第2記
さて、一行はここで思案にふけっていた。問題はひとつ、この格好ではどうやっても堂々と往来などできるわけがない。
「どうするなりよ」
チェリーの言葉はスパチャホフには意外なものに聞こえたようだ。唾を飛ばして食って掛かった。
「俺たちゃ海賊やで、ここ通るやつの身ぐるみ剥いだったらええねん!」
「まあ、それしかねえな」
「小者の暴ではあるが、いたし方なかろう」
ひとりチェリーは反対をしていたが、しかし実際にその姿で街道を行く自分の姿を想像すると耐え難くなったのか、最後には同意に到った。
「で、誰がやんねん?」
「言いだしっぺだろ」
テトラの言葉に全員の目がスパチャホフに集中する。
「いやいや、この格好で出来るかい!」
「皆同じなりよ」
「じゃあお前がやれや」
「僕はお腹が出てるから恥ずかしいなり」
そう言って酒で緩んだ腹を突き出した。まったくもって恥ずかしい腹だ。
「じゃあマークがやれや」
「拙者はモノが大きいので裸では動きにくいのでな」
そう言って誇らしげに股間のモノを突き出してみせる。
(どんな理由やねん……)
スパチャホフの視線が最後の一人、テトラへと辿り着いた。
「いや、ちょっと乳毛の処理が出来てないから恥ずかしい」
「アホかお前! 理由になるかボケ」
「何を言ってんだお前……」
急に優しい目を見せたテトラは穏やかな口調で語りかけてスパチャホフの肩を抱いた。
「素晴らしいカニ腹じゃねえか」
筋肉質な浅黒い肉体を人差し指でなぞってゆく。
「これだけのボディを人目に晒さないなんて罪だぜ、おい」
「え……ホンマか?」
少しスパチャホフの頬が緩むのをテトラは見逃さなかった。
「まさに芸術だな、お前の体は!」
「いやあ、そんなことあるかもな」
あっさり有頂天になるスパチャホフは小躍りしながら街道に出て行った。それを見ていた他の三人は声を揃えて言う。
「馬鹿で良かった……」
さて、意気揚々と街道に飛び出したスパチャホフは仁王立ちして獲物を待っていた。果たして間もなく木々の間を縫う道を一台の馬車がやってくる。
スパチャホフはその馬車を注視した。
(女か……)
幌をつけた馬車は一人の女が手綱を取っていた。何も知らずに陽光の照らすのどかな道を走ってくる。
(うーん、女物の服ではどないやろ?)
しかし迷っている暇もない。たとえ女物の服だろうと裸よりはマシである。スパチャホフは意を決して馬車の前に飛び出した。
「待てや!」
両手を広げて立ちふさがる。突然目の前に全裸の男が現れたことに馬車の女は悲鳴を上げ、両目をふさいだ。
「へ、変態。踏みなさい、レコルト、踏みなさい!」
女の声に応えるようにその黒い馬は前脚を振り上げた。
「え?……げふうっ!」
ドドっと体重五百キロを超える馬がスパチャホフを蹴り飛ばしたあとのしかかってきた。
「フラン、フラン!」
「どうしたのお母様?」
幌の中から年の頃なら12、3歳ほどの美しい少女が顔を出す。そして眼下で苦悶に顔を歪ませるスパチャホフを見て悲鳴をあげた。
「お母様! 下半身を丸出しにした男が、下半身を丸出しにした男が!」
「見ちゃいけません! 見ては駄目です」
(げ……げふう……お前が呼んどるんやないけ!)
血を吐きながら悶絶するスパチャホフを見ていた他の三人はと言うと……
「助けるなりか?」
「馬鹿、あんな美しい女性の前にこの格好で出て行けるかよ」
「拙者には出来ぬわ」
とりあえず見てみぬふりを決め込み、いつの間にか雑談に講じている。やがて静かになるとスパチャホフが恐ろしい形相で怒鳴り込んできた。
「お前ら助け来いや!」
「男子たるものがなに泣いておるか」
「顎がずれてるなりよ」
「おいおい、腸がケツからはみ出してるじゃねえか」
一同の爆笑があたりに響いた。
「わははは……って、笑うところちゃうやろが!」
スパチャホフの怒りはひと通りではなかったが、またしてもテトラの甘い言葉にほだされると、はみ出た腸をひきずりながら意気揚々と街道に飛び出して行った。
さて、今度は徒歩で一人の男が歩いてくる。太った体に『ラムちゃん』と大きく書かれたTシャツ。そのTシャツはきっちりとズボンのなかに押し込まれ、顔に食い込むように張り付いた銀縁のデカイ眼鏡、背にはリュックサックを背負っていた。
(なんてダサい格好だ……)
スパチャホフは不安を覚えた。あの『ラムちゃん』と書かれたTシャツを自分が着るのかと思うと、それだけで気がめいってくる。
(やむをえん……)
眉間にしわを深くしながらもその男に襲い掛かった。
「な、なんですか?」
「なんですか、やないわ! 脱げ、今すぐ脱げや」
「犯すんですか? 僕を犯すんですか」
「犯すかボケ!」
ゴツンと鈍い音と共に男の顎が跳ね上がる。畳み掛けるようにもう一発腹に一撃を叩き込んだ。
ドドのように気絶して寝転がる男の周りで四人はそれぞれ着替えを行っていた。リュックの中にはこの男の趣味だろうか、様々なコスチュームが入っていたのだ。
「この『ラムちゃん』ってなんのつもりだよ、おい……」
さっきから文句を言いながら男のシャツを仕方なく着込んでいるのはテトラだった。
「じゃあ、俺のと替えろや」
そのテトラを不満げに睨み付けたスパチャホフだったが
「いやいや、それは遠慮しよう」
と取り合うことはしない。
一方マークも不満の声を上げていた。
「なんで拙者がナース服など……」
細身のマークには意外に似合うピンクのナース服だったが、本人にとってはどうしても許せるものではなかったのだろう。
「帽子忘れてるなりよ」
「いらぬわ!」
せっかくチェリーが差し出した帽子を投げ捨てて声を荒らげていた。そしてその罵声を浴びたチェリーはと言うと、これまたロリチックなメイド服に身を包んでいた。
「なんでこいつはこんな服ばかり持ってたなりか?」
恐らくはそういう筋のマニアなのだろう、一般人とは違う匂いを漂わせている。その男を見下ろすチェリーに声を掛けたのはまたもやスパチャホフだった。
「頼む……」
「嫌なり」
言葉を待つまでもなく即答を返す。
「なんで俺がコレやねん!」
「いやいや、コレはお前しか着こなせないだろう」
「似合うなりよ」
「まさに貴様のためにあつらえたようである」
「なんで俺だけレオタードやねん! しかも網って」
黒い網で作られたレオタードは、余すことなくスパチャホフの肉体をさらけ出していた。
「ち○こが潰れてるなりよ」
「じゃあお前が着ろや、この網レオタードをよ!」
「い……いや、その格好で真剣に怒るのは勘弁なり……ぷ」
「じゃんけんに弱いオメエが悪いんだろが」
「俺がコイツ捕まえたんやろが!」
「さて……無駄話はそこまでにして行くぞ」
ナース服に身を包んだマークはさっさと道を歩き出した。それを追うようにチェリーもその場から離れてゆく。
「ま、そんなわけだ。俺も行くぜ」
長い金髪をたなびかせるとテトラも足を踏み出した。
(なんで俺だけこんな格好やねん)
憤懣やるかたないスパチャホフだったが、仕方なく一行の後を追う。そしてようやく奇妙な格好をした四人の長い旅はここに始まったのだった。