スキルの警告
『30……60……90……人格に致命的なエラーが発生しているため停止いたしました。実行を続けますか?』
順調に上がっていた修復率だったけど、途中で止まってしまった。
内容が分からなければ判断のしようがない。詳細を教えてくれないかな。
『起動後、一部記憶の欠損と、性格が変異いたします』
声に出さずとも僕の要望は伝わったみたいだ。スキルってすごいなって感心している場合じゃない。記憶の欠損はともかく、性格の変異ってのが気になるんだけど。
僕に危害を加えるような性格だったら、可哀想だけど停止するしかない。
その辺はどうなんだろう?
『機械生命は主人を決して裏切りません。ご安心ください』
と、言われてもね……。スキルの言葉を完全には信じ切れず、不安が残っている。僕はまだ迷っているのだ。
他人の意見が欲しい。
最初に修理をしたマリンを見て話しかけることにした。
「このまま修理すると一部の記憶が欠損して性格が変わってしまうみたいだけど、どうしたらいいと思う?」
「ご主人様の思うとおりにしてください」
「僕はマリンの意見が聞きたいんだ」
「そういうことであれば」
マリンが座って顔を見上げていた。
猫にしか見えないんだけど、僕と同じ言葉を使っている。機械生命って謎の生き物だよね。未だに心のどこかで、夢じゃないかって思っている自分がいる。
「ご主人様のスキルで直せないのであれば、どうやっても記憶や人格面は変わったままですが、例え一部の記憶がなくなり性格の変更があっても、設計上ご主人様への忠誠心はや安全性は損なわれません。裏切ることはないでしょう。それにもし、修理してみて使えないようであれば停止すればいいんじゃないでしょうか」
生命と名がついていても機械だから止めることが出来るのか。
生物みたいな振る舞いをしているから気づかなかった。
「どうすれば止められるの?」
「左胸にあるコアを破壊すれば完全停止します。そうなったら、ご主人様のスキルでも修復は難しいでしょう
気軽に言われてしまったけど、心臓を破壊するのと同じじゃないか!
気に入らなかったら殺せってことだよね。ああ、そうか。機能停止ってマイルドな言葉に騙されていたけど、機械生命にとってみれば殺人と一緒か。
「ご主人様、ダメですか……?」
僕にパワハラしていた上司は、身近にいる人を傷つけることでしか生きていけなかったようにも思える。もしかしたら自分を保つために必要なことだったのかもしれないけど、絶対にマネをしたいとは思わない。
だから僕は身内には絶対に優しくする。
修理するなら、どんな性格でも受け入れる覚悟が必要だ。
本来な少女の修理は慎重に時間をかけて検討したいところだけど、マリンが少女の修理を強く願っている。
パワハラされていた職場では、頼られる事なんてなかったので期待に応えたい。
僕を裏切らないというスキルとマリンのことを信じよう。
「決めた。修理を実行してくれ」
覚悟を口に出すと、中断されていたスキルが動き出す。
『主人の名によって修復作業を強制実行します。修復率95……98……一部の記憶及び人格の修復を断念。完了とします』
スキルが自動で停止した。
下着姿の少女が目を開く。見る人を吸い込むような金色に光る瞳だった。
「お久しぶりです。ご主人様」
マリンとは違ってすぐに僕のことを主人だと認定したようだ。口ぶりからして壊れる前に会ったことがあるんだろう。
「君の名前は?」
「105852番です」
予想できたことだけど少女にも名前はなかった。
番号なんて機械みたいで嫌だ。彼女にピッタリの名前を思いついたので、嫌がらなければ名前をつけてあげたい。
「アンバーを呼んでもいい?」
「素敵な名前をありがとうございます」
気に入ってくれたようで微笑んでくれた。
スキルの警告で警戒していたけど、今のところは普通の少女だ。もしかしたら修理がいい方向に転じて、素直な性格になったのかもしれない。
今後もし何らかの変化が見られるなら、その都度、注意して観察しよう。
アンバーが立ち上がると下着姿だったのを思い出す。
近くに服はない。
自分が着ているシャツを脱いで渡すことにした。
「ご主人様の物を受け取ってもよろしいのでしょうか……」
「上着だけだけど下着姿よりましでしょ? あげるから気にしないでいいよ」
「ありがとうございます」
少しためらった様子を見せたけど、シャツを受け取ると顔を埋めてから着てくれた。
大きめだから手が袖で隠れてしまっているけど、ようやく落ち着いて話せそうだ。
「どうしてアンバーは、僕のことを主人と言うの?」
「そのように作られたからです。顔を見たときから私のご主人様だとわかっていました」
顔だけで主人認定されたのか。
この体の持ち主が所有権を持つように、二人は作られたんだろうな。
「それじゃ次の質問をするね。どうして壊れていたの?」
「記憶が破損していて、わかりません」
「ここはどこか分かる?」
「ご主人様が住むための場所です。私の役目は……申し訳ありません。記憶が損失しているようです」
悪いのはアンバーじゃないのに、頭を下げられてしまった。
「謝罪は不要だよ。それよりも施設の案内をしてもらえないかな? もしかして記憶がないから難しい?」
「施設の記憶は私の中にあります。どこへ行きたいのでしょうか」
「食堂はあるかな? 食べる物があるといいんだけど」
タイミング良くお腹が鳴ってしまった。
恥ずかしくて顔が赤くなってしまうけど、アンバーは気にしてないようだ。
「かしこまりました。案内いたします」
アンバーは部屋を出てしまった。
「修復ありがとう!」
マリンがお礼を言ってから、アンバーの肩に飛び乗った。
目覚めたばかり同士だけど、仲は悪くないみたいだ。
性格面も問題なさそうだし、修理をするか悩んでいた時間が無駄だったな。
分からないことだらけだけど少なくとも前世より、楽しい生活ができるんじゃないかって期待で胸が膨らんでいた。




