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僕と花  作者: 佐倉 夕夏
インパチェス―鮮やかな人
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サイネリア・青―恋の悩み

秋に変わって、随分桜井さんは馴染んできた。

それとほぼ同時に葉山君の恋愛も終わっていた。

「俺、別れたんだ。続かなかった」

そう衝撃的な失恋報告を受けたとき俺と中村さんはお口ぽかんだった。

葉山君の彼女は同い年で、すごい可愛くて、言うことなしだった。

一度バイトに来て紹介されたとき、これまたお口ぽかんだった。

「な・・何で」

中村さんがゆっくりと低い声で聴くと、笑っているのに悲しい顔をした。

「浮気、されたんだ。お前じゃ刺激がないって。笑うでしょ?」

言い忘れたが、葉山君は浪人生だったから俺たちと同い年だった。

だからタメ語になったことを断っておく。

「浮気!?」

俺はあの可憐な女性がそんな大胆なことをするように思えなかった。

「うん、もうやんなっちゃうよね」

中村さんと顔を合わせてお互いどうするか、という表情をしたら葉山君はこう言った。

「中村さんと香川君が気にすることじゃないよ」

俺と中村さんが何も言えなかったあの雰囲気を今でも思い出すと心が痛い。

イケメンでもそんな最低な別れ方するんやな、と思った。

恋愛って本当難しい。

「おはようございます!!」

元気よく明るく入ってきた桜井さんを見て、葉山君は笑った。

「おはよう!今日はレジ3時間だぞ」

「えっ!まじですかー」

「すごいピンポン押して呼ぶね」

ピンポンっていうのはレジが混むと押されるボタンなわけだがそのことを言っている。

「うわっ!最低です!!!嫌がらせですね!!!」

「え?違うよ?面白そうじゃん?」

「・・・葉山さん、ふざけないでください・・」

そう言いあう様子はここ最近見始めて俺は本当にさっきまで悲しんでいた葉山はどこにいったのだろうと考えた。

「本当腹立つよな、こいつ」

中村さんまで同調して、その場の雰囲気が柔らかくなった。

桜井さんが来ると、本当に雰囲気が明るくなる。

それは落ち込んでいる葉山君までを変えるほどの。

「ほら、桜井さん行くよ」

「待ってください!!準備できてない!!」

2人で笑いながら店内に出ていくのを見て俺は安心した。

「葉山君、大丈夫かな」

「うーん、分からないけど、桜井さんがいれば大丈夫な気が・・」

「な、あたしもそう思う」

いつのまにか仲良くなって笑う葉山君と桜井さんは昔からの幼馴染のような雰囲気を醸し出していた。



***

ひとつの恋愛が終わると、雪崩のように次の恋愛も終わりそうになる。

それは不機嫌な様子で入ってきた中村さんの声で分かった。

「おはよう・・」

そのいつもより低い声であいさつをする中村さんに俺はなかばびびった。

「お・・おはよう」

中村さんの明るさはどこ吹く風、欠片もなかった。

「まじで、あそこのライブハウス知ってんの?」

「知ってますよ!あたしめっちゃ行きます!!ライブが活力ですから」

「はは、確かに」

そう明るく葉山君と桜井さんが出勤してきたとき、中村さんはどうにか笑っていた。

俺はその様子を傍観しながら、実際どうなんだろうと考えていた。

どうにかクローズを終えて、帰ろうと自転車の乗ろうとしたときだ。

同じ方向に帰るようになった葉山君と桜井さんは仲良く手を振って闇に消えた後

ペダルをこごうとサドルに体を乗せようと思った。

そのとき勇ましく投げ入れられた赤いバックが目に入る。

「!?」

「あんた、暇でしょ。ちょっと付き合いなさいよ」

中村さんがそう俺に有無を言わさずに歩き出すので

俺は明日1限必修にもかかわらず泣く泣く飲みにいった。

席に着いた途端男らしくビールを飲み干す姿に圧倒された。

話は他愛もないものばっかりで、本当に言いたいことは心に秘めていたと思う。

「なぁそろそろ俺を呼び出した本当の目的教えてくれない?」

少し酔っている彼女にそう問いかけると、彼女はじっとこちらを見た。

「あのさ、麻衣ちゃん」

「何」

「今日荒れてない?いつもの麻衣ちゃんじゃないんだけど」

梨奈は急に机に身を乗り出して俺に近づいてきたのだ。

「いつものあたしってどんなん?教えてくれるん?」

「いや・・そのこんなにいつも荒れないでしょ。何か自分見失ってない?」

「別にいいじゃない、今日くらい。いつもにこにこなんかできないよ」

俺はそれ以上は何も言わずお酒で満たした。

でもいまだに彼女が一番話したいことはまだ口から出ることはなくて

そうゆう関係のない話で何かを埋めようとしているって感じだった。

正直話の内容は遼一さんだって思った。

これまでも何回かこういうことあっただろうし、偶然にも俺がいたから話そうとしているのだと。

飲み始めて時間が経ち、彼女はようやく口を閉ざした。

「香川君はさぁ、いつもあたしの愚痴の聞き役だね。嫌じゃないん?」

「何を今さら。散々愚痴っといていまさら嫌じゃないか、って聞かれても別になんとも思わねーよ」

麻衣ちゃんは意を決したように話し始めた。

「気づいたらね、もう2年も付き合ってんの、遼一と。いろいろ不安もあったんだけど。でもそれが崩れるときっていうのがあって」

お酒の飲むペースがどんどん遅くなって見ている俺もいつもよりペースが落ちる。

「最近連絡しないなって、そう思って。あっちもあたしより上だし。今年就活だったでしょ?だからしょうがないなって」

俺は間に適度な相槌を挟みながら話を聞いていたんだ。

それはもう辛かった。女は泣く姿より、泣くのをこらえている姿のほうが見てるのつらいんだ。

まだ俺では泣けないんだなって、自分の無力さに嫌になるんだぜ。

「ここ最近やねん、あっち就活生だし、電話する日とか決めてて。それでも急に声が聞きたくなることってあるやじゃん?もう2年もいるんだし、急に電話かけてもいいだろう、って思って。かけて」

彼女の話すペースがどんどん遅くなって声も小さくなっていたんだ。

本当これほど辛いものはないよ。男としてその先は想像できるし、余計に。

「そしたら・・・女が出おった。けだるい声でな、誰やー?って。後ろで声が聞こえるの。勝手に電話とりやなーって。彼の声やった。時間も日付変わってたし、察したねん。もう手遅れだ、って」

そう言いきると彼女は思い切り飲み干してグラスを勢いよくテーブルに置いた。

「それで・・切っちゃった。そこで言えばきっと状況変わってたし、いつものあたしならそうしてたと思う。ふざけんな!って言えたはず。でも、そのときはダメだった。相手が誰であろうと、あたしは2年も一緒におって彼に裏切られたんだって」

彼女は下を向いてこちらを見ようとしなかった。俺は黙ってた。というかそれしかできなかった。

「・・そのあと電話かけ直してきて・・でも悔しいじゃん。浮気相手を目の当たりにさせられて、それで弁解されても嬉しくないし、裏切られたことのほうがショックでかいもん。それから一度も出られない。これって逃げてるだけかな」

俺は言葉を選んだと思う。きっと人生で一番。

「・・逃げてるわけじゃない。麻衣ちゃんは麻衣ちゃんなりに整理する方法を探ってるんだよね、きっと。心がごちゃごちゃしてるのに、電話なんかしたら・・・もっと麻衣ちゃんは辛くなる。もっと時間かけよう」

お酒が運ばれてくるまで沈黙が続いた。俺はその様子を黙って待ってるしかなかった。

「きっと、嫌なんだ。裏切られたこともそうだけど、彼をあの一瞬で信じられなくなってしまったこととか、2年もいても彼の中にあたしがいないこと、そして、相手の女になんも言えない弱い自分も嫌」

「麻衣ちゃん」

ずっと下を向いていた彼女が顔を上げる。

「今日は飲もう。梨奈の愚痴なんてたくさん聞いてきたけど、麻衣ちゃんが自分のことをずっと責める話を聞くほうが俺は辛いよ。愚痴なら聞くけど、自分を否定する話なんか俺は聞きたくないよ」

「今日は付き合うからさ、全部吐き出しちゃえよ。な、ほら」

そういうと彼女は少し顔を伏せて、頷いたんだ。

そのとトイレ言ったから泣いてたんだと思う。

やっぱり俺のまえじゃ泣けねぇんだなって実感したら切なくなった。

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