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第7記

テトラたちが街中を走り抜けてゆく。


広い都市の中ではわずかな数のゲノを捜すのは容易ではないと思われたが、先々で湧き起こる絶叫と殺戮の痕跡が進むべき道を教えてくれた。


その道すがら、まだ未知に近い街並みに、見掛けた記憶がある建物が増えてきたのに気付く。


「マーク、こっちは確か……」


「宿の方向だな」


だとすれば、宿の親父がゲノを見つけて逆上する可能性がある。


(いや、さすがにそれはないかな)


あの異形の怪物を見て、幾多の修羅場をくぐり抜けてきたテトラでさえ一瞬足がすくんだ。


普通の人間では、その恐怖から逃れることしか考えないだろう。


(それにしても……)


テトラの頭に小さな疑問がよぎる。


奴らは人を食うために襲うのではないのだろうか?


だとすれば門の近くを襲撃してさらった人間をゆっくり食せば良い。現に最初に見たゲノはゆっくり喰らおうとしていたようにみえた。


(わざわざこんな街中に入り込むか?)


危険を冒してまでそんな行動をとることがいぶかしいのだ。



そんなことを考えながら、全速力で走るテトラの頭上をひとつの影がよぎった。



最初は鳥かと思えたそれは、不規則に屋根から屋根へと飛び移り、一行の向かう先へゆうゆと追い越してゆく。


そしてそれは、ひとつだけのものではなかった。


「なんだありゃ!」


つい先ほど見た異形の怪物。それはゲノに間違いはないが、少し違うのは胸に革鎧を付け、手にはそれぞれ槍をたずさえている。


門衛から奪ったものではなさそうだ。


それらの武装したゲノの数は五十匹は数えるだろうか、日差しがさえぎられ、曇り空のようにあたりが暗くなった。


「おそらくは、あれがゲノ兵というものではないのか?」


おどろおどろしい空を見上げてマークは険しい表情をみせた。


「どこに行く気だ」


無差別な殺戮ではない。はぐれゲノだけでなく、ゲノ兵まで出てきたとなれば、攻撃目標があるはずだ。


その影が次々と建物の屋根から降りたった。


先々に転々としていた悲鳴がやがて近づいてくる。


(この先は……)


そう思った矢先に、悲鳴をかきわけて勇ましい声が角の先から聞こえてきた。


「てめえら、息子だけじゃなく俺の店までどうにかしようってのか!」


(宿の親父だ!)


だとすれば奴らの目的は親父か。


(違うな)


確信を持ってテトラたちは角を曲がった。


思わず目を剥く光景。怪物が群れをなして宿を取り囲んでいる。小さな窓からは、逆ギレした親父の紅潮した顔が見えた。


とても常人が踏み込めるような領域だとは思われない。が、三人はすばやく得物を構えると、辺りを素早く見渡し、後ろを壁にして小さな陣を作った。


「あいつらの狙いは、たぶん俺たちだ」


「としか考えようがないな」


「うまそうには見えないなりよ」


「んなことじゃねえよ。まあ、考えるのはあとだ」


どういう理由かは分からない。それを考える状況でもない。ただ、目の前の怪物を切り裂く理由もないが、逃げる理由もない。


あるとすれば、人間として見過ごせない義侠の心だろう。


それに従って、テトラは声を上げた。


「おい、こっちじゃねえのか?」


いまにもドアを破り、壁ごと打ち壊そうと構えていた異形の集団の注意が一斉にこちらへ突き刺さる。


「あんまりゾッとしないなりよ」


そういうチェリーだったが、口調には余裕がある。


(いつもこうだな、コイツは)


真ん中に立って構えるテトラは、右で太い金属製の棍棒でゆっくり肩に叩くチェリーをちらりと見やった。


棍棒は重さにして五十キロはある。


その怪力から繰り出される攻撃のすさまじさは、見かけからは想像できない。


普段の軽率なデブは、戦場では頼りになるデブに変わる。それは常に戦陣を率いてきたテトラが一番良く知っていた。


「怪物退治の始まりだな」


渇いた唇を舐めると、前方の黒い集団は破裂したように個々に飛びかかってきた。



死を覚悟していた宿の親父は、取り囲んでいるゲノの注意がそれたことに半分胸をなで、半分いぶかしんだ。


そのおどろおどろしい壁が一斉に崩れると、一瞬視界に三人の男たちを捉えた。


(海賊か……)


しかしその勇姿はあっという間に黒い固まりに押しつぶされた。


(無茶だ!)


そう思った刹那、血しぶきを上げながら宙を舞い、弾きとばされるように地を転げたのはゲノのほうだった。


研ぎ澄ました一斉の攻撃を押し返されたゲノらに動揺が走ったのか、一瞬殺気に恐怖が混じる。


その呼吸を歴戦の戦士らが見逃すはずはない。今度は地を蹴って烈しく撃ち込んだ。


テトラの剣はしなやかで軌道が円く、その切っ先は不規則に舞う。だが急所を違うことはない。無骨に襲いかかるゲノをするりとすり抜けるたびに、後ろで巨体が地に崩れてゆく。


マークの戟は、その刃先を目で追えなかった。


まさに瞬間、目の前に立ちはだかる怪物は縦に横に、体を二つに裂いて地面を転がった。


チェリー繰り出す棍棒が空気を唸らせている。その破壊力はゲノの頭を易々と肉片に変え、突き出される槍を叩き折ってゆく。


当然、横殴りにされたゲノは、骨をむき出してボロクズのように路地の壁に張り付いた。


その凄まじい光景を目にした宿の親父は、身震いして驚愕した。


(す……すげえ)


個々の武技において、こんなものは見たことがない。


逃げまどっていた人々までもが足を止め、その想像をはるかに超えた快心事を呆然と眺めている。


いったん崩れを見せた集団は、次第に戦意を削られ始めた。


飛び込んでゆくゲノの足に躊躇が見られる。


(こんな化け物でも恐怖は知ってるようだな)


戸惑いは虚を生み出す。その虚をつけば、たやすく相手を死地に追いやることが出来る。


個の闘いでも衆の闘いでも、それは変わらない。


それを体得しているテトラたちの周りには、すぐさま足の踏み場がなくなるほど醜悪な死体で満たされた。


その死体から次々と光がとき放たれ、あたりは荘厳さと壮絶さが同居する奇妙な光景が出現した。


『光の中の戦士たち』


遠巻きに見ていた人々は、一様にそんな感慨に包まれていた。


やがて、あとじさりを始めた集団は踏みとどまるのを諦め、どっと逆を向いて逃げ始めた。


「おい、終わりか?」


まだ半数は残っているとはいえ、退きどころはわきまえていると見える。


ゲノ兵の集団はわき目もふらず、壁から屋根へと駆け上り、屋根から屋根へと来た道順をたどりはじめた。


個々に暴れていたはぐれゲノらも、それを目にすると慌ててあとを追う。


「はぐれ集団は陽動か?」


次々と引き上げてゆくゲノらを見ながら、テトラはそうつぶやいた。


マークにも同じような考えがあったのだろう。自分の考えを口にした。


「おそらくは、警備の兵を分散させるためか、あるいは……」


「あるいは?」


「命令が厳格に伝わらなかったか……ではないか?」


「それもあるか」


生来はぐれゲノというのが、命令系統から外れて野に下ったゲノ兵だとすれば、再度命令を下したものの、やはり上手く使えなかったということも考えられる。


「どっちでも良いけどな」


そう。それより本題は、なぜ自分たちが狙われたのか、だ。


もちろん、その謎がこの時点で解るはずもなく、その思考は周りから湧き起こった拍手と喝采にかき消された。


「お、お。なんだこりゃ」


いつの間にか周りに人垣が出来ている。


「すげえよ、あんたら!」

「ありがとう!」

「こんなスッキリしたのは生まれて初めてだ」


喝采と賛辞のなか、マークはわずらわしいと言わんばかりに宿へと足を向けたが、テトラとチェリーは笑顔で会釈をして観衆をわかせていた。


そんな中、ひとりの男が遠くから叫びながら駆け寄ってくる。


声を静めた観衆の注目が集まるなか、その男は狂喜しながらこう言った。


「おーい、あの51番をひとりで素手で倒した男がいるぞー!」


一斉にどよめきが起こる。


真っ先にその男のもとへ駆け寄ったのは宿の親父だった。


「本当か?」


食ってかかるような形相に気圧された男だったが、


「ああ、北町の兵庁の前でえらい騒ぎになってるよ」


それを聞くと、親父は歓喜を遠吠えに似た叫びに乗せながら走り去っていった。


「あらら、稼ぎをとられたみたいなりね」


「みたいだな。しかし、素手であのデカい奴を倒したって……まさか」


「アイツは檻の中なり」


「だよな」


そんなやつが他にも居るもんだと少し驚いたが、とりあえず血まみれた服を洗濯しようかと、宿へと入ったテトラとチェリーだった。




一方、こちらはその51番のゲノを倒した現場。先のテトラたちがゲノ兵らを打ち倒した場所とは違い、一種異様な雰囲気に包まれていた。


兵庁の壁を打ち壊して中へ侵入したゲノは、間もなく自ら開けた穴から這うように逃げ出した。


しかし続いて飛び出してきた男が、路上でそのゲノを捕らえると、素手で打ちのめして殺したというのだ。


実際に目の当たりにしなければ信じられない出来事だと、集まった人々は口端にのぼらせたが、


「それより信じられないのは……」


「あの格好だな」


喜び勇んで現場へ駆けつけた観衆は、いちように苦味を口に含ませた。


巨大なゲノは、まぎれもなく51番だ。だが、それを倒した男がこんな変態では素直に喜びようがない。


「どんな勇者さまが倒したのか見に行きましょうよ!」


きらきらしい期待を持って現場へ駆けつけた若い娘たちの黄色い歓声は絶叫にかわり


「この日をどんなに待ち望んだか」


涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして駆けつけた宿の親父は絶句した。


(なんでスケスケ全身タイツ!)



怪物を倒して感謝されるかと思っていたのは、言うまでもなくスパチャホフ以外ありえない。


しかし投げかけられる視線がいちように冷たいことにいたたまれなくなり、


(とりあえず檻に戻るか……)


と、観衆に背を向けた。彼なりに気落ちするところがあったようだ。


警備兵らも対応に苦慮するしかない。


手をこまねいていた51番の退治を見事にやってのけた勇者として扱えば良いのか、それとも単なる強い変態として扱えば良いのか。


いずれにしても本人が檻に戻りたいと言ったので、とりあえず陽光が射し込むようになった檻に戻ってもらうことにした。


(なんで端折ってんねん)


スパチャホフからすれば、自分の輝かしい闘いのシーンが描かれなかったことが一番の不満のようだ。



すまん。と、一言述べておく。


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