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第11記

一夜明けた宮殿。テトラら四人は再びカーツ将軍に謁見すると、客将としてこの国にとどまることを告げた。


ことのほか喜んだカーツ将軍は、すぐにクララ姫に謁見すると、その旨を復命した。


「いったん宿へ戻ります。主人に礼を言わねばなりません」


四人は与えられた馬に乗ると、さっそうと下町の宿に降り立った。


「見違えたな。いや、びっくりしたよ」


宿の主人は顔をほころばせて四人を迎えたが、そのなかにスパチャホフを見つけると、その手を力強く握り締めた。


「お、おい……俺にその気はないで」


わけが分からず困惑するスパチャホフだったが、チェリーから事情を聞くと、なっとくしたように笑った。


「まあ、人としてやな、当然のことをしたまでや、なあ」


少しでも持ち上げられるとすぐに舞い上がるのは、この男の知能を物語っている。


そんなスパチャホフにでも、宿の主人はそれこそ最大の感謝をあらわした。


「ちょうど息子の嫁さんが孫を連れてきててな、紹介するよ」


ごちそうをテーブルに並べると、宿の主人は二階へ声を掛けた。


「ココ、フラン、ちょっと降りてきなさい」


透き通った声が返ってくると、やがてその女性は後ろに少女を連れて階段を降りてきた。


「お義父さまから聞きました。このたびは夫の仇を討って──」


そこまで言ったココが叫び声をあげるのと、スパチャホフが奇声をあげるのは同時だった。


「お、お前。あんときの女や!」


「変態! 追ってきたんだわ」


わけが分からず主人は両者を見比べ、とりあえずその場をおさめようとした。


「ココ、この人が仇を討ってくれたんだぞ」


「そんな……」


信じられないという目でスパチャホフを改めてみたが、その視線が下へ降りると、目をそらして後ろを向いた。


「お母様……あの下半身を露出している男が、お父様の仇を討ってくれた人?」


「そのようです。あんな下半身を露出していても、感謝しないといけないんですよ」


「そうね、お母様。いくら下半身を露出していても仇を討ってくれたんですもの」


「フラン、露出した下半身を見ないようにしてお礼を──」


「もうエエわ!」




ひと波乱あった出会いだったが、ココとフランは席を同じくしてささやかな祝宴をあげた。


その宴も終わる頃、酔眼を急に鋭くした主人がテトラに言った。


「海賊さんよ、本当に激闘が続くと思うけどな。ここにいるココやフランが笑って住める国を守ってくれ」


来たばかりに見た街は、富み、栄え、人々は幸福を謳歌しているとテトラは見ていた。しかし、その笑顔の裏には、国の将来を憂う別の顔があることを知った。



客将というのは、国家直属の将ではない。したがって、四人を養う後見人はカーツ将軍ということになった。


カーツ将軍の私邸で部屋を与えられ、これからはそこが四人の生活の場となる。




数週間が過ぎたころ、ダーレー州都からはるか東、グロースターク公国に戻ってきた間諜がひとつの事実を告げた。その国都の居城に、この乱を招いた張本人、アーマリン・レイズアがいる。


女と見まごうほどの線の細さと美しさのなかに、氷のような冷たい瞳。長い銀の髪がかすかに揺れた。


唯一王家のなかで魔力をそなえて生まれたのは、このアーマリンだけだ。当然その王座は自分に与えられると思い、天啓を待っていた。


しかし、いつまでも天啓は現れず、その矢先に長兄であるユーパが仮王を名乗ったのだ。


民へと向けられる魔力は、その輝きを失い、ついに天に背いた。


「ふん、失敗したか」


祭祀場の中央には水を張られた大きな銀盤がある。それを覗き込みながらアーマリンは鼻を鳴らした。


「ウエーマー」


祭祀場のすみに控えていた男は、その名を呼ばれると、巨体を一歩前へと進ませた。


「ゴドルフィン公国を動かせ。お前は中軍を率いて合流し、ダーレー州を攻めよ」


一軍は十万の兵力を指す。この国には上軍、中軍、下軍、新軍、烈軍、金軍の六軍。そして三万のゲノ軍が控えている。この中に警備部隊も含めれば、ゆうに八十万を超える大軍団が出来上がる。


ウエーマーは頭を下げたまま、


「ゲノは……」


と、問うた。


「三千もあればよかろう」


「お言葉ですが、それでは非才の私には荷が重うございます」


この将は歴戦の常勝将軍といってよく、軍紀を重んじ、したがって暴走する恐れのあるゲノをあまり使いたがらない。思いがけないウエーマーの言葉を受け取ったアーマリンは片眉をあげた。


(ほう)


ゲノ一匹は一人の兵士の十倍に相当するといわれている。が、ゲノは敵軍に恐怖を与えるというのが最大の武器だ。


ゲノ部隊が突進してくる姿に先陣はすくみ上がり、実力の半分も出せない。そしてその恐怖が敵陣に伝染し、軍を総崩れに追い込むのだ。実質十三万以上の兵力といえるだろう。


そのやりとりを眺めていた他の官僚が、代わって身を進めた。


「恐れながら申し上げます」


非を鳴らそうという意図に、アーマリンは冷たい目を向けながらも


「カーネギーか、申せ」


と、許した。


「ダーレーを陥落させても、その背後のクリスエス公国を取り込まねば孤立し、経営を維持するのは難しくなりましょう」


「維持すると誰が言ったか」


ハイペリオン国都があるバイアリー州は、中央よりやや西方に位置する。そのさらに西にダーレー州があり、そのさらに西。この大陸の西端にクリスエス州がある。


反旗をひるがえした六州のなかで、五州は同盟関係をすでに結んでいた。


しかし、クリスエス州も独立を宣言したが、唯一どちらの勢力にも与しない中立を保持している。いま各州は、常にこのクリスエスの動向に注目せざるを得ない。


どちらにつくかで、その勢力図が大きく塗り替えられる可能性があるからだ。


「維持はせずとも、バイアリーからは背後をつかれる形になり、攻めるのも容易とは思われませぬが」


「では北のエクリプスからバイアリーに圧力を加えよう。カーネギー、貴様がやれ」


難しい仕事をおしつけられた、と、カーネギーは脂汗を浮かべたが、


「御意」


と、頭を下げたあと引き下がった。


「では、ウエーマー。どれほど必要か申せ」


「一万。そして烈軍」


その数に側近らは小さく驚きの声を上げた。現在、バイアリーへ向けた上下軍に、すでに一万のゲノが投入されていた。残った兵力の半分に迫る数だ。


「クリスエスも陥とす気か?」


アーマリンは聞いた。


「そうすれば、すべてが平らかになるでしょう」


平らかとは、大陸の統一を意味する。その意味を汲み取ったアーマリンは、命を下した。


「許す。西の地を我に与えよ」


「御意」


これらのやりとりを見ていて顔色を変えた閣僚がいた。ハイペリオンの間諜スパイであるウォッカだ。庁議が終了するなり自邸へ戻り、二人の配下を呼んだ。


「ことは急を要する」


グロースターク、中軍を発する。


その報せは夜になって早馬とともに西へと飛んだ。



臣下らを下げたアーマリンは、まだ片隅にひとり残った神官長に言った。


「予言の時まで時間が無い」


「ですな」


「ゲノをあと一万、降ろしたいが」


「そうですな、女が足りませぬ。さしあたりゴーキ帝国から五千ほど入れてもらいましょう」


「あとは、ダーレーから調達するしかないか」


呟いたアーマリンはそのままベランダへ出ると、夜空を見上げた。


(大砲も足りぬ)


ハイペリオン王国首州であるバイアリー州は天然の要塞といえる。雲を貫く山脈が州を取り囲むようにそびえ、わずか三方に開いた険所以外に軍を進める場所は無い。


その険所にはとうぜん巨大な要塞が築かれ、地形を利した防衛能力は、万のゲノを突きつけたとてビクともしなかった。


そこにゴーキ帝国から新兵器がもたらされた。この国にはない大砲という兵器だ。


だが、いかんせんまだ数が足りない。ゴーキ帝国は大砲を供給するかわりにゲノ兵を要求してきていた。ターントゥでさらなる恐怖政治を行うために、絶大な効果をもたらすだろう。


お互いに利害の一致を見た貿易といえる。しかし、ゲノは魔族とはいえ生き物であるため、計画通りに供給できるわけではなかった。



グロースタークを発した二人の使者は途中で道を分かち、ひとりはバイアリーへ、もうひとりはダーレーの宮殿へと飛び込んだ。


ダーレーの庁議は騒然とした。


「将はウエーマー。中軍と烈軍、そしてゲノ軍が一万。ヨド山脈の南を回って進行し、ゴドルフィン公国からの軍と合流して攻め入る模様です」


急使の言葉に、庁議に列席している閣僚たちは青ざめた。グロースターク軍だけでも二十万という大軍容に加え、ゲノ兵が一万。さらにゴドルフィン軍がどれほど合流するのかわからないが、恐らく五万はくだるまい。


「本国から軍を出して、背後を突いてもらうしかありますまい」


それは常道だろう。しかし、北からエクリプス軍が本国に侵攻すれば、こちらへ軍を回す余裕があるだろうか。


「どうでしょう、和議を申し出ては」


打つ手に窮した議論のなかにあって、高官の位にあるブリュネルの言葉が響いた。


「和議とは──」


その言葉に、さすがのクララも表情にけわしさをのぼらせた。その言を下げようとした矢先、怒声が脇のカーツから発せられた。


「何を言われるか!」


これはクララの意図を素早く汲み取ったものではない。本心からの怒りだった。


「グロースタークがどのような国か、貴殿も知らぬわけではあるまい。その国にひれ伏せば、このダーレーが暗黒に包まれる」


しかし、ブリュネルも引かなかった。


「国主アーマリン殿はクララ姫の実兄です。手荒な処遇になるとも思われませぬが」


クララ姫を救うにはそれが最善である。と、確固たる信念を示した。


「カーツ将軍は、クララ姫の御身がどうなろうとかまわぬとおっしゃられるのですか?」


「そうは言っておらん」


「では、どのような手が残っておると。どのようにクララ姫をお救いするとおっしゃられるのか」


その議論を遮ったのはクララの声だった。いつもの柔らか味のある声ではなく、言葉の根底に威厳がこめられている。


「民をないがしろにして、私の存在があろうか」


群臣らははっと顔を上げた。


「民の血は私の血であり、民の肉は私の肉である。血肉を失って私の生きる道があろうか。講和はありません。これ以上その献策を許しませんよ」


(青臭いことを)


その言葉を聞いて、ブリュネルは小さく舌打ちをした。


「カーツ将軍」


「はい」


「一軍を率いて防ぎなさい」


「御意に」


「ただし──」


クララはカーツを見据えて言葉を続けた。


「ことの如何に関わらず、必ず復命をしなさい」


復命をするということは、ここに戻ってきて結果を報告するということである。つまり、死んではならないという命令に等しい。


カーツは深く頭を下げて拝命した。




その頃、テトラとマークは、カーツの腹心ともいうべきニキーヤに講義を聞いていた。カーツに養われるようになってから、連日この国の情勢を詳しく知ろうとやっきになっていた。


敵を知らなければ戦は始まらない。それがテトラの持論である。


テトラとマークの質問は、ニキーヤの知らないところにまで及び、時折りあわてさせた。地図を開き、道を示し、豪族の関係、血縁、民の情勢、法と、聞くべきところは多岐に渡った。


その中で、ニキーヤはテトラの驚くべき分析能力に驚嘆していた。


(ただものじゃないぞ)


流れ者の海賊と聞いた当初、この国のことを教えてほしいと言われたニキーヤは、殊勝なこともあるものだ。と、軽く考えていた。が、その内容は想像をはるかに超えるものだった。


(どのような戦をしてきたのか)


敵国に対する目の置き方が根本的に違う。と、感じたニキーヤは、襟をただしてテトラに対するようになった。


もちろんスパチャホフとチェリーには、そんな小難しい話など聞く気も無い。毎日ぶらぶらと遊んでいるだけである。


今日は店が開くのをまって、朝から街の質屋を歩き回っていた。


「おやじ、どうや。これだけのもんはなかなかないで」


こぎれいなカウンターにどんと置いたのは、先日下賜されたばかりの黄金の胸当てだった。


「ほほお、これはすごい」


こんな店にこれだけの品が入ることなど開店以来だろう。店の主人は目を丸くして、その品に手を伸ばすと、右に左に向きを変えては魅入っていた。


と、曲線をなでていた指が止まった。


スパチャホフはあわてたように、その胸当てを手元に引き寄せると、主人に即決を迫った。


「どうや、ええ品やろ。幾らだしてくれんねん」


「いや、ちょっと待ってくれ。いま、チラッと紋章が見えたんだが」


「なに言うてんねん、老眼鏡がいるんちゃうか?」


「いや、見間違いとも思われん。もう一度よく見せてくれ」


スパチャホフはしぶしぶその胸当てをもう一度おろした。


「おお、やはり王家の紋章。ど、どうしてこれを?」


元来このようなものを庶民が持っているわけがない。いぶかしさをあらわして、主人は身構えた。


「いや、あのな。姫さんから貰たんや」


「クララ姫さまから直々に──もしや、あなたさまはゲノ退治の?」


「まあ、そういうことや」


「なるほど、そうでしたか。いや、しかしこのような物をお預かりするわけには参りません。王家の紋章が入ったものを流したとあっては、不敬罪でわしの首が飛びますでの」


そう言った主人は、手のひらで自分の首をはねる仕草をしてみせた。


「なあ、頼むわ!」


「無理をいわないでくださいよ」


「どうしても金が要るねん!」


「そんなこと言われても」


「どうしてもズボンが欲しいねん!」


スパチャホフの願いもむなしく、この店でも預かってはくれなかった。



ふたりがカーツの私邸に戻ると、門衛から


「主がお待ちでございます」


と、声をかけられた。


「なんかあったなりか?」


「さてな、ズボンの一本も調達してくれへんジジイなんぞどうでもええわ」


この屋敷に来てからというもの、食べ物と酒には困らない。しかし、なぜか肝心の衣服だけが手元に届けられなかった。


広間に入ると、カーツをはじめ、ニキーヤ、テトラ、マーク。そして屋敷のおもだった配下が重苦しい雰囲気のなかにいた。


スパチャホフとチェリーを見つけたテトラが声をかけた。


「戦だ」


「ほおーう、稼ぎ時ってことやな」


眉をしかめたチェリーとは対照的に、スパチャホフは口端をあげて笑いをつくった。




軍を率いるのは当然、カーツ将軍。テトラたちは客将ながら、部隊長に据えられた。およそ一千人を率いることになる。


そして軍容は総軍五万。しかしながら、純戦闘員は三万ほどだ。一軍とはいえ、グロースタークの軍容とは較べるまでもない。劣勢は火を見るより明らか。さすがにどの兵にも悲愴感が漂わせて出兵の準備を行っていた。



そんな中にあって、テトラはぼんやりと城壁に座って外の景色を眺めていた。


「テトラ殿には緊張感の微塵も感じられませんね」


その声に振り向くと、ニキーヤが立っている。こちらもあまり緊張感をみなぎらせてはいないようだ。


「そんなこともねえけどな」


「そうですか。何か秘策でもあるかのような余裕に見えますが」


言いながら、ニキーヤは横に腰をおろした。


「おいおい、副官さんがこんなとこで油売ってて大丈夫か?」


「少しくらいなら大丈夫ですよ。テトラ殿と軍議をしてたとでも言い訳しておきます」


城内は騒然となっている。武器、食料、工作材料や馬がぞくぞくと集められ、いたるところで家族との別れを惜しむ兵たちの姿が見受けられた。


それを眺めながら、ニキーヤが口を開く。


「テトラ殿には勝算があると思われますか」


静かな口調に、怯えの色が混じっていた。単純に考えて、圧倒的な軍事力の差がある。まともにぶつかっては勝負にすらならないだろう。


「さあな、実際に手合わせしてみねえと。ただ……」


「ただ?」


「兵を出す前から勝負は始まってる。打てる手は打っておくべきだろうな」


「と、言いますと」


先を急ぐニキーヤをじらすように、テトラはニヤリと笑う。


「まずは……」


周囲に人影が無いにもかかわらず声のトーンを落とした二人は、いつまでも城壁の上で話し込んでいた。


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