第5記
「おのれら、ホンマに殺す!」
手首を通した首枷に繋がれたスパチャホフを前に、テトラ、マーク、チェリーの三人は賞金の手形を手に取りにやけた顔を隠さなかった。
「静かにせい、この変態が」
守備隊隊長が首枷の鎖を引っ張って恫喝する。バランスを崩したスパチャホフはその隊長を鋭く睨み、不満を露わにした。
「貴様、そんな目をしてると益々罪が重くなると思えよ」
その言葉にテトラたちも首を縦に振って頷いた。
「超殺す!」
その捨て台詞を最後にスパチャホフは馬に牽かれた檻車へと乗せられる。
「ちゃんとお努めするんだぞ」
「ホモに走らないように注意するなりよぉ」
檻の中から中指を立てる姿が哀れでならない。そのまま石畳をカラカラと鳴らして檻車は雑踏の中に消えていった。
国営銀行で換金した一行は早速武器屋で例の得物を購入すると、飛ぶようにしてゲノハンター登録所へと向かっていた。
「こんなボロい商売がありゃ、幾らでも稼げるな」
テトラ一行には金が必要な訳がある。しかしそれは当面の生活のためなどと言うものではない。彼らは海賊である、船が要るのだ。
「ガレオン級のヤツでも買えるかも知れないなり」
海賊とは言っても略奪、強奪行為だけで渡っていけるほど世の中甘くはない。人数を集めなければ漕ぎ手も要るし、戦闘要員も要る。それらに与える褒賞も用意しなければならないし、食料だって必要だ。
力だけでそれらを得ることも不可能ではないが、どうしても様々な勢力との衝突は避けられない。そんな事をすればエムターンを探して合流する事など夢のまた夢となってしまう。
やはり金。それらを成し遂げるには金しかないのだ。
やがてその目的の登録所が近くなると、通りを行き交う人間も様変わりを見せ始めた。それらしいいかつい武装をして、目つきも悪党のそれだ。
「あそこか?」
テトラに聞かれてチェリーが地図を確認する。間違いはないようだ。レンガ造りの無骨な建物の玄関には意外にも多くの人間が出入りしていた。
「俺らの獲物残ってんだろうな……」
そんな不安が三人の頭をよぎるほどだ。
しかしそんな不安は無用なものだった。
「さて、何番って言ってたっけ?」
右も左も分からないゲノハンターという世界。むせ返るような男たちの熱気が渦巻く広い室内を見渡しながら、テトラは宿の主人の言葉を思い出していた──
「51番のゲノをやっつけて欲しいんだ」
朝食を取りながら話を聞いていた三人に禿げた頭を下げて見せた。
「51番?」
ベーコンを飲み込んだ後、その意味を聞き返す。
宿の主人に手っ取り早く金を稼げる仕事を聞こうとする前に、宿の主人のほうからゲノハンターの話を切り出されたのだ。三人は少々話がうますぎるなと思ったのだが、それはこんな訳だった。
「その51番のゲノに俺の息子が食われたんだ」
「その敵討ちなのか?」
「ああそうだ。依頼主は俺だ」
「いいだろう。まずそいつを殺してやるよ」
「そうか、恩にきる!」
わざわざこんな異邦人に頼むこともないだろうに、といぶかしんだテトラだったが、断る理由もないし、それにかなり高額な報酬があると言う。
「で、どんなヤツなんだ、そのゲノってやつは」
「まあ、獣と人間の中間みたいなものだ、ちょっと凶暴な猿だと思えば良い。なに、ゴロツキに毛が生えたようなもんさ」
と、宿の主人は軽く説明していたのだが──
登録所のカウンターに行くと若いインテリっぽい男が受付を行っていた。そこで
「51番のゲノを倒したいんだが……」
と告げると、それまでざわついていた室内が一瞬で凍りついたように静まり返った。
「え……51番ですか?」
「あ、何か都合悪いのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですが……」
異様な雰囲気の中、たむろしていた十数人のハンターたちの中の一人が声を掛けてきた。
「あんたらもしかしてシャカールの親父に焚きつけられたんじゃねえか?」
シャカールとは察しのとおり、一行の泊まっている宿である。
「ああ、そうだが」
「やっぱりな、やめとけって。命を粗末にするだけだぜ、どうせ簡単に稼げるとか何とか言われたんだろ?」
「そりゃどういう意味だ?」
「どういう意味って……あんた51番の話を知らねえのかい?」
「51番も何も、ゲノってのも見たことねえしな」
その言葉に周りの人間は絶句して、そして再びざわめいた。
「ゲノを知らねえってどういう意味だ?」
「馬鹿じゃねえの?」
「無謀にもほどがあるな」
「自殺したいんじゃねえの?」
口さがない野次馬は口々に彼らの無茶ぶりを嘲笑して止まない。テトラはそれらを無視して受付の男に尋ねた。
「で、どうすりゃ良いんだ?」
唾を飲み込んだ受付の男は
「では」
と言葉を発して一本の巻物を取り出した。それがどうやら手配書のようだ。
紐をほどいて早速中を開いてみると、まずは当該ゲノの潜伏場所、そしてなにやら数が記入されている。
「ん……この約20体てのはなんだ?」
受付の男はその言葉を聞いてため息を深くした。
「本当に何もご存知ないようですね。それは群れの数です。ゲノは群れで行動しますからその数を示したものです」
「はあ? 一匹じゃねえのか?」
「もちろん一体を倒すだけで結構ですが、その群れの中で一体だけを倒せれば……の話ですね」
「つまり……」
「群れ全体を相手に戦うことになります。ちなみにこの51番は近郊で最強最悪と恐れられていて、軍隊でも手をこまねいているほどです。失礼ですがあなた様はどの位の規模の軍隊を引き連れていますか?」
何やら随分と話が大きくなってきたようだ。テトラは他の二人を返り見て
「こいつらだけだぜ」
と言った。
どっと室内は爆笑に包まれた。その意味が分からない訳では無かったが、テトラには失望するようなところは無い。さらにその手配書を広げて続きを確認してゆく。
しかしその先はテトラにさえ驚くようなものだった。
「おい、この人相書きはなんだ?」
何人もの人間の顔がそこには描かれている。恐らく殺された人間の顔であろうが、それをここに描き示す必要性が見当たらない。
「それが51番に囚われている人々です」
受付の男は静かにそう言った。
「おいおい、殺されたんじゃなくて囚われているだけなのか?」
「正確に言えば魂を囚われているのです」
「魂を?」
やれやれと言った風に首を振った男は眉根をつまんで聞いた。
「あなた方はどこから来たのです?」
「ターントゥのパーソロンて町だ」
「ターントゥ!」
事の成り行きを見ていた野次馬からも一斉に驚きの声が上がった。どうやらハイペリオンの人間にはターントゥは広く認知されているようだ。
「一体どうやって……」
「そんなことはどうでもいいだろ? なあ、もう少し詳しく話してくれよ」
周りの喧騒をよそにテトラはずいと詰め寄る。しばらく口を閉ざして黙考をしていた男だったが
「いいでしょう」
と言って語り始めた。
「ゲノとは元々魔界の住人で、この世に実体を持って現れることなど滅多にありませんでした。稀に召喚術などによりその姿を現していたのですが、その業は久しく封印されていたのです」
「それを復活させて兵士にしたのがグロースタークって訳だな」
「そこまでご存知でしたら話は早い」
「そんな背景なんてどうでも良いんだ、俺たちゃよ。ゲノって猿のことを詳しく聞きてえんだ」
そこからの話は宿の主人から聞いたものとは随分と違うものであった。
「ゲノは人間を食べるとその魂を取り込みます。その魂は天国へ行くことも出来ず、ゲノの中でずっと地獄の苦しみを味わうのです。そしてその魂を糧にして自分の体を大きくし、力を強大にしてゆきます」
「てことは強いヤツは更に強くなっていくんだな」
「そうです。51番はすでに確認できるだけでも30人を食べています。その力は推して知るべし……です」
後ろで話を聞いていたマークとチェリーは顔を見合わせて口を曲げている。どうやら話が違うと言いたげだ。
「じゃあよ、この人相書きの意味は何なんだ?」
「魂を取り込まれた人間はゲノの腹にその顔を浮き上がらせるのです。ですからその人相書きで目標のゲノを確認します」
「顔が浮き上がってるのか?」
思わずその悲惨さを想像して顔をしかめた三人だが、次の言葉はさらに凄惨なものだった。
「はい、そしてずっとうめき声を上げ続けているのです……ずっと。死ぬことも出来ません。肉親の名前や助けを求める声……それは」
「もういい、わかった」
テトラの目がいつになく怒りに燃えていた。手配書を握り締めると敢然と言い放つ。
「おい、こいつは俺が倒す。手え出すんじゃねえぞ」
「おお、頑張ってなりよ!」
「お前もやるんだよ、この野郎」
一同が呆れ顔を見せるなか、テトラはずかずかと登録所を後にした。その場に残された者たちは首を横に振り、三人の未来が絶望なのを確信してやまなかったのだった。