黄金のジャンビーヤ
むかし、むかし、砂と太陽の国で。
腕の良い職人の兄弟が、黄金のジャンビーヤを一振り作った。
兄は刀鍛冶、弟は宝石細工師。
研ぎ澄まされた刃は、聖なる山の頂から切り出した氷のよう。
黄金の柄と象牙の鞘には、紅玉、青玉、緑玉、金剛石に土耳古石、目にもまばゆい宝石がちりばめられた。
一世一代の傑作を、二人は大恩ある王に献上した。
水と大地の恵み豊かなオアシスに、王宮はあった。
年老いた王にとって黄金のジャンビーヤは、数多ある財宝の一つに過ぎない。
玉座の間に飾ったのも気まぐれからだし、ある夜隣国の奇襲を受けた時つかんで逃げたのも、たまたま手に触れたというだけだ。
胸に矢傷を負った王は、息絶える間際、傍らにいた従僕に黄金のジャンビーヤを与えた。
唯一人最後まで付き従ってくれた褒美として。
しかし従僕には恐ろしい。
黄金のジャンビーヤは、彼が持つには貴重すぎる宝物だった。
市場に売りに行けば、盗品だと思われはしまいか。王宮の兵に、王を殺し奪ったのだと疑われはしまいか。
いやいやその前に、山賊の目に留まるかもしれぬ。隣国の兵に見咎められ、拷問にかけられるやもしれぬ。
思い悩んだ従僕は、ジャンビーヤを林の中の泉に捨てた。
父王のジャンビーヤを拾った七番目の王子は、これを天啓と感じた。
「父上の仇を報じ、国を継ぐのは私だ」
隣国の軍勢を追い落とし、黄金のジャンビーヤを腰にはいて王宮に凱旋した王子は、新たな王となった。
若き王は生まれたばかりの王子に、世継ぎのしるしとして黄金のジャンビーヤを授けた。
悪戯盛りの幼子は、ある日飾り棚によじ登り、黄金の柄を握り締めて象牙の鞘を払った。
紅葉のような掌から血が滴った。
美しい、心優しい王妃は、我が子を傷付けた危険な道具を乳母に預け、泣きじゃくる幼子をあやした。
「王子の手の届かぬ所にしまっておいておくれ」
乳母の夫は王宮の衛士の一人でしかなかったが、野心は人一倍。
またとない栄達の機会と考え、妻から黄金のジャンビーヤの在処を聞き出すと、密かに盗んで王の寵姫に取り入った。
寵姫が王の二番目の王子を産んで間もなく。
王は宴席でにわかに倒れ、三日三晩高熱を発して身罷った。
毒を盛られたのだという噂が流れた。
寵姫は武装した兵を引き連れ、表御殿に姿を現した。
黄金のジャンビーヤを振りかざして先頭に立ったのは、今や将軍に任ぜられた、あの衛士だ。
「王の世継ぎはこの子です。これがそのあかし」
命からがら難を逃れた大臣達も、王妃の許に集って兵を起こした。
国は二つに割れた。
いつ果てるともなく続く戦火。
神託も、王の遺言も、もはや人々には何の意味も持たぬ。
黄金のジャンビーヤから宝石が一つまた一つ、金箔が一枚また一枚剝ぎ取られて、弟王子の兵を養う糧秣に換わった。
七年と七ヶ月に及んだ内乱に、しかし勝者はいない。
兄王子を討ち果たした戦勝の宴の最中、再び攻め入ってきた隣国の王が、将軍と弟王子の首を刎ねてしまったのだ。
焼け跡で、旅の楽士が哀歌を奏でる。
黄金の柄も象牙の鞘も無くなったジャンビーヤは、廃墟の片隅に転がっていた。
戦乱の中で目の光を失った楽士に、それとわかるはずもない。
魚の腹を割き、瓜の実を切り、樹皮を削ってサンダルを編むために用いた。
歳月を経て刃こぼれがひどくなると、楽士はジャンビーヤを片田舎の金物屋に売り払った。只同然の言い値で。
「もし、そのジャンビーヤを見せて下さいまし」
ぼろをまとった女は、鋳潰されそうになっていた鉄くずを胸に押し当て、さめざめと泣いた。
美貌見る影もなく痩せ衰えた王妃だった。
鏡の刃も、きらびやかな宝石も残ってはいないが、愛しい夫と息子を偲ぶかけがえのない形見。
なけなしの金をはたいて、王妃は錆びた刀身を引き取り、大切に布にくるんで懐に収めた。
ジャンビーヤはそれ以上、もう誰の手にも渡ることはなかった。
だから物語はこれでおしまい。
かつて黄金に輝いていたジャンビーヤは、王妃の亡骸に抱かれて、今も砂の海のどこかに眠っている。
この話のタネは、ずっと前に博物館で見た、スルタンの持ち物だったという時価八十億のジャンビーヤです。
『綺麗といや綺麗だけど……キンキラキンでケバいなー。
どんな感覚の人が、八十億出してこれを欲しいと思うんだろう??
それよか、八十億あったら何人の庶民の命が救えるか……』
というのが正直な感想でした。
世の中には多分、叶うものならお城や豪邸でゴージャスに暮らしてみたいと憧れるタイプの人がいる一方、大自然の中で、木の上の小屋や遊牧民のパオに住んでみたいと憧れるタイプの人がいて、私は明らかに後者(笑)。