表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

修道院パンシリーズ

あるパン屋の記念日

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2025/11/09

港町の朝は、いつもパンと潮の香りが混じっている。

けれど今日の空気は、少しだけ甘い。


店の看板を磨いていると、窯の奥から焼けた小麦の香りがふわりと漂ってきた。

サラが髪をまとめながら、生地の焼き具合を確かめている。

光の粒が白い腕を照らし、粉の細かな粒まできらめいて見えた。


「あら、ルイ。今日は少し早いのね」


「仕入れが多かっただけですよ」


そう言いながらも、彼の手には見慣れぬ小さな花束が握られていた。

薄紫の花が潮風に揺れ、朝日に透けて輝く。


「素敵じゃない、どうしたの?」


「もちろん、サラさんにですよ」


彼が花束を差し出した瞬間、胸の奥がふわりと熱くなった。


「もしかして、今日って……」


「ええ。結婚して、ちょうど三年目です」


サラは一瞬言葉を失い、やがて照れくさそうに笑った。

「やだ、すっかり忘れてたわ……」


「ですよね。去年も忘れてました」


「あなたは毎年覚えてくれてるわね」


苦笑いをしながら、花を受け取る。

指先に伝わる柔らかい感触と、ルイの体温。

小さなその束の中に、確かに“日々”が詰まっている気がした。


窯のタイマーが鳴る。

サラは慌ててパンを取り出したが、焼き色はちょうどいい。

パンの香りが一層濃く広がり、店いっぱいに満ちた。


「三年か……あっという間ね」

「毎日忙しくて、そして幸せで……こんなに時間が早く過ぎる感覚、知らなかったわ」


「忙しい日ばかりなのに、不思議と息苦しくないんですよ。

きっと……あなたが隣にいるからだと思います」


照れた様子で顔を背ける。

「またそんな事言って……」


「また言いますよ。毎日でも。

だって、ほんとなんですから」


頬を染め笑いながら。

「おばあさんになっても言い続けるの?」


「もちろんですよ。

皺が増えても、白髪になっても……そのたびに“きれいだ”って言います」


「あなたって本当に……」

いいかけて、ふと息を整える。

「私も貰ってばっかりじゃあだめね」


サラは彼の瞳をまっすぐに見つめた。

「好きよ、ルイ」


「……今、人生でいちばん幸せです」


そう言って、彼はサラの手をそっと取った。

窓の外では潮風がカーテンを揺らし、焼きたてのパンの香りがふたりを包む。

今日もまた、変わらない一日が始まる。

その始まりこそが、何よりも尊い幸せだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想・評価など頂けたら、励みになります!

◆現在のメイン連載はこちら↓

『転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます』※ざまぁ系ではありません

→https://ncode.syosetu.com/n5770ky/

◆Twitterでも更新情報や裏話を流してます!

→ @serena_narou

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マメなルイさん、今回も暴投なしのストレート剛速球ですか。  結婚記念日であるなし問わず、甘い空気になってしまいそうです。粉の煌びやかさや港の情景まで脳裏に浮かびそうで、曇り陰鬱とも無縁の微笑ましさに満…
サラとルイの幸せが続いてて とても良かったデス(*´ω`*) ほっこり♪
焼きたてのパンの香り、良いよねぇ。 焼きたてのトーストはバターやジャムがなくても、十分美味しいのよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ