗賊たちが現れた混乱とどうやってこの短時間でこの人数を負かせたのかと彼に問う疑問と解答の押収で太陽を流れさせ、話し合いが終わった頃にはすっかり夕陽が木々を色づかせていた。
「……終わらんかと思ったぞ」
と小さく呟く彼の表情は、見間違いではなくげんなりしている。対する村人たちはと言うと、
「助かりました。ありがとう!」
「ありがとうございます、エルフのお方!」
「ありがとう、エルフのお兄ちゃん!」
と言うお礼と笑顔の乱舞状態であった。
そんな中、村の男連中にとりあえず盗賊たちを別の場所へ移動させるように指示をしていた村長が戻ってくると、次は村長に彼にどんなお礼をすれば良いのか? と言う言葉が飛び交うようになる。当然として村長本人もそれに頭を悩ませており、深々と礼をした後、彼へと言葉を紡いだ。
「本当に助かりました! 一体どんな礼を尽くせば良いのやら……」
エルフの魔法使いともなれば、本来なら相当な対価を用意しなければならないはずである、と村長は考えていた。同時に、種族的に有名ではあるものの、根本的に他種族である彼が何を喜ぶのか、自分には分からないが故の言葉であった。そして、このような小さな村の住人たちにそのような知識がないであろうことは、彼もまた理解していた。ただ、彼の場合はだからと言って特に報酬がほしいわけでもないのが実情であった。
「――そーだなぁ……。つっても、俺にとっちゃ単に粋がってる悪ガキに拳骨落としただけって程度だからなぁ……」
腕を組み、そう呟きながら移した彼は、視線の先で幼い少女が抱える籠に、よく熟れた果実があるのを見つけた。近くの樹からとってきたものなのであろうそれは、彼が付近の森を通る際にも木々たちから貰い、美味しくいただいたものであった。
「――よし」
すぐさま腕組みをといた彼がスタスタと歩いて掴み上げたのは、その果実。彼は気軽に笑むと、再び反転して、しかし今度は振り返ることなく村人たちの間を通り抜けて村の出口へと歩いて行く。
「エルフ様!?」
一体どうしたら良いのかと慌てた村長が、彼の後を追いかけるが、彼は一言、
「対価はコレだけで十分だよ」
と言い、果実をかじる。
その姿に、彼がこれ以上ここに留まることは無いと判断した村長は、せめて、と声を張った。
「ではせめて! あなた様のお名前をお聞かせ下さいませんか!?」
その言葉に、
「あぁ――」
と、今気付いたと立ち止まると、次の瞬間くるり、と振り返り、ふっと笑んだ。
「――Agradia、だ」
力ある名に、木々たちが静かに葉を揺らした。