クローバー―約束
時間は、深夜3時だった。
結局閉店間際まで飲み続けた俺たちは、完全に酔いつぶれた麻衣ちゃんと桜井さんを介抱しながら
葉山君の車に戻った。
「全く、明日香は酒弱いのに何で飲むかな・・」
「楽しかったんだろ。それより麻衣ちゃんのほうがやばいでしょ・・」
すっかり俺に体重をかけて持たれている。
「ま、とりあえず送る。家どこ?てか2人は近いの?」
「そうなんだよ、聞いたら驚いた」
席に乗り込むとぐっすり眠る2人がいた。
「香川君、ちょっと寄り道する?」
「え?」
「ちょっと話したいことあるし」
俺は断る理由も乗せてもらっている以上はなかった。
静かに流れてる音楽の中車は進む。
着いた先はちょっとした公園というか丘だった。
背伸びして、寝ている2人を置いて車から出た。
少し黙る葉山君の言葉を待った。
「俺さ、結婚しようと思う」
「・・・え」
「明日香にはまだ言ってないんだけど、割と本気で考えてる」
俺は言葉を失った。あの時一緒に働いていた仲間が結婚する。
その事実は結婚といいうものに現実味を帯びてきてしまった。
「えっと・・それは今すぐ?」
「いや、明日香も今がちょうど仕事楽しい時だし、俺もそうだから。もう少し経ったら」
「あ・・なるほど。なんかすげぇな。当時の仲間が結婚、とかさ」
「俺もここまで考えるとは思わなかった。でも、この決心は変えないつもり」
その時の香川君は本当に目がきらきらしていた。
これから桜井さんという女性一人を守ろうとしていた。
「そっかぁ。結婚式、呼んでな」
「もちろん。あ・・その前に返事もらわないとな」
はにかむその表情は当時と変わらない。
「香川君は?いいの、このままで」
「何のこと?」
「麻衣ちゃんのこと。俺は似合ってると思うよ」
「ちょっと・・いや話飛びすぎ」
「飛んでないよ。麻衣ちゃんはいつまでも香川君のことを考えてくれるとは限らないよ」
「その前に考えてないよ」
「ううん、それは違う。灯台もと暗しだよ」
俺は香川君の言葉を考えながら今までのことを思い返した。
「どうなの、本当のところ」
風が吹くと少し肌寒かったと思う。
俺はすぐには答えられずに黙っていた。
「たぶん・・好きだと思う」
葉山君は肩を叩いて、俺を見た。
「よし、決まりだな。頑張れよ」
そういうと葉山君は車に戻ろうと言った。
運転席に座ると桜井さんが目を開けた。
「お、目覚めたか?」
「うん・・ここどこ」
「今から駅寄って香川君たち送る。それから帰るから」
うん、という彼女はまだ眠そうに目をこすった。
駅に着いて俺はまだ眠そうな麻衣ちゃんを起こした。
彼女もまた目をこすりながら車を降りる。
手を振り、車に乗り込んだ2人は楽しそうに話していた。
「仲、いいね、あの二人」
「あぁ、あいつら相性いいから」
麻衣ちゃんを家に送ると、こぎれいなアパートだった。
「へぇーいいとこ住んでるな」
時間は4時、もうすぐ夜明けとったところだろうか。
麻衣ちゃんはまだ眠そうで足元がふらふらだ。
「鍵は」
麻衣ちゃんがバックから出して渡すので、とりあえず寝かせようと部屋まで送った。
鍵を開けて入るとこれまた室内は割と綺麗でふらふらの彼女をベットまで送った。
「ほら、着いたよ」
俺はあくびをしながら言うと、麻衣ちゃんは頷いた。
「・・ありがと」
「鍵、ここに置いておく。俺帰る・・から」
といながらも俺も眠気がマックスだった。
すると、麻衣ちゃんが腕を掴んできた
「いいやん、寝てけば?」
「それまずいっしょ・・」
「何で?事故られてもこまるわ・・もう一度飲みなおす?」
「それも意味が分かんない・・けど」
と言いながらお互い意識が朦朧としていた。
そこから先は記憶にないのは言うまでもない。
***
眩しくて目を開けた。
俺はいつもの位置に時計がなかった。
少しずつ手さぐりするもの、見つからない。
「携帯・・」
「携帯ならテーブルの上よ」
「あ・・テーブル・・ん?」
何で一人ぐらしの俺に答えてくれるやつなどいない。
俺は目を少しずつ開けて、確認する。
見えてくる風景は俺の部屋とは似ても似つかないことだった。
「まさか!!」
俺はバッと起き上がると、ベッドの上で昨日の服のまま寝ていた。
「あ。起きた。おはよー」
平然と麻衣ちゃんがキッチンから声を掛けた。
「え・・あの俺何を・・」
「寝てたんでしょ?昨日飲んでからここで」
「まじか!!ごめん!!」
俺はとりあえずまずい気がしてひたすら謝った。
「何で謝るのよ。なんもしてないじゃない」
「でも・・まずいよね?普通・・俺男として最低なんじゃ・・」
「もういいからこっち来て。ご飯食べよ。お腹すいたし」
彼女はゆっくりと俺のところに来て唖然としてる俺を連れて行く。
テーブルには何故かクローバーが置いてあった。
その目の前には純和食が並んでいた。
まさに女性の部屋、という感じだった。
「す・・すげぇ」
「さすがにあたしも一人暮らし長いからね、これくらいは。ではいただきます」
手を合わせた彼女を見て俺も同じようにしてごはんを食べた。
一口味噌汁を口に入れるとほんのり温かい味がした。
「うまいし・・」
「当たり前でしょーてかあんたにまずい言われたらやだ」
「すみません・・・」
「だから謝るなって」
そのまま無言で食べ続けて、ちらりと彼女を見る。
俺は食べていた食器を置いて膝に手を置いた。
「・・何?何かあわなかった?」
「ううん。むしろ俺の好きな味」
「じゃぁ、なに?」
俺は深呼吸して、彼女をしっかり見ると、彼女も食器を置いた。
「こういう時間がさ、俺はきっと前から望んでたんだ、たぶん」
俺は一言一言選んで話す。
「だからすごい嬉しい。麻衣ちゃんとこんな時間過ごせたらな、って思ってた。でも遅い、かな」
そう言うと彼女は少し下を向いた。
これはダメだな、と悟った。
「いや・・その麻衣ちゃん」
「あたしも香川君じゃなくちゃ、作んないよ」
「え?」
「覚えてる?50になっても独身だったら考えようって」
「あぁ・・でもあれもっと早い年代にしとけばよかった」
「あたしも、そう思ってたよ」
そう言い残すとまたごはんを食べ始めた。
俺はそのまま彼女を見つめたけど少し頬を赤くしていた。
「それって・・」
「もう!ここまで言ってあんたあたしに言わせる気!?」
ものすごい勢いで俺の目の前にまで迫るから俺は慌てて制した。
「いやいやいや・・!!俺から言います!好きです!たぶん会った時から!」
そうまくし立てるように言うと彼女は嬉しそうに席に着いた。
「やっと言ったな!もっと早く言ってくれてもよかったのに」
「いや・・それは怖いじゃん。俺も、自信なかったし」
「誰が自信つけてくれたのよ?」
「葉山君と、桜井さん、かな」
「ふふ、そうね。さ、食べちゃおう。そしたら買い物付き合って!」
「はい!!」
そう言いながらまた朝食の続きを始めた。
久しぶりに食べたまともな朝食が、
ずっと好きだった人のものであったこと、俺は忘れないだろう。
「あのさ」
「うん?」
「まじでこれから大切にするわ・・麻衣ちゃんのこと。約束、するから」
麻衣ちゃんはテーブルの上に置いてあったクローバーの鉢植えを指す。
「このクローバーに誓って?」
「え?」
「クローバーの花言葉は約束、だよ」
俺は頷いて彼女と笑った。
約8年の恋は、温かい朝で、幕を閉じた。




