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3.未解析領域

会議室は、静寂に包まれていた。


防音材に覆われた厳重な壁。

「彼ら」――猿類にとって心地よい照度の光を、均一に拡散する天井照明。

ここでは、誰一人として声を荒げる必要がない。


全員が、同意しているからだ。


長机の中央に、精緻なホログラムが浮かぶ。

猫型ハイブリッド、雌。色、グレージュ。猫種の中でも、メインクーン系のハイブリッドと思われる。推定年齢、若年。


昼夜を問わない彼女の走行映像。

複数の建物への侵入記録。

最後に映し出されるのは、防犯カメラによる盗難映像だ。


慣れた手つきで、嬉々として高価な装飾品に手を伸ばす。

すべての動作に、一切の無駄がない。


name:アリシャ


コーデンは、指先で空中をなぞった。

映像が切り替わる。


跳躍距離。

反応速度。

関節可動域。


どれも、基準値を超えている。


「――優秀だ」


声は落ち着いている。

感嘆でも、欲情でもない。


評価だ。


コーデンは、猿類ハイブリッドの中でも広報部部長という立場にある。

対外的には“理想の世界”を語る役目。

内部では、数字を整える役目。


彼の背後に、企業ロゴが浮かぶ。


A.P. ―― Animalium Paradisus

動物達の楽園。


理念は明快だ。


「ムンドゥスを、ハイブリッドにとってより良き世界へ」

「賢き者は、より豊かに」


無駄な感情を排除すれば、正しい。


コーデンは、そう信じている。


「問題は、身体能力ではありません」


隣席の分析官が言う。


「記憶反応です。被験体は刺激に対し、“過去人格”の断片を再生しています」


ホログラムに、別のデータが重なる。


ニンゲン。

純潔個体。


「……再生率は?」


「不安定ですが、確実に存在します。

前世――人間だった可能性が高い」


コーデンは、口角をわずかに上げた。


笑みではない。

確信だ。


「つまり」


彼は言葉を選ばない。


「この個体は、ニンゲンの記憶を内包したハイブリッド」


会議室が、ほんの一瞬だけざわつく。


ニンゲンは、公式には存在しない。

存在してはならない。そう遠くない昔、彼らが必死に、その痕跡の一切を消し去ったからだ。


だからこそ――

ニンゲンである前世の記憶を持つハイブリッドを、看過するわけにはいかない。


遺伝子。

認知構造。

支配の原型。


猿類ハイブリッドがムンドゥスを設計するための礎を、ニンゲンは阻害するから。


「感情的価値は?」


役員の一人が問う。


「高いでしょう」


コーデンは即答した。


「“物語”にできます。

 美しく自由な猫ハイブリッド。才能ある個体。

 努力によって選ばれた存在――」


彼は指を弾く。


 アリシャの映像が、洗練された宣材用ビジュアルへと変わる。


「あるいは、静かに消すことも可能です」


それもまた、選択肢。


命は、資産価値があるうちは保護される。

なくなれば、廃棄される。


単純な話だ。


「所在は?」


「地下旧区画で、巨大な鰐型ハイブリッドと接触」


 コーデンの眉が、わずかに動いた。


「……鰐?」


「超大型、イリエワニベース。

回復速度、筋力、咬合力、すべて異常値です」


沈黙。


コーデンは、データを見つめた。


大きすぎる口。

内部構造に、未解析領域。


――闇。


分析官が、言葉を続ける。


「危険因子ではありますが、知性は低く、社会性も希薄。

現在は配管工として、低位層に適応しています」


「……なるほど」


コーデンは頷いた。


「なら、問題ありません」


彼は会議室を見渡す。


「この猫ハイブリッドは回収します。

鰐は――必要なら、処分で」


感情はない。

あるのは、資産価値があるかどうかの判断だけだ。


ホログラムが消える。


会議室の空気は、再び均一になる。


ムンドゥスは、今日も良くなる。

選ばれた者たちのために。


アリシャの目線。





地下で出会った、あの人――

正確には「人」じゃないけど。ハイブリッドだけど。


爬虫類って、みんな冷たいはずなのに。

怖い顔なのに。

大きな口で、何でも噛み砕いてしまいそうなのに。


なぜか、近くにいると落ち着いた。


目が合うと、胸の奥がきゅっとして、

逃げなきゃいけないのに、もう少しだけここにいたいって思ってしまう。


こんな感覚、初めてだ。


私は猫なのに。

彼は、鰐なのに。


――この世界、ちょっとだけ面白くなったかもしれない。

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