ベゴニア・赤―片思い
あの日から俺の壮絶な片思いの幕が始まる。
桜井さんと同じシフトになるたび、胸が高鳴る。
話しているだけで心臓が口から飛び出そうになる。
無駄に話したくてどうでもいい話をする。
俺は自分でも分かるくらいよく笑い、よく話した。
毎日彼女のことを考えては、次は何の話をしよう、この話をしようって考える。
今度は俺からご飯に誘おうか。
そんなことばかり考えていたら自然と顔がにやけたのだ。
「お前、気持ち悪い」
三沢に言われるまで俺はそんな表情をしてるだなんて夢にも思わなかったのだ。
そして、もっと核心をつくやつがいる。
「香川君、誰か好きな人でもできたでしょ?」
大学の就活セミナーで中村さんに会って言われたことだ。
「えっ」
「え!じゃないよ。あんた分かりやすいのよ。いかにも好きな子できたみたいな顔じゃん」
「そんな顔してるの、俺」
「あんたアホ?自分で気づいてないわけ」
「全然・・・」
ため息をついたと思ったらセミナーが終わり、俺は強制的に中村さんに連れられてファミレスに入った。
「で?どんな子」
いきなり席に座るなり俺は中村さんの尋問にあわされた。
以前斉藤君や葉山君に彼女ができたときもこういう尋問があった。
俺はその時面白半分に聞いていたが、実際自分にやられると辛いものがある。
「どんなって・・優しくて、笑うと可愛い天使みたいな人だよ」
桜井さん、とは言えなかった。
同じバイト先で恋愛とかどうなの?みたいな葛藤もあったし
何より仕事に手が付けられなくなる自分を想像したら自殺行為だと思った。
俺は完全に溺れると分かっていたからだ。
「なるほどな・・・いかにも女性らしい子ね」
頼んだパスタを2人で食べながら尋問は続いた。
「さぁ、どこの人サークル?クラス?」
「それは・・」
「何?ここまで来て隠そうだなんて許さん」
「いや・・その」
ものすごい視線で見られていると、俺は答えないという選択肢はないんだな、と踏んだ。
「他校、だから」
興味を失くしたように中村さんが力を抜いた。
「一目ぼれかー。まぁせいぜい頑張るといいいよ、少年」
それ以上は聞かれなかったのがとりあえず救いかなと感じた。
***
「ねぇ、葉山君。好きな人できたときって何かした」
俺はたまたま一緒になった恋愛エキスパートそうな葉山君を呼び止めた。
「え?香川君好きな人でもできたのんだ?」
「うん・・まぁな。ただ俺には恋愛HPがない」
「ゲームみたいないなってるけど・・。同じ学校?それとも他校?」
「その2つでも違うわけ?」
「違うよ!他校だったらメールとか電話だし、同じなら話しかけるがベストだろ?」
「ちなみ元カノはどっち?」
「・・他校だけど?」
「イケメンはやっぱり違うな」
「は?」
「とりあえず猛アピールすればいいのか?」
「しすぎると引かれる場合もあるから気をつけなよ。適度に、その人のイメージ壊さないのがいいかな」
なつほど・・・。と思った。
イケメン葉山君の恋愛経験を参考に俺はその方法を実践しようと試みた。
その日はちょうど桜井さんもいたのだ。
「叶うといいなその恋。お互い頑張らないと」
「互いってお前も好きな人できたの」
「・・わかんないんだよね。いまいち。俺も今回ばかりは前例になくて。戸惑ってるよ」
「前例?」
「うん、好きっていうより、安心するその人といると。この人なら沈黙も辛くないし、いても飽きないし。ただ側にいたいっていうか。それって恋かもしんねぇけど、俺にはちょっと違う気もしてさ」
ふむふむ。イケメンの考えていることなんぞ、俺には到底理解できないと踏んだ。
イケメンの脳内はやっぱり普通と違うと思うんだ。構造的に。
***
「香川さん、この書類はここでいい?」
ある日桜井さんは両手いっぱいに書類を持ってこちらに来た。
その絵外はやっぱり天使そのもので俺の心を揺さぶった。
「いいよ、ありがとう」
目の前で仕事をこなす彼女を横眼に俺は思わず笑った。
そして勇気を振り絞った。
「ねぇ、桜井さん」
「何です?」
「今度ご飯とか行けないかな?」
桜井さんは顔をあげて俺を見た。
あの時の光景を今でも鮮明に思い出せる。
時刻は夜7時、葉山君がレジで、川村さんもレジの時。
俺と桜井さんしかいないこの部屋で、俺は初めて女性を誘ったわけだ。
「いいですよー。どこにしますか?」
「いいの?」
「いいですって。何でそんなに驚くんですか笑」
俺はうん、とか紳士的に頷いて見せたけど、実は内心ハラハラもので
断られたりしたら、とか気持ち悪いなんて思われたらと考えた。
すごくうれしかった。
「何が好き?イタリアン、フレンチ、和食?」
桜井さんは大きな声で笑い出した。
「ははっ!!なんかはりきりすぎじゃない?」
そう言われると俺は途端に恥ずかしくなって下を向いた。
「嘘ですよー。イタリアンがいいです。パスタが好きなんですよ」
彼女が笑うと、俺も笑う。
その雰囲気は今までにないほど幸せだった。
「桜井さん、ちょっと」
葉山君が桜井さんを呼ぶまで俺は心臓の高鳴りがやまなかった。
桜井さんがでは、またと言って小走りで葉山君のところへ向かう。
その様子をぼーっとみていると、談笑を始めるような雰囲気で
しかも桜井さんがさっきのような笑顔を振りまいていた。
そして、俺を驚かせたのは、もう一つ。
あの葉山君が思い切り笑って、優しそうな目で桜井さんをみていたのだ。
俺は不安になった。
そうみえただけかもしれない。
でも二人には明らかになにか違う空気が流れているような気がした。
あぁ、恋ってこんなに不安になるものなんだな。
そう思って俺はその場から目を反らした。