修復スキルによる仲間作り
土日祝日もなく社畜として飲食店で働いていたけど、過酷な労働で体調を崩してしまい、休憩を取ろうとして倒れてしまった。
頭が割れそうなほど痛い。呼吸が浅く、荒くなる。
全身から汗が浮き出て、ひどい頭痛や胸の苦しみも相まって、自身の体に終わりが近づいていると感じた。
「サボるな! さっさと起きて働くんだ!」
遠のく意識の中、店長の怒鳴り声が聞こえた。
倒れている僕を寝ているのかと勘違いしたようで、腹を立てた様子で胸ぐらを掴んだ。
入社してから毎日のようにパワハラをされていたな。何度も殴られたけど、無職になるのが怖くて病院には行けなかった。会社にも報告はしていない。
ずっと辛い思いを隠していたんだけど、もうそんなことしなくていいんだ。
だってもうすぐ死ぬんだから。
全身に安堵感が広がると、パソコンの電源が切れるように僕は意識を失った。
* * * * *
目覚めると冷たい床で寝ていた。
まさか死にぞこなって職場に戻ったのか!?
慌てて起きると、電源の切れたモニターが数十もある部屋だった。僕の職場じゃない。真っ黒な画面に映る顔は見たことがないほどのイケメンだ。堀が深く、目鼻がくっきりとしている。
「誰だ?」
声を出すとイケメンの口も同時に動いた。
手を振ってみても同じだ。僕が操作をしているようだ。
過労死したのは夢だったのか、それとも僕は転生してしまったのか? または未知の技術で移植でもされたのだろうか。
どれが真実かは分からないが、とにかく今、『自分』がここに存在していることは間違いない。
気持ちが落ち着いてきたので部屋の周囲を見る。
天井には照明があって、モニターの他にはドアと体を丸めた真っ白な猫がいた。体は動いていないようで、死んでいるように思える。
近づいて触れてみると生き物と変わりないぐらいの質感だけど、新しい体の知識が中身は機械生命体だと教えてくれた。
体に備わった他の情報を漁ってみると、どうやら僕はこの施設を管理者するために製造されたホムクルスのような存在らしい。人間ではない事に少しショックを受けたが、言ってみればそれだけだ。
僕は一度死んで、何らかの方法でホムンクルスにされたと考えれば、納得感もある。
猫に触れ続けていると、脳内に女性の声が流れた。
『203556番は断線によって機能停止しています。追加素材は不要です。修復スキルを使用しますか?』
この体に備わっている知識によって、女性の声が修復スキルをサポートする存在であることが理解できた。
この声は僕にだけ聞こえる。
「使用を許可する」
『実行いたします。修復率は80……84……88…………95……100。修復完了しました。5秒後に203556番は起動します』
猫から手を離して起動を待つ。
ぱちっと目が開いて僕を見た。
「お前が直してくれたのか?」
横たわったまま話しかけてきた。
ここで僕が使っている言語が日本ではない、未知のものだと気づく。ずっと日本語で話していたとばかり思っていたよ。
まあ相手が伝わるなら、言語なんてどうでもいいか。
「うん。そうだよ」
「ありがたい。我は最後まで見届ける責任があって……」
話しながら猫は固まった。
視線は僕と、先ほどまで寝て場所を行き来している。
「ご主人様は目覚めたのですか?」
「君の主人になったつもりはないけど」
「もしかして、ご記憶が一部失っているのでしょうか……でも、そのお顔は間違いありません! 我々が長年望んでいた主人様が復活されたのです!」
ぴょんぴょんと喜んでいる機械の猫は、愛玩用で作られていたタイプだ。こんな所にいたんだから、誰かに飼われる前に機能停止したんだろうな。
「名前は?」
「203556番です」
やはり名付けすらされてなかった。可哀想だな。
「番号だと言いにくいので名前をつけたい。希望はある?」
「ご主人様がつけてくれたのであれば何でも嬉しいです!」
本物と変わらない猫の目をキラキラとさせ、期待に満ちている顔をしている。
名付けは嫌いじゃない。しっかりと考えて決めた。目の色が鮮やかな青色でサファイアやアクアマリンに似ているので、そこから使わせてもらおう。
「青い宝石の名前の一部を使って、マリンだ」
「素敵な名前です! ご主人様、最高ーー!」
飛び跳ねると抱きついてきた。さらに肩に乗って顔を頬につけてくる。
少々オーバー気味な表現だと感じたけど、それほど嬉しかったんだと思うことにした。
仲間を手に入れたことだし、次は水や食料の確保をしよう。
僕がいるところはコントロールルームなので食堂に行けば何かあるはずだ。
「ご主人様、その前にもう一体だけ先に修理して欲しい機械生命があります。彼女はご主人様の面倒を見るために生まれた存在なので、放置しておくのは忍びなく……」
僕に意見するのが申し訳ないとでも思っているのか、マリンは控えめに提案してくれた。
この体に備わった知識は偏りがあり、施設の詳細な構造や配置までは把握できていない。食堂の場所すら分からず、自分で探すつもりだった。
正直なところ、サポート役が生活面を助けてくれるならありがたい。
「素晴らしい提案だね。どこにいるの?」
「案内します!」
肩から飛び降りたマリンは、軽い足取りでドアの前に立つと自動で開いた。
そのまま進んで左側に行ったので後を付いていく。
通路は蛍光灯の光で真っ白だ。窓は一切ないけど息苦しさは感じない。床にはゴミがないので、荒れ放題だった僕の家よりも綺麗だぞ。
猫のマリンは通路の途中にあるドアで止まった。座って僕を見ている。
「主人様、ここの奥です」
僕はドアの前に立っても変化はなかった。ロックがかかっているようだ。
右側の方を見ると手を置けそうな台がある。静脈認証なんだろうか。
考えてもわからないので触れてみると、ドアが自動で開いた。
部屋の電気が順番について中が明るくなっていく。
まるで倉庫のような雑然とした印象を受けた。
左右と奥には人体のパーツっぽい部品が多く置かれている。他にも金属っぽい物やケーブルまであるので、
その中で、特に目を引いたのは半壊した少女だ。片足は吹き飛んでいて両腕は千切れかけてコードが見えている。服もボロボロだ。ピンクのキャミソールに太ももまである黒のスカートを身につけていたんだろうけど、破けていて下着が見えるほどだ。
「どうして、彼女は壊れたの?」
「詳細はわかりませんが、侵入者から施設を守るために戦っていたようです」
「……壊した人は許せないね」
機械だといっても見た目は少女だ。傷つけられることに強い抵抗感を覚える。しかも、それが施設に違法に侵入しようとした者による仕業だったのだとすれば、なおさら許せないと感じるのは当然かもしれない。
許せないといった感情を持っても不思議ではないだろう。
だがここで怒りをぶつけるのは良くない。施設のことについて詳しく聞くべきだ。
「マリンは、ここの施設が何の目的で作られたのか知っているの?」
「ここは、機械生命を作るための工場です」
「今も稼働している?」
「責任者が不在になって長い間止まっておりましたが、ご主人様であれば再稼働は可能です」
説明を聞いて脳内の記憶を漁ってみる。工場についての知識は持っていなかった。記憶が欠けているのだろう。
「そのうち工場の再稼働もしてみたいな」
「ご主人様の赴くままにしてください。我々は従うだけです」
そう言われると何だか偉くなった気がする。きっと死ぬまで働けと言ったら実行するんだろうな。
でも僕はあのクソ店長とは違う。慕ってくれるのであれば無茶な命令はしたくない。大切にしたいと思った。
「無理はしなくていいからね」
そういってから少女の頭に触る。しばらくしてアナウンスが流れた。
『305852番は部品喪失、断線、重要パーツの破壊によって機能停止しています。追加素材が必要です。検索中……周囲に必要素材があると確認。素材を使って修復スキルを使用しますか?』
修理に必要な素材まで勝手に探してくれるのか。修復スキルは便利だな。
「使用を許可する」
『主人の名によって実行いたします。修復率は10……20……』
修復スキルを使用すると、棚に置かれている素材の一部が光り出して少女の中に入っていく。
幻想的な光景であった。




