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18.猿は三重に備える、が何処にでも予想外は有る

地下へ、地下へと。

一行は急ぐことなく、同行しているコーデンを警戒しながら足を進める。


一方、コーデンの撹乱作戦は途切れない。


偽の熱源反応、偽の交戦ログ、

さらにはA.P.内部での誤命令連鎖。


追跡部隊は三度方向を誤る。

ジェイクはそれでも警戒を解かない。


「まだだ。奴らの匂いが消えていない」


「用心深いな」


「お前を信用していない」


当たり前すぎる即答。

それに対して、余裕があるのか、

コーデンは微笑むだけだ。


撹乱を含め、小一時間ほどかけて進んだ四人。

地下繁華街の分岐点へと辿り着いた。

キャスビーがぴたりと足を止める。


「ここで別れる」


ジェイクが振り向く。


「深層部に来ないのか」


「コーデンが指名手配を解除した。診療所に戻れる」


「信用するのか」


「しない。でも、利用はする」


キャスビーはアリシャを見る。


「生きて再会しよう」


「うん」


短い約束。

そして別離。

ジェイクの尾が一度、重く床を打つ。


残るは、

ワニと猫。


そして猿。


そこからの移動は垂直階段や螺旋階段で下るばかり。

地下最深部付近。


空気が変わる。


湿り気。

粉塵。

酸素の薄さ。


人工物のはずなのに、古びた亡骸の中にいるように感じる。

アリシャが小さく咳き込む。

ジェイクが無言で彼女を抱き寄せる。


「こんな深い地下が、なぜ存在していると思う?」


コーデンは、ほんの少しだけ誇らしげに言った。


「生き物すべてを灰にするミサイルから、身を守るためだ」


沈黙。


足音が響く。


「かつて愚かなある種が地上を牛耳っていた」


コーデンの声は講義のように滑らか。

自分だけが知っている知識をひけらかすことに、酔っているのだ。


「奴らは欲望のまま殺し、奪い合い、増やしては殺し、果てには互いに争い、この世界そのものを破壊し尽くそうとした」


アリシャの体が震え始める。


目が焼けつくような閃光、

世界中を包む。

そして、轟音、崩壊、

何もかもが破壊され炎に包まれる。

そんな、断片的な映像が頭に浮かぶ。


「それが、ニンゲン。だろう、アリシャ?」


コーデンの、アリシャに対する粘りつくような視線。


ジェイクが一歩前に出る。

不快な視線を完全に遮る。


「見るな」


低い。

牙の奥から漏れる声。

コーデンは肩をすくめる。


「ニンゲンは危険な種だ。だから優れた部分だけを活かし、残りは絶滅へ追いやった」


わざとらしく軽い口調。


「我々A.P.がね」


アリシャの耳が伏せる。


「君たちハイブリッドが生きているのは、猿類ハイブリッドが生物保護に動いたからだ。感謝してほしい」


そして、にこり。


「そうでなければ、イリエワニは絶滅していたかもしれないぞ?」


次の瞬間。


ジェイクの全身が硬直した。

ーー危険な感じがする!


遅いかった。

闇。

壁。

天井。

床。

そこら中から。


――乾いた連射音。


何十発もの麻酔弾が、四方から撃ち込まれる。


コーデン以外の気配は、直前まで一切なかった。

罠だ。

この通路そのものが、射出台だった。


ジェイクは反射でアリシャを抱き込む。

背を向ける。

弾が刺さる。

頭。

肩。

背。

尾。

鈍い衝撃。


「ジェイク!!」


悲鳴。

アリシャの脳裏に閃光が走る。


巨大なイリエワニの残像と、

ほんの小さな二本の試験管。


失う感覚。

二度目は嫌だ。


「やめて!!」


彼女はジェイクの体にしがみつく。


「彼を傷付けないで!!」


麻酔は強力だ。

ワニの巨体が揺れる。

だが倒れない。


喉が鳴る。

低く。

怒りと本能の唸り。


コーデンは一歩、後ろへ下がっていた。

安全圏。

そして――

笑う。


それはそれは嬉しそうに。


「素晴らしい反応だ」


弾幕が止む。

ジェイクの膝がつく。

だが、まだ意識はある。

金色の瞳が、まっすぐ猿を射抜く。


「……裏切ったな」


「違う」


コーデンは首を振る。


「これは調査だ」


「何を」


「君が、どこまでイレギュラーな個体なのか」


アリシャが顔を上げる。


「どういうこと……」


コーデンの目が、ぞくりとするほど鋭く光る。


「このイリエワニハイブリッドは異常個体だ。通常のイリエワニハイブリッド達のデータを遥かに凌駕するデータ。そして、その規格外が守ろうとするメインクーンハイブリッドの君も……」


静かな告白。


「もし完全に前世の記憶を取り戻したら、どれだけこの世界の強い切り札になるか、今から楽しみだ」


ジェイクの呼吸が荒くなる。

麻酔が回り始めている。

普段なら再生能力があるからすぐ麻酔など醒めるはずなのに、撃ち込まれた麻酔が普通ではない。

それでも、彼はアリシャを腕の中から外さない。


コーデンは満足そうに頷く。


「いい。実にいい」


一歩近づく。


「ようやく、ワニを排除できる」


指を鳴らす。

通路奥で重い扉が閉まる音。


「彼女は貰っていくよ」


空気が凍る。


「やめて」


アリシャの声が震える。

その声が甘美な響きすぎて、

コーデンは微笑む。


「アリシャ。残念だがワニとはお別れの時間だ」


ジェイクの尾が、最後の力で床を打つ。

鈍い衝撃。

だが体が言うことをきかない。


「……触るな……」


かすれる声。

アリシャは彼に抱きついたまま叫ぶ。


「もう二度と私と彼を引き離さないで!!」


その瞬間。

麻酔で麻痺しているはずのジェイクの口吻が、ゆっくりと開いた。

本人の意思とは関係なく。

大きな闇が、その中にあった。

闇の中で、何かが激しく震えていた。


そして、

空気が震えた。

微弱な振動。


壁の照明が明滅する。

コーデンの目が細くなる。


(なんだ?)


アリシャの瞳の奥で、

かつて世界を焼いた光の記憶が、

ゆっくりと開き始める。


アリシャは当たり前のように、ジェイクの開かれた口の中に、そっと頬側から手を入れていた。

飽くまで無意識に、その中にある闇に触れていた。


ガタガタと、地下全体が揺れ始める。

地震か、それともーーーー。


(危険だ、予想外の何かが起きている、止めなければ)


コーデンは懐から麻酔銃を取り出して、ぼんやりとジェイクの口に触れているアリシャに向けて、発砲した。


麻酔弾はアリシャの首筋に刺さり、次第にだらりと力が抜けていく。


コーデンは素早く駆け寄ると、アリシャを抱き上げた。


いつもなら阻んでくるワニも、今は力無く座り込んでいる。

不気味な口吻を開けたまま。


「ちっ。化け物め。このまま地下で生き埋めになるがいい」


コーデンはジェイクのことを蹴飛ばすと、

アリシャを抱えて足早に移動を始めた。


「こちらリーダー。対象確保したので帰還する。私が地下中層に上がり次第、下層入り口を発破して封鎖するように」


ーー了解しました。


巨大なジェイクの体は、冷たい地下の床にぐらりと横たわった。

その頃のジェイクは、ただ毎日地下の配管を修理する、ロボットのような配管工だった。


地下水路の点検。


錆びたバルブを回し、漏水箇所を塞ぎ、

誰にも気づかれず街を支える仕事。


暗い場所は嫌いじゃない。

湿った空気も、鉄の匂いも落ち着く。

地上より、地下の方が静かだ。


その日も、工具箱を片手に巡回していた。

そして――

水面の向こうに、白い影を見た。


猫型ハイブリッド。

すらりとした四肢を持ち、やけに静かで。

水路の縁に立って、じっと奥を見つめている。


迷子かと思った。

だが様子が違う。

怯えていない。


ただ、何かを“探している”。

ジェイクは物陰から様子を窺った。


(可愛いな)


最初に浮かんだのは、それだった。

イヤーフリンジのついた尖った耳。

長毛のふわふわな尻尾。

光を反射する瞳。


水面の揺らぎが彼女の足元をきらきらと歪ませる。

胸の奥が、わずかにざわつく。

だがすぐに打ち消す。


(俺とは関係ない)


ワニと猫。

住む層も、生活圏も違う。

巨大な自分が近づけば、怖がらせるだけだ。


だから出ていかなかった。

ただ、影から見ていた。



その頃のアリシャは、理由もなく地下に来ていた。

ふと気付けば、水路の近くに足が向く。


懐かしい匂い。

湿った石壁。

冷たい空気。


(ここ、知ってる気がする……)


でも記憶はない。

何を探しているのかも分からない。

ただ、

胸の奥がざわざわして、

足が止まらなかった。


水面を覗き込む。

暗い。

深い。

なのに、怖くない。


むしろ――


安心する。

その時。

背後で、ほんのわずかな水音。

振り向く。


誰もいない。

けれど。

確かに、何か大きな気配があった。


危険ではない。

敵意もない。


ただ――


重くて、静かな存在。


「……?」


アリシャは首を傾げる。

なぜか胸が温かい。


会ったことがあるような。

遠い、遠い昔に。

だが思い出せない。



物陰のジェイクは、彼女がこちらを見た瞬間、息を止めた。

目が合った気がした。

いや、合っていない。

だが。


胸の奥が妙に締め付けられる。

逃げろ、と本能が言う。

近づくな、と理性が言う。


それでも視線が離れない。


アリシャが小さく笑った。

誰もいないはずの闇に向かって。


それだけで、

ジェイクの拳に力が入った。


(やめろ)


関わるな。

あれは自分とは無関係の世界だ。

だが。


彼女が水路を離れて歩き出した瞬間、

ジェイクは無意識に一歩、踏み出していた。

距離を保ちながら。


見失わないように。

守る理由もないのに。

守る位置を取っていた。



その日、二人は言葉を交わしていない。

名前も知らない。

触れてもいない。


だが。

水の匂いと、

湿った地下の空気の中で、

何かが確かに交差していた。


アリシャは理由もなく地下を彷徨い、

ジェイクは理由もなく彼女を目で追った。

運命というには曖昧で。


偶然というには強すぎる。


物語が始まる、ほんの少し前。


まだ何も知らない二人が、


静かにすれ違った日。

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