|想フ故ニ我アリ≪p, ξ, N(ξ)≫?
「いつだって正しいのは、世界を映す自分の感覚だ」
お前は口癖の様にそう言った。
五感で感じ取れる情報でしか、俺たちは世界を認識できないのだと。正しさは五感の内にしか表出しないと。
簡潔に言えば『我思う故に我あり』なのだと。
「僕は、今の僕にも世界にも正しくありたい。
君も、君の意識の主体を他者に委ねないほうがいい。
僕らは人の裏切りを知っているだろう?」
#
「今まで言えてなくてごめんなさい」
あの子はそう言って涙を流した。
なぜ泣くんだ。泣く権利があるのは、俺だろ。バレてから取る態度がそれか。
その言葉を飲み込んで、走り去った。屋上前の階段で、お前に出会った。
#
大人の欺瞞とか、外面だけはいい友人とか。
今までモヤモヤしてた「みんながやってるからいいんだ」で通してきた日常。
お前といると、それが明らかになっていく。一気に噴出して実体化したモヤモヤがスッキリして、ああ、ダメだよなって思える。
お前はちょっと孤独だけど、それは、そういう少し考えると奇妙に思える様なことに真っ向から向き合い続けた結果なのだろうと思った。
ああ、カッコいい奴だな、と尊敬した。
#
尊敬できない教師に媚を売らなければならない、鳥籠が。それをよしとする教室が俺だって嫌いだ。
両親の事は嫌いじゃないが、家では自由は得られない。
お前ほど不幸ではないが、お前ほど現実と向き合ってきたわけじゃない。
素直に現実を見つめなおすと、なぜだか、大人にもなりたくないし、子供にもなりたくなくなった。だから、"今"を閉じ込めておきたくなるんだ。もしくは逃げたくなるんだと、実感した。
「お前の感じる孤独。なんか今の俺にわかる気がするよ」
そういうと、お前はホッとしたように笑った。
#
送電所の鉄塔を登る。
"今"を閉じ込めておけない、逃げられもしない俺たちは、ここで死んでいい。そうお前と信じたはずだ。
でも、胸がざわつく。死ぬことがこんなにも虚しく怖く思う。
本当にこれでいいのだろうか。
#
死にたいと思ったはずだ。
でも、今いるお前の横で、大半が欺瞞であったはずの家族や友人との、温かな交友の記憶だけが蘇るのはなぜなのか。それらが、踏み出せば死ねる一歩を鈍らせる。
俺の信じていたものは、お年頃だと笑われる少年の色眼鏡だったのか。それとも、今見ているものが死に対する反抗の本能による色眼鏡なのか。分からなくなる。
俺は、俺でいられるままで、果たしてここに来れたのだろうか。
お前のいう様な、俺の想う俺は、俺なのだろうか。
#
「そうするべきだとお互い決意してここに来たんじゃないのか」
お前の瞳はいまだに純粋で、変わらない希望への輝きを灯していた。
今ここでお前に心を委ねれば、お前の様になれる気がして。
#
飛んだ。
#
「あ」
もう取り返しがつかない実感。
浮遊感に恐怖し、自然と手が元いた場所に伸びる。
その手が──眠っていた記憶と繋がる
#
その手は、生まれて初めて決めた、バスケの3Pショットだった。
その手は、教室でコチラを覗くあの子を招く手だった。
その手は、慌てて俺を追いかける母親に振った手だった。
その手は──
#
死神に取られ、その胸の中にあった。
俺の想う俺は俺なのだろうか。お前の想うお前はお前なのだろうか。
それらは自己存在と呼べるのか。
俺の想う俺と、俺の想うお前の間にある、その胸に抱き止められた手をどう呼べばいいんだ。
この手が俺でなければ、なんだというんだ。
──我想うだけでは、迷うだけだった。デカルトとニーチェは孤独の中に幻を見ただけではないか。
本当は過去と未来の間にあるこの手で、掴み取りたい今を議論すべきだったんじゃないか。
でももう、取り返しもつかない。絶望に身体中が打ちひしがれていく。
俺の表情を見た、お前の表情が信じられないという様な、驚愕に満ちたものになった。
その瞬間に、なぜかとてつもない罪悪感に駆られていく。
俺はお前の決意を踏み躙ってしまった。それは確かだった。
「ごめん──