チューリップ・白―思い出の恋
秋が来た。
俺はどうにか就活を終えて、今はバイト一本になった。
ちなみに中小企業のとある営業である。
あれから季節はちゃんと廻って、確かに状況が変わっていった。
まず、最初に言っておくが、葉山君と桜井さんが付き合っているかどうかは
バイトのみんなは知らなかったし、2人もそんな雰囲気はゼロだった。
「おはよー!香川君!就職おめでとー!」
中村さんは俺より1か月早く決めた。
彼女はアパレル系に進んだ。
斉藤君はというと、学力を生かして大企業に就職した。
俺たち3人は無事就活を終えたわけだ。
「麻衣ちゃんもね」
「あたしは香川君より早く決まってるわよ」
「おめでとうございまーす!」
桜井さんがそう祝福してくれる言葉を聞きながら俺は愛想笑いを繰り返した。
「いやー香川君が決まってよかったよ」
あとから続いて葉山君もやってきた。
「確かに、一番心配やってんな」
麻衣ちゃんが後押しするように言ってくる。
「葉山君、香川さんをなめすぎ」
「だって心配じゃなかった?」
「あたしは大丈夫だと思ってたもん。葉山君みたく頑固じゃないし」
「それ俺の悪口だろ」
・・・と互いにタメ口で話しながらそれで笑い合うのだから俺は正直付き合ってるということを思い知らされてるわけだ。
2人は本当に幸せそうだったし、何よりよく笑っていた。
「最近あの2人仲いいね」
肩を並べて歩く2人の後ろ姿を見ながら麻衣ちゃんがつぶやいた。
「そう、だな」
曖昧な返事を返しながら俺は麻衣ちゃんのところを離れた。
それ以上2人の話をされたら俺はその場にいられなくなる気がしてしょうがなかったのだ。
「香川君!」
麻衣ちゃんにそう呼ばれて俺は振り返った。
「今日暇でしょ?飲みに行こうか?」
「また急だね」
「嫌?というかあたしが付き合ってほしい。いろいろお互いあったみたいだし、毒吐きにでも行こうか?」
俺はその言葉に異議申し立てはせずにそのまま頷いた。
俺も聞いてほしいことがある。一人ではちょっとキャパを超えてしまいそうになるのだ。
***
居酒屋はこの間と同じお店だった。
個室に通されてとりあえずビールを酌み交わしてどうでもいような話をした。
お互い本当に話したいことなど口に出さなかった。
「麻衣ちゃん、最近どう」
「最近どう?それはどういうこと」
「どういうことって、その彼と上手くいってんかなって」
麻衣ちゃんはお酒をちびちび飲みながら言葉を濁した。
俺はそれ以上はつっこまずに時間を置いた。
「あのなぁ、別れた」
俺は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
「はぁ!?」
「別れたの!また浮気したから切ってやった」
俺はその衝撃的な事実を明かされてお口ぽかんだった。
あんなに仲良かったのに、どうして終わりが来てしまったのか分からなかった。
「嘘だろ・・だってこの間、間違いだって」
「間違いじゃないって。あいつ、本当最低だった」
そう言いながら目をそらす、そのしぐさには違和感がある。
彼女の愚痴は止まらなかった、でもそれは全部本心というより強がりだった。
「麻衣ちゃん、無理してない?」
麻衣ちゃんははっとした顔つきで俺を見た。
「そんなことない・・」
「麻衣ちゃん、強がってない?」
「強がってない!!何でそんなこと言うの」
「俺にまで強がって何か意味あるの?」
その瞬間、彼女は黙った。
「俺は強がってもらうために話を聞いているわけじゃないよ?俺だって今日話したいことはつよがりなしで聞いてほしいって思ってる」
彼女はまだ黙ったままだ。
「俺は麻衣ちゃんを信頼してる。だから言う。俺は失恋した。誰にだと思う?桜井さんだ」
彼女は目を丸くして俺を見てきた。
「え!?桜井さん・・だって桜井さんは葉山君とさ・・」
「うん、麻衣ちゃんも気づいてた?」
「そりゃぁ・・だってあたし葉山君に相談受けてたし」
「嘘っ!?」
「うん・・桜井さんのこと言われて、あたしその背中押しちゃった・・ごめんな」
「謝らなくていいよ。もともと俺には勝算がなかったんだ。これ、言わないでな」
「そっか・・・」
麻衣ちゃんは何かを考えながらちびちびと酒を飲む。
そして俺も同じように無言で食べる。
「失恋なんてさ、俺こんなにショック受けるなんて思わなかったんだ。俺、経験ないから」
「あたしだって同じだよ。あたしもこんなにショックだと思わなかった」
店員の明るい声だけ響くととても空しい。
「本当は悲しかったよ。ずっと信頼してたんだよ。でもあっさり裏切られて・・」
彼女の声に震えが入ってきた。
俺はそのまま下を向いて聞いていた。
「こんなに考えてるなんて思わなかったんだよ・・あたしは・・」
言葉に詰まって黙る彼女を俺は見ていた。
「麻衣ちゃんもう、いいよ、飲もう」
そう言った瞬間に彼女から涙が流れた。
必死で抑え込む彼女を俺は目を反らして行きかう人々を見た。
「・・ごめんね、香川君の方が大変だったのに・・」
「いいよ、俺のことは。気にするな」
彼女はまたゆっくり、涙を流した。
やっと俺の前で初めて流した涙だった。




