ツバキ・赤―気取らない優美
春休みも半ばに入るところだったと思う。
中村さんの一件から今までの間に新人が新しく入って
仲間は着実に増えていったと思う。
俺はとても困った状態に陥っていた。
それは就活。
俺たちは4年を目の前にして就活の現実を見なくてはいけなくなった。
そして俺は恐ろしいほど先のことを考えていなかった。
「香川君、エントリーシート、書いてる?」
ある日斉藤君にそう聞かれた。
「えっ」
「えっ」
「ちょっと待て、香川君書いたことないの」
俺は情けないことに全く書いていなかったのだ。
「嘘でしょ?」
と中村さんに呆れた視線を送られ、俺は形見の狭い思いをしていた。
そんな中バイトが終わると毎回連絡が入っくるという恐怖の出来事の苛まれていた。
それは、昔から付き纏われかけていた先輩だった。
「それより大変なことが」
中村さんの視線を避けるように俺は話題を振ったのだ。
「なんだよ、それ」
斉藤君が興味津々に聞いてきた。
「十分今の状態も大変なことだよ」
「いや、その本当にまじで。これ見てよ」
とすべて例の先輩からの着信を見せた。(男です)
「うわっ、怖い」
「嘘やろ!?こんなん、あんなことする先輩のようには見えんけどな」
と口々に言われていた。
俺も嘘だと信じたいし、嘘であって欲しい。
そんな先輩との話はいつのまにか全員に伝わっていた。
「香川君、付き纏われてるんだって?」
と聞いてきてくれたのは爽やかボーイの葉山君だった。
「何で知ってる?」
「いやだなぁ、あの斉藤君と中村さんが黙ってるわけないじゃないか」
「おう・・そうだな」
「いや、本当きついよ。そういうの。俺も切ったことあるし」
「まじ?」
「うん。俺嫌いな奴は嫌いだから」
イケメンは怖い。
でもこういうことをしても許されてるんじゃねぇかと思う。
しかしこの人当たりよさそうな葉山君にも好き嫌いがあんだなって思ったら
イケメンだろうがフツメンだろうがやっぱり人間なんだなと感じた。
「どうやって切ったの?」
「簡単だよ。着拒したの。アドレスも変えて、電話帳から抹殺」
「軽く苛めじゃないの・・」
「落ちると思ったから。自分も。こいつといたらダメだって」
やり方聞いたらものすごいけど、確かに人生台無しにするよりマシかと思った。
「俺にできるかな」
「うーん、香川君の性格優しいから難しいかね」
そう、俺の良いところは優しい。
それ以下も以上もないのである。
しかし優しさとは時に仇となるのだ、覚えておけよ、諸君。
***
この俺の話はあの桜井さんにも伝わっていた。
「なんか・・付き纏われてるって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」
「桜井さんまで知ってる・・」
「ごめんなさい、余計なことでしたか」
「いやいや・・でも桜井さんまで迷惑かけてごめん」
「いえ、大丈夫ですよ。よかったら教えてください」
天使が来たと思った。
こんなちょっと気持ち悪いこのエピソードを
この純粋そうな彼女が聞いてくれてようとしている。
「え・・いいんですか・・」
「えぇ、あたしでよければ聞きますよ」
それが全ての始まりだと思っている。
彼女の聞き方は本当に上手だった。
相槌の打ち方から、質問の仕方、すべてにおいて話しやすく
この口下手な俺がペラペラと話せたくらいなのだから
桜井さんは本当に聞き上手だと思う。
一通り話すと俺はため息をついてしまった。
「ごめん、全部愚痴だったね・・・」
「いいですよー。でもそれは彼女を作るしかありません」
「この俺が作れるとでも?」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか。というか、その先輩に勝つためにはそれくらいしていただかないと」
「でもそんなすぐにできないよ」
「誰かに彼女のフリでもしてもらえばいいのでは?」
確かに、いいアイディアだともその時は思えたが、正直そんな俺の彼女のフリなんていう賭けを
だれかがほいほいしてくれるとは思いにくかった。
というか、それ以上に問題があったのだ。
天使がにこにこ笑うその横で俺はとても恐ろしい想像を思いついてしまったのである。
「でも、ひとつ問題が」
「何です?」
「そのフリをしてくれた人にも被害が及びそうで嫌なんだが」
「香川さん」
「ん?」
「その人は異常です。早く離れてください。せっかく香川さんいい人なのにそんな人と付き合ってたら堕ちていきますよ、人生もろとも。そんなんでいいと思ってるんですか」
本当にイケメン爽やかボーイ葉山君と同じことを言う人だ、と思った。
つまり俺はイケメン爽やかボーイ葉山君と、ふわっと天使の桜井さんに同じところに2回も釘を刺されてしまっていたのである。
「桜井さんも同じことを言うね・・」
「え?」
「いや、なんでもないよ。そうだよね・・分かってるけど・・」
天使はそのあと少しため息をついたと思う。
こんな天使にも飽きられるほど俺というのは意志がないのかと思ったらそれはそれで落胆した。
「そんな、簡単に切れないですよね。優しい香川さんならなおさら。優しいところがいいところなのに」
同じことを葉山君にも言われたときは感じなかったが、
こう天使のような女性に言われると、こう、ドキっとするものなんだな。
面と向かって優しいね、なんて女子に言われたことのない俺にとってはキャパシティを超えている。
「そう、言われると恥ずかしいからやめて・・・」
「ははっ!本当のことですよ、もっと自信持ってくださいよ!」
その時がもう引き金だったと思う。
俺は天使の真っ直ぐな言葉と笑顔にやられていてしまっていた。




