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写真

作者: 通りすがり

女子高生の美桜にはクラスメイトに紬という友人がいた。

紬は口数も少なく大人しい性格のため、クラスの中ではあまり目立たない存在だった。

ある日、休憩時間に紬が立ち上がった際にポケットから床に生徒手帳を落とした。ちょうど後ろにいた美桜は落ちた生徒手帳を拾ろうが、その際に開いた生徒手帳の中身を偶然に見てしまう。

生徒手帳には普通、顔写真が貼られているが、紬の生徒手帳の顔写真を見たときに美桜は違和感を覚える。

美桜や他の生徒の顔写真には、写真を撮った際に背後にあった薄いグレー色の壁が背景に写っている。

だが紬の顔写真の背景の色は白だった。それに妙に画像も荒く思えた。

顔写真は同じ時に同じ場所で撮っているはずなので、皆が同じような写真になるはずだった。

だが紬の顔写真のみ、あきらかに異なっている。

美桜は生徒手帳を紬に渡す際に、ただ軽い気持ちでそのことを紬に訊いてみた。

だがそれを聞いた瞬間に、紬はそれまで見せていた笑顔は消え、緊張したように顔を強張らせた。

「あっ...それね。学校で顔写真を撮る日に、私は体調が悪くて学校を休んでいたから撮れなかったんだ。だから家で自分が撮ってきた写真を学校に提出したの」

すると、それを横でたまたま聞いていた友人の夏海が話に割り込んできた。

「ずるーい。それなら自分が納得するまで何度も撮り直せたでしょ。見てよ、私の写真、目が半目になってて変顔で最悪」

そう言って出された夏海の生徒手帳には、グレーの背景にたしかに半目となった夏海が写った写真が貼られていた。

「あーあ、そんなことなら私も写真を撮る日に学校を休めばよかった」

それを聞いていた紬は先ほどと変わらず強張った顔に引き攣った笑顔を浮かべていた。


それからしばらくしたある日、同じクラスの詩織という女の子が親の仕事の都合で転校することになった。

詩織は思い出としてクラスの一人ひとりと写真を撮りたいと言った。

友人たちは進んで詩織と写真を撮っていくが、紬だけは私はいいと断った。

詩織は紬とも写真を撮りたいと紬に何度もお願いするが、紬は頑なに断り続けた。

詩織は最後には諦めたが、とても悲しそうにしていた。それを見ていた他の友人たちが紬を責め始めた。詩織がこれだけお願いしているのだから写真くらい一緒に撮ってあげればいいと。

皆に責められて気まずくなった紬は、カバンを持つと教室を飛び出した。そしてそのまま学校から家に帰ってしまった。

翌日、紬は学校に来なかった。そして一週間経っても紬は学校に来なかった。

美桜たちは先生に紬がなぜ休んでいるのかを尋ねたが、紬の親からは体調が悪いから休むと毎日ちゃんと連絡があるから、心配はないと言われた。

しかし美桜たちは、紬が詩織と写真を撮らなかったことを皆に責められて、それで学校に来なくなったと思っていた。

紬を責めた友人たちもさすがに心配になり、自分たちが言い過ぎたと反省していた。

美桜はそのことを紬に伝えようと学校からの帰りに紬の家に寄ることにした。

紬の家に着くとインターホンを押す。しばらくするとインターホンから応答があり戸惑った様子で紬が出てきた。お見舞いに来たと伝えると、気まずそうな顔をしている。

久しぶりに会う紬は、見る感じ体調が悪いようには見えなかった。やはり学校を休んでいる原因は、皆に責められたことなんだろうと思う。

家にあげてもらい部屋に通された美桜は、紬に皆が言い過ぎたと反省していることを伝え、だから学校に来るようにと言った。

しばらく紬は黙って何か考えている様子だったが、やがて「分かった」と答えた。

「えっ、ほんと!良かった、みんなも喜ぶはずよ」

美桜は安心して笑顔になった。思いのほかすんなりと説得できて良かったと思う。

ただ、どうしても気になることがある。それを知ってすっきりしたい気持ちだった。

「紬はどうしてあんなに写真を撮られるのを嫌がったの」

すると紬は少しだけ悩んだあとに答えた。

「二つお願いを聞いてくれるなら教えてあげる。一つは今から私の話すことを誰にも言わないこと。そしてもう一つは、これから私が写真を撮られそうになったら助けてくれること」

紬は今まで見たことのないほどの真剣な顔を美桜に向けた。 それに対し美桜は迷わず頷いた。

「実は私......写真を撮ると必ず変なものが一緒に写るの」

「えっ、なにそれ」

思ってもいなかったことを言われて美桜はどう反応していいかわからず、思わず戸惑いが言葉となって漏れてしまった。

それを聞いて紬は苦笑した。

「突然、変なものが写るから写真を撮られるのが嫌だなんて言われても分からないよね。でも本当のことなの」

紬の真剣な顔に美桜は嘘でも冗談でもないことを理解した。

「私、生まれてからの写真が一枚も家にないの。それどころか家族の写真も一枚も家にはない。うちの家族は写真を撮ると必ず変なものが写りこむの。だから誰も写真を撮らないし撮らせない」

紬は心底から寂しそうな声で言った。

「本当に今まで一度もなかったの?だって小学校や中学校で写真を撮る機会はいくらでもあったんじゃない」

美桜は浮かんだ疑問を訊いてみたが、紬はそれに対してフッと軽くため息をついた。そしてさらに悲しいようなさみしいような複雑な表情を浮かべた。

「本当に大変だったし辛かった。小学生や中学生のころは学校で何か行事がある度に写真を撮ろとするから、写真を撮られる可能性がありそうな日は学校を休むしかなかった。だから私はろくに思い出もないよ」

美桜は紬がそこまで徹底してきたことに驚いた。そしてその変なものが何かってことに強い興味を覚えていた。美桜は思い切って訊いてみることにした。

「ねぇ、変なものって何?何が写るの」

紬はそう訊かれることを想定していたようだった。

「それはいろいろ。人の手だったり足だったり顔だったり。もちろん生きている人のものじゃないよ。しっかりと写ることもあればぼんやりと写ることもある。でも必ずなにかが写るの。」

「それって何かの見間違えとかじゃないの」

「美桜は今まで自分を撮った写真で変なものが写っていたことって一度でもある?」

紬は少しだけ強い口調になった。

「たっ、たっ、たぶん...ないかな」

紬のあまりの迫力に動揺してしまい美桜は声が上擦ってしまった。

「でしょ。たしかに一枚や二枚くらいなら何かの間違えの可能性もあるとは思うよ。でも全部だよ、全部。見間違えとか、絶対にありえない」

美桜は紬の今まで見たことのない興奮した様子に完全に委縮していた。

「ごっ、ごめんね。別に疑っているわけではないのだけど…」

紬は急にハッとした様子になり、慌てて謝った。

「私こそごめん。心配してくれているのにこんな...」

部外者は写真くらいと思ってしまうけど、当事者にとっては深刻な問題で、相当のストレスを抱えながら生活をしているのだろう。

二人の間に少しだけ気まずい空気が流れた。美桜は雰囲気を変えようと無理に笑顔を作り明るい声で訊いた。

「あ、でもあの紬の生徒手帳の証明写真、そういえばあれは変なの写っていなかったよね」

紬は今度は落ち着いた様子で答えた。

「あれは元は全身を映した写真なの。顔部分だけ撮ると、そこに変なものが写るから。まずは全身を写して、顔部分に変なものが写っていないものを選んで切り取ったの」

美桜は普通を装おうとして無理に笑っていたが、自分の笑顔がだんだんと引き攣った笑顔になっているに違いないことを感じていた。

「それで出来上がったのがあの写真。ほんとうに嫌になるよ。お父さんなんかそのせいで車の免許を取るの諦めたって言ってたし」

美桜は自分がどんな顔をしているのかもうわからなくなり、無理に笑顔をつくるのを諦めた。

軽くため息をついてから、さらに紬に訊いた。

「なんで紬の家族が写真を撮ると変のものが写るの」

「なんでなのか私も知りたいけどわからないの。うちの家系は昔からそうなんだとしか教えられていないし、お父さんも知らないみたいだから。でもお母さんは独身のころはそんなことはなかったのに、お父さんと結婚したら徐々に写真に変なものが写るようになったって言ってた。私の家系になにか問題があるのかもね」

紬はそこで今日初めて笑顔を見せた。

「私の祖先の一人が明治時代に初めて写真を撮ったみたいなんだけど、その写真にも変なものが写っていたらしくて。それがどういう経緯なのか、以前にオカルト系の雑誌で最古の心霊写真とかでその写真が紹介されたことがあるみたいなの。笑っちゃうよね」


紬は翌日から学校に来るようになった。

美桜は誰にも紬のことは話さなかったし、クラスの誰も紬に休んでいた理由を訊くことはなかった。表面的には紬とクラスメイトとの関係は以前と変わらなかった。

しかしただ一つだけ変わったことは、この件以来、紬に写真を撮ろうと言うクラスメイトは誰もいなかったことだった。それは紬にとっては救いとなる変化だったかもしれない。

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