シクラメン―はにかみ
時を冬に変えて、新人がバイトに入った。
「初めまして!今日から働くことになりました、葉山優大です」
そうはきはきと爽やかな笑顔で入ってきた。
背はそこそこ(少なくとも俺より高い)
爽やかな黒髪、嫌みのない洋服のセンス、知的な雰囲気。
要するに俺とは正反対の超爽やかボーイが入ってきた。
葉山も後々俺と関わるのだが、本当こいつを敵にしては勝ち目など一切ないと言い切れる。
「葉山君、めっちゃ爽やかやったな」
「俺とは正反対すぎてもうどうしたらいいのか分からない」
「確かに、香川君とは正反対だよね。敵わないよ、一生」
「俺を勝手に葉山君と戦わせるな。勝負してないのに負けるなんて惨めすぎるだろ」
とこんな会話を中村さんとしていたのだが・・
このころから俺はある先輩に付き纏われていた。
それがこのころかと思う。
同じサークルの先輩で、友達少ない俺とその先輩は仲良くなったのだが、
とりあえず俺の予定関係なく呼び出すからもう困ったもんだ。
そんな先輩に呼び出され、散々愚痴を聞かされたテーブルで俺は無心になって
太陽の光が暖かいな~なんて呑気に考えていたらなんと。
「ちょっと!聞いて!!」
と目の前に中村さんが表れたときは一斉に他の生徒の視線を集めた上に、心臓が止まりそうな勢いだった。
思い切り目の前の椅子を引いてドカッと座るその様はもう荘厳な感じだった。
「ど・・どうしたん」
「その呑気そうな顔がムカツク」
「おい、俺の普段の顔を侮辱するな」
「それより」
と侮辱されたのに何故かスルーされ、俺はもう抜け殻のようだ。
彼女はバックから携帯をぶん投げてその音が響く。
「えっ」
「ありえん!もう本当に何なの!?」
「はっ?」
「あたしばっかりでバカみたいや!」
「いやその全然話見えないけど・・」
とりあえず周りの視線が痛すぎて俺は中村さんを宥めることから始めた。
「あいつ!浮気してる!」
「そんなアホな」
「アホだと思いたいわ、こっちも」
中村さんの立腹の様子だと、まじで深刻なんだろうと思った。
でもやっぱり俺はどうしたらいいか分からない。
「と・・とりあえずそれは事実なわけ?」
「分からん」
「えっ」
「えっ」
「それじゃぁ中村さんの思い込みかもしれないじゃん」
「そうかもしんないけど・・知る勇気がない」
「嘘だったらその怒り無駄だけど」
中村さんは黙って肩の力を抜いたように寄りかかる。
「香川君だったらどうする?聞く?聞かない?」
その質問は愚問だった。
YesともNoとも応えられないいわば正解のない疑問だ。
少なくとも俺には。
浮気なんぞされたことないし、したこともない。
「えっと・・調べる?」
「調べる?」
「ほら、直接聞けるほど俺は気強くないし」
「なるほどな」
そこから沈黙が襲って、ようやく落ち着いた彼女に周りの生徒も気にしなくなっていた。
「とりあえずさ、はっきりした方がいいと思うんだ。遼一さんがそんなことするとは到底思えないんだけど」
ただ頷くだけの彼女に俺はそれ以上は何も言えなかった。
***
「香川君」
突然クローズ準備中に中村さんから話しかけられた。
ひどく取り乱したあの日から1週間経過したあとだった。
「うん?」
「やっぱり、勘違いだった」
その言葉に一瞬頭の中がいろいろぐるぐるしたが、ついこのあいだの続きだと思い当たった。
「だろ?真実確かめてからじゃないと」
中村さんははにかみながら頷いて、本当に恋愛している女子というものは普段以上に魅力的だなと思った。
俺には姉が2人もいるのだが、姉が恋に無縁の俺にこう言ったことがあるのを思い出した。
「女はさ、恋愛するとかわいくなんのよ」
ほほう、確かにと中村さんを見ながら思ったし、はにかんで笑う彼女は花のようで
不覚にも少しドキッとしてしまった。
そのドキッは可愛い女子ににこっと微笑まれた感じの軽い鼓動だったが。
「香川君、この間はごねんね。なんとなく香川君なら聞いてくれるような気がして」
「俺でよければ聞く」
「ありがと。本当いいやつ」
その本当いいやつ、の壁はこの後俺は3年ぐらい越えられなかった。
今までもたぶんそれで俺は生きてきて、それに不便とか全く感じていなかった。
でも本当いいやつ、の壁はまさにベルリンの壁のように壊されるのに相当の労力と時間を有した。
俺の恋愛が本気に変わるまでの時間の歳月はそこに尽きる。
***
「葉山君はさ、いいやつって言われたことある」
俺とは正反対のイケメン爽やかボーイにそう聞いたことがある。
こんな彼女に不自由しないようなルックスの彼にもそういう経験があるのか気になったからだ。
「ありますよ。結構頻繁に」
「えっ、まじで」
「えぇ。なんか俺いろんな奴にいい顔してるように思われてるみたいで」
「へえ~なんか葉山君だったらすぐにでも恋愛に発展しそうなのに」
「俺ってそんなにプレイボーイみたく見えますか?」
「いや・・そういうわけでなく・・そのなんか本気出せば彼女に困らなそうっていうイメージだけども」
葉山君は笑うとシワができる、優しい笑い方をする人だと、中村さんが言っていた。
間近で見ると本当に悟りを開いてしまいそうな柔和な顔である。
「どうですかね・・よく分かりません。でも本気で好きになったら俺は時間も労力もかけるタイプですよ。この人とこうなったら・・を考えて付き合うと恋人でなくいい人止まりもザラにありますから」
「慎重ということか」
「まぁよく言えば」
葉山君はそう言いながらテキパキと作業をこなしていた。
こんな姿みたら女子はやっぱりかっこいいと思うのだろうか。
というか男の俺がかっこいいと思うのだから、やっぱりかっこいい。
「君はモテそうだなー」
「何を急に」
「実際彼女いるの、今」
その時も葉山君ははにかんで目を反らしていた。
「好きな人なら、いますよ」
ほうほう。
恋愛とは男性はしていてもやっぱり魅力的に見えるのだろうか。
そもそも人を好きになるってどういうことなのだ?と原点から解明しなくてはいけない俺には到底分からぬ。
「どんな人」
「意外とつっこみますね~」
「葉山君は要はイケメン枠にはいりそうだから気になる」
「それは言いすぎです。でも・・そですね、優しくて女性らしい人です」
もっと聞こうと思ったが、こんなイケメン君に想われている女性がブサイクなわけねぇよなと納得。
本当に可憐で上品な人なんだろうと理解した。
「へぇ。頑張って」
「ありがとうございます。でも、正直未知ですよ。俺にもよく分からない状況です。ところで香川君はいないんですか?」
「いたら君と馬が合っていたと思うんだが」
「言いすぎです」
俺と爽やか葉山君はそうやってちょっと仲良くなった。
何度も言うがこのはにかみ爽やかボーイを敵にした瞬間終わる。
だから止めておけ。
俺はそのせいで余計傷つく羽目になるわけだ。