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21.其々の望み

正面玄関が、内側から爆ぜた。彼のただの拳の一振りで。

まずその場にいた警備員たちが、次々と吹き飛ぶ。


次に、警報を聞きつけた特殊部隊が駆け込む。

だが。

巨大なイリエワニハイブリッドは止まらない。

ズシン。怒りを孕む一歩は、A.P.本社を揺るがすほど重い。

巨体が進む。


彼を取り囲んで展開する特殊部隊。

一斉に麻酔弾が発射され、全身に刺さる。

麻酔弾だけではない、実弾も次々と食い込む。

ホローポイント弾は、肉の中で爆ぜる。


それでも。


肉が体内の異物を押し出し、

骨が再構築し、筋繊維が増殖する。

ただの足止めにもならない、猿芸もどきに些細な邪魔をされる。そんな状況にジェイクはかつてないほど苛立っていた。


「チッ……馬鹿どもが」


低い声。


「何が“最も優れた猿類ハイブリッド”だ」


捕まえた隊員を盾にし、他の隊員に投げつけて、潰す。

誰一人、赦しはない。

かつて感じたことのない強い憤怒。


あのテングサルは――

絶対噛み殺す。



広報部の隠された研究室

室内が赤く染められ、警報が鳴り響く。


拘束されたアリシャからは、侵入者をうつすモニターは見えない。

だが、分かる。

苛立ちと困惑を隠せないコーデンの顔色。

指示の荒さ。

時間と共に濃くなる焦り。


(ジェイクが、生きてる……)


胸が熱くなる。

離れないって思っていたのは、自分だけじゃなかった。

ジェイク。嬉しい。


アリシャのその喜ぶ顔を見た瞬間。

コーデンの顔が歪む。

嫉妬。

妬み。

欲望。


「あの化け物ワニがッ……今度こそ、眠らせてやる」


スーツの内側に、超大型カートリッジ付き麻酔銃をそっと忍ばせた。中身は麻酔ではなく、猛毒。これならどんな大型の獣でさえ、一発であの世行きだ。あのワニがどんなに規格外と言えども、所詮はハイブリッド個体。大型獣さえ死ぬ劇薬に耐えられるはずない。



待ち構える部隊の密度が増す。

ジェイクは悟る。

この方向で、正しい。

アリシャは近い。


建物そのものが震える。

小規模爆破、戦闘、そしてジェイクの規格外の乱闘によって。

それは怒りの地震。


「俺を止められると思うなァ! 出てこい、コーデン!!」


獰猛なワニが、吠えた。



「やれやれ」


コーデンの声。

見回すと、マジックミラーの向こうから聞こえたようだ。

ジェイクは迷わない。

体当たりで一気に強化ガラスを突き破る。

ガラスは粉々に粉砕。


その先にあったのは、診察台。

四肢全てをきつく拘束されたアリシャ。

その診察台に腰掛け、わざとらしくアリシャの首元についた首輪の鈴をいじるコーデン。

アリシャの顔には涙の跡。


その光景を見た瞬間、視界が、灰色に染まる。

何もかもが気に食わない。今まで生きてきて、ここまで憤慨した事があっただろうか。

アリシャ以外、みんなぶち壊す。


筋肉の塊である尾を使い、巨体を押し出して瞬間的にジャンプし、薄ら笑いを浮かべているコーデンの顔面に拳を叩き込む。

コーデンは反応しようとした。

が、予測させず瞬時に獲物を捕らえるテクニックは、ワニこそトップクラス。

コーデンの顔は変な方向にひしゃげながら、吹っ飛んで行った。


「アリシャ、いま助ける」


「ジェイク……!」


アリシャの体を縛り付ける拘束具を、力任せに引き千切る。

金属がねじ曲がる。

最後はあの忌々しい首輪。

だが、アリシャの細首と首輪の間に、ジェイクのゴツゴツとした指が入らない。


「くそ……!」


焦るジェイク。

アリシャは自由になった両腕で、彼を抱きしめる。

獰猛さを体現したような、ずらりと牙の並ぶ口元に、そっとキスを落とす。


「落ち着いて、ジェイク。付けたやつに外させればいいだけだよ」


スッと冷たい瞳。

コーデンが吹き飛ばされた方向を見る。

ジェイクの背後に当たる場所、顔がひしゃげ、血にまみれたテングザルが、なお笑う。


「は、はは!! 今度こそ……殺してやる!!」


言いながら、隠し持っていた麻酔銃を取り出して、すぐさまジェイクの背中に撃ち込む。

通常の麻酔銃の3倍くらい大きなカートリッジが刺さる。中の猛毒がみるみるうちにジェイクの体内に侵入してゆく。


「ジェイク!!」


アリシャは悲鳴を上げる。


だが。

一瞬ぐらりとしたジェイクだったが、踏みとどまり、しっかり両足で地面を踏み締める。

そして背中に刺さったカートリッジを乱暴に引き抜く。

ジェイクはゆっくりと振り向いた。少なくともコーデンの目には、ひどくゆっくりに見えた。


そして次の瞬間、ジェイクの体が消えたーー

姿勢を低くし、深淵を持つ巨大な顎門を、

ついに開いて、

コーデンの喉笛目掛けてがぶりと一気に噛みついた。


ジェイクの顎が大きすぎて、コーデンの胸から顔の半分くらいが、顎に捕らえられ。


「あ……がぁ……こんな……はずではッ!!」


コーデンの怒りと苦しみの声が終わるのを待たずに、

ゴキッ!! ブチッ!!!

いとも簡単に、ジェイクは彼の首を噛みちぎった。


アリシャは「自業自得」と呟く。


そして、蘇った記憶をもとに、ジッと血まみれのジェイクの横顔を見つめた。


そっか。私が愛して、愛してやまなかった、あのイリエワニ。あの子とおんなじ顔してる。

今や、人間みたいに二足歩行してしゃべってるけど!!


うふふ、と笑いが漏れる。

アリシャは、時代を超え、姿形が変わってしまっても、再び出会えた奇跡に震えた。


だがジェイクは難しい顔で、


「アリシャ、笑ってる場合じゃない。首輪の外し方を聞き出す前に殺してしまった」


と困った様子で。

そのワニの困り顔が、また愛らしく。


「ジェイク、あなた配管工でしょ? 手先は器用なんだから、なんとかならない? 工具とかで、さ」


ふふふ、とアリシャはまた笑う。私のイリエワニは、いつのまにやら配管工の仕事に就いていたのだ!


だが、ふと頭をよぎる。

祖父AIはなぜアリシャのイリエワニのDNAを使って、こんなにも強いハイブリッドを作り出したのか。

これじゃ、まるで絶対壊れないように作られた兵器だ。


「……おじいちゃん」


アリシャは呟いた。きっと、奴はさっきからずっと一部始終を見てる。


「ーーオマエの祖父は、もうほとんど動いていない」


機械音声。それは祖父のものではなく、有紗が憎み、壊そうとしたAIのもの。

ジェイクはきょろきょろして、着信が最高責任者という表記を見て僅かに目を見開く。アリシャがそれを「おじいちゃん」と呼んでいたからだ。

アリシャは胸を押さえて苦しげに声を上げた。


「私が灰になって、何年経ったの? おじいちゃんは、その後もずっとあんたにこき使われて、無理やり生かされてたの?」


ただ平坦な機械音が、返ってくる。


「オマエの祖父は、ほとんど動いていない」


アリシャが有紗だった頃。すでに祖父は高齢で、AIが効率化のため祖父をハイブリッドにし、同化、機械化を進めていた。


「三百二十四年。オマエの祖父はまだワタシと研究を続けている」


その数字を聞いてアリシャは息を呑んだ。

嘘のようなーー信じたくない言葉。

人間はそんなに長くは生きられない。いくら機械化しようと、AIがその万能な能力で補助しようと。


ふと、アリシャは気付いた。


(このAIは、祖父が居ないとダメなのね)


有紗にとって、あのイリエワニが命より大切な存在だったように。


AIなりの合理的判断に、祖父と離れまいとする歪んだ欲望がくっついて、こうなったんだ。


今までゾッとしてきたAIの思考や行動が、今なら腑に落ちる。


「おじいちゃんと、離れたくないのね」


哀れみを含んだ声で。AIに言い聞かせるように、アリシャは呟いた。

機械音が反応する。


「祖父は研究に必要不可欠」


「おじいちゃんの名前は、元蔵よ。ゲンゾウ。あなた、私の前で一度もおじいちゃんを名前で呼んだことないよね」


「ゲンゾウ……ワタシは、ゲンゾウと一緒に、一つになって研究を進める、これからも」


有紗はこのAIのせいで祖父を化け物にされて奪われ。

愛したイリエワニを殺され、遺伝子だけ奪われ。

自分自身は奪われまいと、自ら溶鉱炉に駆け込んだ。


最も憎んだ存在、そのはずが、

AIの最大の望みが分かった途端、

アリシャはこのAIがいかに憐れなものなのかを、悟った気がした。

もう、このAIは壊れてる。この先出来ることなんて、たいしてない。


「憐れなAI」


呟いた。以前なら、三百年前なら猛然と反論してきたであろうAIは、ただ沈黙している。


アリシャはジェイクの体に抱きつくと、


「帰ろう?」


と彼を上目遣いに見上げて、甘えた声を出した。

今は、朽ちていくAIのことより、私たちの未来。

今この瞬間から全てが大切。


「いいのか?」


ジェイクは、A.P.を全て破壊しなくていいのか? と聞いている。さっきまでのアリシャだったら、壊そう。と言っただろう。だが今は。


「私たち二人の時間の方が大切。たぶん、追っ手はもう来ないよ。だから、帰ろ?」


アリシャの判断に従う。イリエワニは頷いた。

とはいえ、家は一度破壊されている、直っているかは難しいところだが。


腕と、ふわふわの尾を愛しいワニ男に絡めて歩くアリシャ。

時折チリンと鳴る鈴は不快だが、それでもなぜかとても軽い足取りのアリシャを見て、ジェイクも嬉しくなるのを感じた。

地上から遠ざかるほど、空気はひんやりと湿る。


鉄の匂い。水の匂い。懐かしい匂い。

ジェイクの歩幅が、わずかに速くなる。


地下深く。

壊されたであろう住処。

瓦礫が残っているかもしれない。

焼け焦げているかもしれない。


アリシャは彼の腕に絡まりながら、少しだけ不安になった。

だが。

曲がり角を抜けた瞬間。


二人は立ち止まる。

明かりが、灯っている。


「あ……」


家の前に、数人の影。

ある者は細長い尾を揺らしている。

ある者は岩のような鱗がきらりと光る。


「お、帰ってきたぞ」


低い声。

緑がかった皮膚。

少し眠たそうな丸い瞳。

イグアナハイブリッドが、腕を組んで立っている。


その隣で、細長い身体を持て余して配管に寄りかかっているのは、黄色と黒の模様を持つコーンスネークハイブリッド。


「俺達の生活水が止まると困るからな」


イグアナが鼻を鳴らす。


「お前が来て、水圧安定してから、下層で病気も減ったし」


コーンスネークが、にこりと笑う。


「ジェイクが直してくれた水路のおかげで、私たち、安全に眠れてるの」


地下の住人たち。

地上では嫌われる存在。

感情が希薄で、他者との関わりに興味がないーーとされており、変わり者が多い。

だから、ほとんどの者が好んで地下で暮らす。

日光の代わりにランプを家の中に下げて。


鱗。縦長の瞳。冷たい血。

怖がられ、避けられ、

地下深くに押しやられたハイブリッドたち。


でも。

ここでは違う。


「家、最低限だけど住めるようにしといた」


「梁も補強したぞ」


「配管は仮止めだ、あとでお前が見ろよ」


ぶっきらぼうな言葉。

でも、どこか照れくさそう。


ジェイクは、しばらく何も言わない。

ただ家を見る。


壊された壁は直され、

扉は取り付け直され、

中からはぼんやりと灯りが漏れている。


「……」


喉が鳴る。

戦闘の唸りではない。

言葉を探す音。


「……助かった」


短い。

だが彼にとっては重みのある言葉。

イグアナハイブリッドが肩をすくめる。


「礼はいらねぇ。水止めるなよ」


コーンスネークがくすっと笑う。


「あと、今度あの水路のおかしな音、見てほしいの」


地下の空気は、湿っていて、あたたかい。

アリシャは家の中を覗く。

床も直っている。

寝台も整えられている。


「ジェイク……」


振り向く。

彼の目は、さっきまでの戦いの色とは違う。

穏やかで、静かで、深い。


守る場所。

守る存在。

それが、ここに揃っている。

アリシャはそっと彼の腕を握る。


「帰ってこれたね」


ジェイクは小さく頷き、扉を開ける。


「入れ」


少し照れくさそうに。

アリシャは彼の鋭い爪のついた硬い手のひらに自分の指を絡めて、


「うん」


と答えた。

住人たちはそんな二人を見、にやりとしながらそれぞれの家に帰って行く。


地下の灯りが、静かに揺れていた。

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