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第4記

さて、一夜明けたこの日も陽光穏やかな好天に恵まれていた。


その昼にもなろうかという時分、レストランを兼ねた小さな宿屋から出てきたのはテトラ、マーク、チェリーの三人である。


遅めの朝食を済ませた一行は、とある店へ逃げるように駆け込む。しばらくすると、服装も新たに誇らしげに店を出てくる姿があった。


「マーク、その格好……もうこの国の人間みたいだな」


そう言われて改めて自分の服に目をやるマーク。濃紺の麻布に前襟を重ねて太い帯で留める上着に、すこしゆったりした作りの、やはり濃紺のズボンに黒のブーツを履く。


さしずめモンゴル風作務衣といった風情だ。


テトラたちには見慣れているはずのいままでの服装よりもむしろ自然に見えるのは、その東洋人の顔立ちのせいだろう。加えて長い黒髪を後ろに束ねたせいもあるようだ。


一方のテトラはと言えば、意外とシックないでたちを見せている。


襟のないベージュの前開きシャツに茶色のズボンをサスペンダーで吊り、やはり茶色の革のベストにジョッキーブーツ。首元にワインレッドの麻のマフラーを巻き付けただけで、以前のアクセサリーをこれでもかと飾り付けていた名残は微塵も見られなかった。


さて、チェリーはと言えば、こちらは少し物々しいいでたちである。


素肌に鎖帷子をまとい、襟と縁取りにファーをあしらったグレーの厚手の革ベストは、肩にプロテクターが付けられ、セミショートの黒いレザーパンツ。そしてやはり革のリストカバーと編み上げた鉄芯入りのワークブーツに身を包んでいた。


「二人ともそんな軽装で大丈夫なりか?」


チェリーは振り返って二人に聞いた。


「たかがゴロツキ退治、俺達や最強海賊エムターンの切り込み隊だぜ」


そううそぶくテトラは、若い娘にすれ違いざま口笛を吹いた。


「マークは……」


その問いが無意味であると言わんばかりにうつむいた視線を上げようともしない。


「心配するまでもないなりね」


首を返したチェリーは、何やら地図の描かれた紙切れを取り出して辺りを見回した。


夜の喧噪とはまた違った賑わいで溢れている。夜の屋台はバザーに姿を変え、売り子の声が飛び交い、それらはひとつの騒音のように溶け合って、この雑踏に馴染んでいた。


その中でチェリーは目指す店を見つけ出したようだ。他の二人に声を掛けると、我先にとテントの屋根を潜った。


「はい、いらっしゃい。何をお求めで?」


揉み手をしながら頭にダーバンを巻いた店の主人が声を掛けてくる。


テントの中に足の踏み場もないほど剣、槍、弓矢など、あらゆる武器が転がっているところを見れば、そこがどのような店かは今さら説明する必要はないだろう。


チェリーと後に入ってきた二人も無言でそれらを見渡した。


「みなさんゲノハンターの方で?」


店の主人の言葉に三人は頷いた。



さて『ゲノハンター』という言葉を少し説明せねばならない。時をちょっとだけ遡った昨夜のこと──



「へえ、お前さんたちターントゥから来たのかい!」


その宿の主人は馬鹿がつくほどのお人好しで、更に言えば好奇心旺盛だった。


今し方、裏通りでちょっとした小銭を通行人から拝借したのだが、貨幣価値が分からない一行は恐る恐る呼び鈴を鳴らした。


出てきたのはなかなか恰幅の良い禿げ散らかした親父であったが、事情を話すとカウンターから身を乗り出して興味を示したのだった。


更に嬉しいことには、くすねた金は意外にも多額でしばらく宿泊出来るだけのものではあったが、話を聞かせる代わりに二、三日無料で泊めてくれるという事だった。


「で、ここはやっぱりハイペリオンなのか?」


「ほ、知らずにここまで来たのかね。まあまあ、酒を用意するからテーブルに座って座って」


酒という言葉に目を輝かせたチェリーが真っ先に席に座る。やがて主人が持ってきたのは、初めて見る透明な蒸留酒だった。


発酵酒しか知らない三人は、喉に一気に流し込んで目を回した。


「なんだこりゃ!」


「主人……まさか一服盛ったのではあるまいな」


「めっそうもない!」


咳き込むテトラとマークに両手を上げて弁解する主人の前に、チェリーがいつにない据わった目つきで腕を振り上げた。


「うまい、もう一杯なり!」


どうやら酒好きに国境はないようだ。それからは話そっちのけで、独り酔いに身を任せている。


それを横目で眺めながら主人は語り出した。


「お前さんたちの想像通り、ここはハイペリオンだ。と言うかここを目指してきた訳じゃないのかね?」


「いや違う。単に新天地を探してたら、たまたま遭難してな。漂着したのがここだったわけさ」


「テトラの舵取りミスなりよぉ」


「変な時だけツッコミ入れんじゃねえぞ、テメエ」


二、三発チェリーのわき腹に拳を叩き込むと『さて』と話を続けた。


「じゃあよ、ハイペリオンってのは魔法に支配された国じゃねえの? 見たところ、魔法なんてどこにも無えけどよ」


「魔法に支配……かつてはそうだったと言えるかも知れんがね、ちょっと複雑だ」


「複雑……?」


「ハイペリオンにはもはや魔法は存在せん。あるのは魔法を操っていた王族の末裔と……」


そこで主人はいったん言葉を飲み込み、そして伏し目がちに言った。


「グロースタークから流れてきたはぐれゲノだけだ」


「あん? そのグロースタークとかゲノとか言う奴はなんだ」


どうやら不穏な話の雲行きになってきたようだ。テトラは唾を飲み込んで主人の言葉を待つ。


「どっちも酒の名前なりよぉ〜」


「この、酔っ払い豚めが……」


鈍い音を立てて、再び数発の拳がチェリーのわき腹に突き刺さる。『きゅう……』と息の根を止めたチェリーをさらに脇へ押しやると、改めて主人に問うた。


「そうそう、酒の名前じゃあ〜、ウイー」


「テメエまで酔っ払ってんじゃねえよ!」




かくして、翌朝改めて聞いた事の次第を説明しておく。


ハイペリオンはかつて栄華を誇った大帝国であったが、それを司っていたものは巨大な魔法力であった。


それはもはや伝説となっているが、山を貫き、海を覆すほどの偉大なる力だったと言う。しかしその力は徐々に失われ、今ではそのかつての威光のみを頼む王族によって維持されていた。


それでも国は富み栄え、国民は不自由も不安も強いられることなく、その暮らしぶりは幸せに満ちていた……



そう、属州グロースタークが反乱を起こすまては。



「で、そのグロースタークが使う兵士は人間とはちょっと違う『ゲノ』と呼ばれる半獣人で、たまに流れ者のゲノが危害を及ぼすなりが、その流れゲノに殺された人の遺族が敵討ちを頼むなり。そのゲノをやっつける仕事が『ゲノハンター』なり」


「お客さーん、誰に説明してんです? 買うんですか、買わないんですか?」


チェリーの説明台詞にしびれを切らした主人は、差し出した剣を振って苛立ちを見せた。


「あー、あれは放っとけ。その剣を見せてくれ」


「拙者にはその戟を……」


マークは意外にも使うところを見せた事がないげきを所望した。


一見すると槍のようだが、その穂先には三日月状の刃が背を向けて付いている。突くと切るを同時に繰り出せる東洋の武器であるが、使いこなすのはいささか難しい。


「お目が高い、それは方天画戟という銘の超一品ですよ!」


「ほう……」


手に取りじっと見つめたかと思うと、マークはいきなりそれを横殴りに振り切った。


「ひい!」

「うわっ」


主人とテトラの鼻先を一閃の光が走る。しかしそれはすでに残像で、戟先はすでに反対側の空を斜めに切り裂き、その軌道を目で捉えようとしても、次には頭上で光が孤を描いていた。


その超絶な技に店の主人は目を剥いて驚きを隠さない。


「素晴らしいお手並み! 長年こんな商売やってますが、こんな早業初めてお目にかかりましたよ、いや、さぞ名のあるハンターの方とお見受けしますが、失礼ですが……」


まさしく絶賛する主人ではあったが、マークいわく


「戦場以外で名乗る名など無い」


と、にべもない。


「ああ、こいつはマークなりよぉ〜」


「いらぬ口を叩くな!」


「あうっ! 何するなり〜」


「お……お客さん? お腹に刺さってますが?」


半泣きで腹を押さえるチェリーを無視して、テトラは一本の長剣を手にしていた。


柄に手を添え、スラリと鞘から抜き取ると、両刃の剣はテントの中にあっても眩いほどの光を放つ。


「いいじゃねえか……」


白い歯をほころばせてその刃渡りを見渡すと、ヒュンとこちらも一振り剣先を走らせた。 再び驚きの目を向ける主人の目の前でいくつも光の軌跡を残して舞う剣身。その疾さは通りの人々の目をも奪った。


たちまち人だかりが出来たテントの中で、ようやくテトラが剣を鞘に収めた時は盛大な拍手がわき起こっていた。


「すごいぞあんた!」

「キャー! かっこいい」

「たまげたよ」


次々と寄せられる喝采に、生来派手好きのテトラは胸に手を当てて、おどけて応えて見せていた。


「マークには負けてらんねえからな」


そう言って当人にウインクしてみせた。


「ふん、脇が甘いわ」


しかしながら相変わらずノリの悪いマークである。


「けっ……ところでいくらすんだ、コレ?」


今頃気付いた二人は、長剣にぶら下がっている値札に目をやった。その札に書かれてある値段はなんと『100000G』。


Gとはこの国の通貨単位『ゲソ』である。


(10万ゲソーっ!)


さらに恐る恐る方天画戟に目を移すと


(15万て!)


テトラとマークは有り金を両手に広げてその金額を計算しだした。


「いくらだ?」

「500ゲソしかない」


二人背を丸める姿に主人が容赦なく声を掛けた。


「おや、どうかしましたか?」


「いやいや、なんでも」


目を泳がせながら曖昧な返事を返したテトラだったが、しばらくモジモジしたあと、店の主人に声を掛けた。


「なあ、500ゲソだったらどんな武器があんの?」


「500ゲソ?」


その金額は思いのほか低い金額だったのだろう。しばらく首をかしげると、思い付いたようにポンと手を叩いた。


「ありますよ、お客さん」


何やらテントの奥の大きな箱の中を漁っている様子だったが、やがて一本の短い棒を持ってきて差し出した。


しかしそれはどこから見ても普通のリコーダにしか見えない。つまりは……たて笛だ。


「おい、これは?」


「どうです、パッと見たて笛にしか見えないでしょう」


「それ以外の何ものでもないぞ」


眉間にシワを寄せたテトラは食ってかかった。しかしそれを見越したように主人は笑みを浮かべ『ノンノンノン』と、人差し指を左右に振って見せるだけだ。


(なんでフランス語よ……)


「実はこれは吹き矢なんですよ。何と笛に見せかけた吹き矢!」


(笛に見せかける意味が解らんぞ……)


「さあ、どうします? 買います?」


(何で上から目線なんだよ?)



バザーを後にした三人は、肩をひどく落として東洋風の建物が並ぶ通りを歩いていた。赤を基調とした建物は金銀、緑などきらびやかな色彩で化粧を施されている。


さて、テトラはその手に握っているたて笛を眺めながら悪態をついていた。


「まさか武器がこんなに高いとは思わなかったぜ」


「剣が10万、戟が15万、僕が欲しかった金剛棒が5万。合わせて20万ゲソなりよ」


「20万かあ……コツコツかつあげするか?」


その言葉にマークは憮然とした表情を見せた。


「我らは海賊とは言え義賊であろう。我が身を犠牲にして悪を討つ、滅多に堅気の者を害してはならぬ」


「え、いや昨日は?」


「あれは妙な服を替えるためだ。致し方あるまい」


(我が身を犠牲にって言ったじゃねえか……)


たまにマークの言うことは腑に落ちない。テトラは半目で疑心を露わにして睨んでいたが、ふとその彼の向こうに立て札が立っているのを認めた。


数人がそれを囲んで、何やら話し合っている風を見て興味が涌いたのだろう、吸い寄せられるように三人はその前にたった。


「げっ……!」

「むっ!」

「あーっ!」


そこに書かれていたのは手配書であったが、その人相書き……というか服装書きに目を奪われた。


半裸の男が黒い網のレオタードを着込み、半笑いで踊っている絵だ。そして股間には丁寧に『自主規制』と書いた紙が貼られてあった。


「まるで変態だな」

「顔はもう少しブサイクなり」

「というか各々、下の方を見よ」


ん、と目を向けたそこには懸賞金の額が書かれてある。その金額に一同は歓声をあげた。


「20万ゲソだと!」


昨夜の騒ぎは想像以上のものだったようだ。罪状には『露出、騒乱、門破り』とある。傍らの中年女性らは口々に昨夜の騒動を噂しあっていた。


「あたしに見せつけるようにして走り去っていったのよ!」

「干してあるあたしのパンツ見てニヤニヤして、気持ち悪い」

「あたしなんていやらしい目でじーっと睨まれたんだから。絶対あたしで妄想してたんだわ!」


揃ってトドのような体を揺らしながら罵ること甚だしい。


しかし今のテトラとチェリーはそんな話を聞いてにやけた顔を作っている訳ではなかった。瞳の奥にたくらみを示す光がキラリと光っている。


「な……おぬしらまさか?」


そのたくらみの意味するものに気付いたマークは二人を蔑視するような目で見た。


「ならぬ、仲間を売るなどならぬぞ」


「へえ〜、じゃあマークはこの笛で戦うんだな?」


三日月の目で笑うテトラは、たて笛をピコピコと振って差し出してくる。


恐らくはそれを手に立ち回る自分の姿を想像していたようだが、厳しく睨んでいた目を足下に落とすと、一言


「やむを得ん……」


と言った。

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