キキョウナデシコ―気が合う
季節も秋に変わって、俺も中村さんもここで働いて半年したころだと思う。
中村さん自体は遼一さんと付き合ってからは
少しばかり女の子らしさを意識し始めたのか
ピアスを開けたり、スカートを履く機会も増えてたように思う。
仲間の中でもそう言われてたし、何よりも遼一さんと肩を並べて歩く姿を見ることも頻繁だった。
そんなさなか、バイトの仲間で飲もうという話が出た。
意外にも一度もみんなと飲んだことはなくて
中村さんに彼氏もできたことだし、いろいろ聞こうと先輩たちはわくわくしていたと思う。
それで、飲みに行ったわけだったが・・・
その日は席的には俺、中村さん、同い年だけど、少し早く入った斉藤がいた。
斉藤はメガネをかけた、いかにもインテリ系の雰囲気を醸し出す男だった。
実際彼は英語ペラペラだったし、何より恋愛経験がとにかく濃かった。
無論それは外見からしてイケメンに入るだろうし背も高くて、ちょっと強引なところもあるから
いわば女子からみたら男らしいといわれてる彼はモテた。
「さぁ飲むよ!!」
その一声は中村さんで、俺と斉藤は半ば圧倒されながら隣に座っていた。
つまり真ん中に中村さんがいて座っていた。
ここでいろいろと不具合が生じた。
まず、斉藤が案外にも酒に弱かった。
彼の酒癖は不機嫌になって、大きいことを言うタイプだ。
つまり暴言というか、ちょっと相手するの面倒なタイプだ。
「ほら、斉藤君飲んで!!ほら」
そのことなんて全く気にもせず日本酒を継ぎ続けるのが中村さんで
俺がぼーっとしていてもどんどんついできた。
「もう無理無理無理!!!これ以上無理っ!!」
とか叫ぶ斉藤君はそうは言いながらも普通に飲んでた。
「ほら、あんたも」
と、俺も飲まされていたわけだけど。
実はサークルの中でもお酒が強い俺はこれくらいでは酔わない。
そして中村さんも全く酔わなかった。
そのうちモテモテ斉藤の武勇伝を聞き出して、
話したくないことも話してしまった彼は自己嫌悪に苛まれながら完全に潰れてしまった。
その斉藤のモテモテ話はまた別な機会にでも話そうと思う。
「完全に潰れたな~。そんなに斉藤君お酒弱かったんだね」
そう言いながら彼女の手には日本酒が握りしめられていて、俺はその勇ましさにまた恐れ多くなる。
「中村さんは大丈夫なわけ?」
「あたし?全然だなー。そういう香川君はもっといけるよな?」
そういってまた空にしたはずのおちょこにお酒が注がれていてなんていうか飲むしかなかった。
俺はお酒を飲むと饒舌になるっていうのは、地味な男のスタンダードで
この日本酒でだいぶやられていた俺は、普段聞かないことを聞いていた。
「最近遼一さんと上手くやれてる?」
そう言うと中村さんは飲もうとしてたグラスを置いた。
少し黙るものだからこれは地雷でも踏んだか、とびびった。
そのびびりを隠すのにまた酒を流し込もうとする俺のふがいなさは思い出すだけで笑う。
「あ・・いや、その俺には関係ないからね・・」
「うーん、微妙」
「微妙?」
「何ていうか、想像と違うっていうか、不安ばっかりで、何とも」
「不安って、遼一さんに不安要素ないでしょ?あの人完璧じゃん」
「だからこそだよ」
そう言いながらお酒を飲む姿は向こうのテーブルで盛り上がっている他の連中とは全く違う次元だ。
切なさと寂しさのそんな瞬間を目にしている感じがした。
彼女の話はこうだった。
遼一さんは頭もよくて、テニスもうまくて、優しい。
その上後輩からも頼られていて、しっかりもしていて、甘えさせてもくれる。
でもそんな完璧な先輩の周りにはもちろん同じように完璧な美人が聳え立つ。
年下のあたしはよく思われてないと彼女は静かに語った。
「要はあたしが不器用ってだけなんだけど」
俺には到底そうは思えなかった。
気も遣えて、俺としてはやっぱり彼女の存在は有難いし、どちらかといえば器用なイメージだ。
でもそんな彼女にも思うとこがあって・・と考えたら恋愛って難しいんだなと当たり前のことしか過らなかった。
「よく・・分かんねぇけど。いいんじゃないかな、不器用でも。大事なのは・・その相手を好きになる気持ちっていうか・・。器用にものこなせれば幸せだろうなんてそんなの誰も分からないよ・・って意味分かんないか」
俺の浅い経験ではそんな支離滅裂の論理しか浮かばなかった。
返事がまたないから俺って本当余計なことしか言わないなって後悔したら
「・・ほんまにそう思う?不器用でもえぇって、思う?」
どこか訴えるようなその瞳に少し圧倒されたのを覚えている。
「・・思うよ。何もかも上手くいく恋愛なんて・・たぶんないよ。きっとそういう紆余曲折があって始めて本物に変わるっていうかさ・・そういう無形なものって難しいから」
自分で言って恥ずかしくもなったが、言ってしまったあとではもう遅いのでお酒でごまかした。
「ありがとう、なんか元気でたよ」
彼女に面と向かってお礼を言われて、というか女子にストレートにお礼言われることすら俺には未知だったのだが
なんだかとても恥ずかしくなってしまった。
「そ・・そっか」
「うん!とりあえずもうちょっと付き合ってな!」
そう言いながら2人で潰れて寝ていたと聞かされたのは酔いが完全に冷めた斉藤君からだった。
***
「本当に毎回寝てるんだね」
そう言われて起き上がった俺の横に中村さんがいたのは
秋学期が始まり、偶然同じ授業を取った日だった。
俺の大学は他学部のの授業も取れるという便利なシステムで
こうやって社会学部の俺と、外国語学部の彼女が同じ授業を取っているのも大して不思議なこともない。
「いや・・・だってこの授業つまらんし」
「ははっ、確かにな!!」
言い忘れていたがもちろん三沢も同じ授業を取っていて、
仕舞の果てには斉藤君も同じ授業にいたときは本当に驚いた。
で、面白いことに三沢と斉藤君はなぜか意気投合して隣に座るほどだった。
理由は音楽の趣味が同じだったと聞いたのだが・・・
ま、とりあえず俺は毎週木曜日の3限、一番眠い授業時間に中村さんとかぶるようになった。
しかも最悪なことにこの教授の授業はひたすらパワポと教授の子守歌のような説明の授業。
寝ないほうがおかしい授業である。
気づくと斜め前に座る2人はもうすでに机に突っ伏していて完全に寝ていた。
俺も普段なら爆睡タイムなのだが、隣に中村さんもいるし
そもそも突然の訪問に驚きすぎて目が冴えてしまって寝れそうにもない。
「ねぇ、眠くないわけ?」
暇すぎて中村さんに聞くととりあえず何か書いていた。
「眠くはないのよね。つまんなだけ。とりあえずノート取ってるけど、意味が全然和分からないもん」
と肩をすくめながら言ってきた。
その言葉に思わず苦笑して、それを真顔で言う中村さんを心の中で賞賛した。
「香川君は?あんななに寝てたけど大丈夫なの?」
「いつもなら寝るけど・・この突然の訪問で目が冴えてしまって」
「それは悪いことしたなぁ」
「いや・・いいんだけど。本当こんなに揃うもんかな、って」
「そうだね。あたしもびっくりした。特に斉藤君」
周りを見渡すと斜め前の斉藤君と三沢のようにもう参加することを諦めていそうな生徒はたくさんいた。
むしろがっつり起きてるのは俺と中村さんだけみたいな状況になっていた。
それでも先生は自分で作った資料を配るわけでもなくPCと会話しながら進むという地獄。
「起きてるの俺たちだけだよ」
「本当だね~あたしら優秀じゃない?」
「成績上がるかな」
「無理でしょ~あの教授こっち全然見てない」
と雑談を交わしているところをぜひとも高校時代の俺に見せたいくらいだ。
こんなに普通に女子と会話してるぞーと。
「そういえば香川君は彼女いないの」
急にその質問が来たとき半ば俺の中で電気が走った。
そんな質問ここ最近された記憶が恐ろしいほどない。
野郎どもと過ごした時間が長すぎてそういう話にまずならないという奇跡。
それを今まで辿ってきてしまった軌跡。
「え」
「え、じゃなくて。そういえば聞いたことないけど」
「それはー・・もちろん俺にそういう話がないからに決まってるじゃん」
「香川君」
「な・・何」
「寂しすぎるよ、それ」
何ていうかこれを言われたときは心臓一突きされた気分だった。
分かっている、俺はさみしい男だということくらい。
「分かっておる」
「おぬし、それで焦らないのか」
「わしは焦らん。武士道の極み」
「焦ろよ。武士道なんかないでしょ、香川君に」
というお笑いかという会話を繰り広げるとは俺も予測していなかった。
「もったいないよ」
「何がじゃ」
「普通に話してよ。いい?香川君優しいんだから、頑張ればどうにかなるよ」
「俺って優しいの?」
女子から優しいなど、言われてこなかった俺にとってそれはまたいい意味で突き刺さる言葉であった。
三沢、お前が寝ている間に俺は女子からそんなこと言われたからな!ははっ!と心の中で呟いた。
「うん、そう思うけど?この間も嫌がらずに愚痴聞いてくれたし、有難いよ」
「そう思ってくれる人がいるだけ奇跡だよ」
「もっと自信持ちなよ」
そう言ってくる真摯な視線には勝てる気がしない。
というか俺を褒めちぎる中村さんにまたびびってしまうという。なんというチキン。
「なぁ、中村さんなんか心ここに在らずだけど大丈夫なの」
耐えきれずにそう言うとまたあの沈黙が襲う。そして後悔。この繰り返し。
「・・・何でそうやって香川君はよく気が付くのよ。そこまでしてもらったら申し訳ないよ」
「考えすぎじゃないかな」
「大丈夫、確かに疲れてるけど・・ほらこの間みたいな遼一さん絡みじゃないから」
俺は少し黙って考えたけど、これ以上突っ込むのよくないと思って引き下がることにした。
「・・まぁ。何絡みでもいいけど愚痴なら聞くよ。こんな俺でも愚痴を吐き出すにはちょうどいいだろ」
「・・ありがと」
我ながらこの一言はかっこいいなと思った。自画自賛でも申し訳ないけど。
でもそれが俺が中村さんと仲良くなるきっかけと言ってもいいくらいなので、書いてみた。