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Incident ー04『衝突』

「上昇せよ。上昇せよ」



 CVR    Incident ー04

  『衝突』

 August・24・2002 アメリカ/ソノラ砂漠上空 

1)バルカ航空8392便  2)エア・イクセオン707貨物便  


【この夜。バルカ航空8392便は、ペルーからカナダの首都・オタワに向かって、芸術コンクール優秀賞受賞者の、6才から13才までの子供33名とその家族を含む122名が搭乗していた。

 一方のエア・イクセオン707便は、ロサンゼルスからニューヨークの国際空港に貨物を運ぶ定期便だった。乗員は機長と副操縦士。デッド・ヘッド(無料搭乗者)2名の計・4名が搭乗していた】



 ETA(今回はバルカ航空8392便を基準とする)


 ‐17:05

<バルカ航空8392便>

機長「高度を22000フィートまで上げると通告しろ」

副操縦士「はい?」

機長「高度を上げると管制官に通告しろ。ぐすぐすするな!」

副操縦士「は、はい」


【バルカ航空は国営航空であり、その機長には軍人、もしくは軍経験者が就くことが多かった。

 本機の機長も予備役軍人で、大佐の階級を持っていた】


 ‐16:50 副操縦士「こちらはバルカ航空8392便。管制センターどうぞ」

 ‐15:20 副操縦士「こちらはバルカ航空8392便。管制センターどうぞ」


 ‐14:50 

副操縦士「こちらはバルカ航空8392便。管制センターどうぞ」

機長「どうした」

副操縦士「管制センターからの返事がありません」

機長「(舌を鳴らす音)呼び続けろ」

副操縦士「は、はい」


【この時、この空域を管制するセンターでは、トラブルが生じていた。

 通常、複数いなければならない管制官が、経費削減のため二名しかおらず、しかもその内のひとりが、長年の慣習から長時間の休憩に入っていたのだ。

 ひとり残された管制官は、複数機の管制を同時に行わなければならず、混乱をきたしていた】


 ‐13:25

副操縦士「こちらはバルカ航空8392便。管制センターどうぞ」

管制官「バルカ航空8392便。どうぞ」

副操縦士「(小さな声で)やっと継った……高度を22000フィートまで上げたい」

管制官「了解。スタンバイ」


 ーエンジン音高まる。 機長が許可を得る前に上昇を開始したらしい。 

   この行為に対して、操縦席内の誰も抗議しなかった。


 ‐12:15

管制官「了解。バルカ航空8392便。22000(フィート)までの上昇を許可する」

副操縦士「コピー、管制塔。ありがとう」


 *コピー(copy) 「了解しました」の意。 通常、管制官と操縦士が使う言葉。



【多忙を極めていた管制官は、同高度にエア・イクセリオン707便がいる事を失念していた】




 ‐12:13

<エア・イクセオン707便>  

機長「それで。花束はもらったのかい?」

副操縦士「いやですわ、機長」

機長「いやいや。それは重要な事なんだよ。 私のような既婚者は、細かい事にこだわるのさ」(笑い声)


【エア・イクセオン707便では、最近婚約した女性副操縦士を、機長とデッド・ヘッドの操縦士が冷やかしていた】



 ‐11:58

副操縦士「もう。セクハラですよ」

デッド・ヘッドの操縦士(以下「D」操縦士)「大変だ!有罪確定です!」

機長「許してくれぇ! 私には妻や子がぁ!」

副操縦士「機長。泣くなら私の見えない所でお願いします」

機長「うわあああああん」(笑い声)



【管制センターでは新たな問題が生じていた。

 メンテナンス作業のために、管制レーダーの機能が低下し、三分遅れの映像しか映せなくなっていた。

 また同時に電話回線も予備の1本しか使用できなくなっていた】



 ‐09:55

<バルカ航空8392便>

副操縦士「現在高度20000フィート」

機長「分かっている」

副操縦士「……すいません」


 ‐09:47

<エア・イクセオン707便>

機長「燃料チェックの時間だよ」

副操縦士「チャーリー・チャーリー(はい、はい)」

D操縦士「お手伝いしましょう」(笑い声)


【両機とも、互いの存在に気付いていない。 両機は急速に接近していた】



 ‐08:05

【ロサンゼルス空港のレーダーが、両機の異常接近に気づき、警報を発した。

 同種の警報装置は、両機の管制を行なっていたセンターにも設置されていたが、メンテナンス作業の為に機能が低下し、作動しなかった。

 ロサンゼルスの管制官は、すぐに空域管制官に連絡をとろうとしたが、電話はつながらなかった。

 担当空域外の管制官が、直接、対象航空機に交信する事は管制法で禁止されていた】



<バルカ航空8392便>

 ‐07:45 ポーンという軽い警告音。

機長「んん?」

航空機関士「TACSですね」


 *TACSティーキャス 航空機衝突防止装置

地上施設とは完全に独立しATCトランスポンダーの応答電波から得られる情報をもとに、相手航空機の位置や必要な回避操作等をパイロットに示唆することにより航空機の衝突を防止する機上装置。



 ‐07:33

副操縦士「接近してくる航空機があります」

機長「見れば分かる。管制官に確認を取れ」

副操縦士「了解。 管制官。こちらはバルカ航空8392便。どうぞ」

管制官「バルカ航空8392便。スタンバイ」


【この時、管制官は新たに空域に進入してきた航空機に対応していた】



 ‐07:02

機長「まだか!」

副操縦士「管制官。聞こえますか。こちらバルカ航空8392便」


 ‐06:44

管制官「お待たせしました。バルカ航空8392便。どうぞ」

副操縦士「こちらのTCASに、接近してくる航空機の警報がでています」

管制官「あーえ~。あー了解しました。では…え~高度を15000フィートまで下げてください」

副操縦士「コピー。バルカ航空8392便。高度を15000まで下げる」

機長「こちらが避けなければならんのか!?」

副操縦士「……はあ」

機長(舌打ちする音)



 ‐06:00

【手一杯になった管制官は、数機の管制をロサンゼルスに委託するために電話をかけた。

 しかし、この時も電話はつながらなかった】



<エア・イクセオン航空707便>

 ‐05:19 ポーンという軽い警告音。

機長「なになになに?」

副操縦士「TCASが反応しています」

D操縦士「ええ。TCAS」


【エア・イクセオン側のTCASも反応し始めた】



 ‐04:45 警報音

合成音声「降下せよ。降下せよ」

副操縦士「TCAS。降下指示です」

機長「了解。オートパイロット解除。降下開始」



<バルカ航空8392便>

 ‐04:30 警報音

合成音声「上昇せよ。上昇せよ」


【バルカ航空8392便のTCASは、上昇を指示していた。 だが機長はそれを無視して、降下を続けていた】



<エア・イクセオン航空707便>

 ‐03:49 警報音

合成音声「降下せよ。降下せよ」


<バルカ航空8392便>

 ‐03:46 警報音

合成音声「上昇せよ。上昇せよ」



<エア・イクセオン航空707便>

 ‐02:33 警報音

合成音声「降下せよ。降下せよ」



<バルカ航空8392便>

 ‐02:29 警報音

合成音声「上昇せよ。上昇せよ」

副操縦士「き、機長……あーTCASの指示は上昇です」

機長「管制官が降下を指示したのだ」



【バルカ航空8392便はTCASの指示を無視して降下を続ける】



<エア・イクセオン航空707便>

 ‐01:48 警報音

合成音声「降下せよ。さらに降下せよ」

副操縦士「か、管制官。こちらはエア・エクセオン707。 TCASの指示に従い降下中」


【回避の最後の可能性をひめたこの通信は、だが管制官には伝わらなかった。

 彼は違う航空機の管制にかかりっきりになっていたのだ】



<バルカ航空8392便>

 ‐01:24 警報音

合成音声「さらに上昇せよ。さらに上昇せよ」

副操縦士「このまま降下を続けますか?」


 【返事は録音されていない】



<エア・イクセオン航空707便>

 ‐01:00 警報音

合成音声「さらに降下せよ。さらに降下せよ」



<バルカ航空8392便>

 ‐00:26 警報音

合成音声「さらに上昇せよ。さらに上昇せよ」

 ‐00:25

不明「左だ! 左から突っ込んでくるぞ!」

不明「ひっ」

不明「上昇!上昇だ!」



<エア・イクセオン航空707便)

 ‐00:25 警報音

合成音声「急降下せよ。急降下せよ」

 ‐00:23

不明「うわぁ!!」

副操縦士「前! まん前」

不明「あー!」



<バルカ航空8392便>

 ‐00:14

不明「ああああ」

不明「うわあー」


 -00:02 衝撃音


【テープ終了】



【エア・イクセオン航空707便と、バルカ航空8392便は、ソノラ砂漠上空、約16000フィートで衝突した。

 バルカ航空8392便は瞬時に空中分解。火を吹きながらバラバラになって四散した。

 エア・イクセオン航空707便は、衝突のショックで左翼の先端から三分の一と、第一エンジンが脱落。

 緩やかに墜落して行った】



<エア・イクセオン航空707便>

 +00:20 四種類の警報音、鳴り響く。

 +00:24 不明「OK、ベイビー。落ち着け。落ち着け」

 +00:36 不明「ひぐう」


 +00:40 管制官「バルカ航空8392便。どうぞ」


 +00:53 機長「気を沈めるんだ」


 +01:59 がたがたと揺れる音。なにかが脱落していく音。


 +01:56 副操縦士「フラップ。フラップが」

 

 +01:56 管制官「バルカ航空8392便。ど、どうぞ……」


【この時点でも管制官は状況を把握できず、レーダー・スクリーンから消えたバルカ航空8392便に呼びかけていた】



 +01:58 警報音、鳴り響く。

 +02;11 合成音声「テレイン・テレイン」


 +02:12 副操縦士「管制塔。こちら…う……エア・イクセオン……つ、墜落します」

 +02:15 管制官「あ…あー了解」


 +02:17 機長「くそ、駄目だ」

 +02;19 警報音

         合成音声「テレイン・テレイン」


 +02:24 警報音

         合成音声「テレイン・テレイン」

 


 +02:26 副操縦士「ああ。愛してるわ。ブービー」



 +02:30 警報音

         合成音声「テレイン・テレイン」


 +02:38 警報音

         合成音声「テレイン・テレイン」 



 【テープ終了】



【エア・イクセオン707便の機体は、バルカ航空8392便から北東、約10マイル(約16キロ)離れた砂漠に墜落した。

 衝突の状況はー

 脱落した、エア・イクセオン航空707便の第一エンジン内から、バルカ航空8392便の乗客の体の一部が発見された事から、

 エア・イクセオン航空707便が、左から、ややバンクした状態でバルカ航空8392便の胴体に左翼と第一エンジンを接触させ、

 バルカ航空8392便の機体を主翼の前後で分断し、空中分解を引き起こしたものと推測された】



 後の事故調査委員会の報告では、この事故の一番の問題点は管制にあるとされた。


1)経費削減の為に、夜の管制官の人数が減らされていた。

2)さらに事故時点で、二人の内の一人が休憩に入り、一人で多数の航空機の管制を執り行わなければならなかった。

3)メンテンナンス作業の為、レーダーの機能が制限されていた。

4)上記と同じ理由で、電話もつながらず、外部への援助も頼めなかった。


 また、航空機側の問題点としてー


1)バルカ航空8392便がTCASに従わず、降下し続けた。

2)他の操縦席内の乗組員の誰も、その事を機長に注意しなかった。

3)職務上、副操縦士はその事を、もっと強く機長に進言するべきだった。


バルカでは目上、あるいは上司の指示は絶対とされ、部下はその事に意見したり逆らったりする事は、一種のタブーとみなされていた。

また機長は予備役といえど、大佐の階級を持つ軍人であり、プライドが高かった。

振る舞いも高圧的で、副操縦士や他のクルーが意見を言えるような雰囲気ではなかった。

それ故、機械的なTCASの指示より、より人間的な管制官の「命令」に従ったと考えられている。


そして事故調査委員会は、これまで曖昧にされていた「管制官の指示」と「TCASの指示」が食い違っていた場合。

「TCASの指示」に従うべき ーとの勧告を、初めて示した。



  等の「Incident(出来事)」が報告されている。



バルカ航空8392便。及び、エア・イクセオン707便の乗員・乗客は全員死亡した。



  CVR    Incident ー04 『衝突』 end










 ETA  +8760 over

事故から一年経ったある日。 

事故の夜。管制を担当していた男性が自宅前で刺殺された。

容疑者はすぐに逮捕された。

加害者は、この事故でバルカ航空8392便に搭乗した家族全員(妻・息子・娘)を失った男だった。

当時、心神喪失状態であったとされるこの男の責任能力の有無について、現在も裁判が続けられている。




ETA= en Estimated Time of Arrival  

航空機 船舶 車両 あるいはコンピューター・ファイルが ある場所に着くと予想される時間、時刻の事・「到着予定時刻」

10/3 一部タイトル変えました。

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