無題
狂歿したニーチェを, 美しいと想う.
ただの純粋なまま狂って, 孤独の中で歿ねたのなら, どれほど美しかったか. どれほど誇らしかったか.
僕はニーチェ程に突き進む勇気はない. だけどきっとそれでいい. 何者でもなくていい. わざわざ自分に対して, 世界の手垢を付けるような事を, しなくていい.
それに偽善めいた, 凡俗な大人達に管理される世界から____それを良しとする低俗な馬鹿共と同じ鳥籠《教室》から出られるのなら.
手段なんて, 何だっていいじゃないか.
親さえも自分可愛さで満たされる世界だ. だけど
"早く私を楽にさせてね"
と言った母親の願いだけはこうして叶えることができそうで, 嗤える.おめでとう. 僕の存在が面倒だったんだろう. 実に喜ばしいことじゃないか.
今から歿ぬ。
歿ぬために, 人を信じて待っている.
僕は人を信じることができたその瞬間が歿ぬ時だと信じてきた. 他者を期待したその時に, 裏切りに傷つく前に歿ななければならないのだ.
だって歳月を人の印象は変わる. 自分すらも. それが恐ろしい.
信心が積み重ねで疑心に変わることは辛い. 成長とともに両親を徐々に信じられなくなっていった絶望感はもう2度と味わいたくはない.
だからもし人を信じてしまったら, その時に歿んでいいと思っていた.
雲間から覗く月明かりが, 風がきもちいい.
インターホンの音が鳴った.
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
君と夜道を歩いた.
新しい道路のアスファルトは降り始めた小雨に濡れて, 地に星を宿していた.
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
送電所の鉄塔の上は, 突風が吹きすさんでいた.
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
閉鎖された屋上に通ずる階段で, 泣いている君を見つけたことが, 全ての始まりだった. 僕はただのクラスメイトで, 仲がいいわけでも無かったが君の話を聞くことにした.
君は彼女に浮気されフラれたという.
「バカだなぁ」
僕は呆れたように, きょとんとする君を諭すように続けた.
「他人を信じるから, そんな泣くほど辛いことになるのさ」
「まあ...そうか, 多分」
君は悲しそうに微笑った.
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
「やっぱ やめよう」
君はおびえた表情で, 僕の肩をつかんだ.
その眼を真っすぐ見ながら, 僕は君ならわかってくれると信じて, その手を取って言葉を紡ぐ.
「できない」
「そんな, なんで」
「僕だって怖いよ」
「じゃあ」
「でも, このまま社会の偽善に染まり, それでいいと思えるようになることの方が恐ろしいと思わないか」
「わかる, わかる. けど死ぬほどのことかわからない」
君の相貌が歪み, 目尻から涙が溢れ出す.
「わかるんだろう. なら, 人を信じることができたその時に死ぬべきなんだ. そう話したろう」
「そう, だね. だけど」
「この僕らが互いに信じる心が正しいと思えるうちに, この気持ちが僕らだけの気持ちであるうちに美しく死ぬんだ. そうするべきだとお互い決意してここに来たんじゃないのか」
少しだけ, 彼の目から迷いが,
少しだけ, 怯えが消えた.
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
昼休みの僕らの定位置となった, 閉鎖された屋上に通ずる階段.
垂れ流す社会や学校への不満を一緒にずっと語らっていた.
「お前の感じる孤独. なんか今の俺にわかる気がするよ」
その言葉に僕の気持ちは救われた気がした. この暖かさが変わらぬうちに、歿にたいと思った。
十十十十十十十十十十十十十十十十十十十十
せーの の掛け声で翔んだ. 心地の悪い浮遊感が世界を支配する. 落ちている.
今, 落ちたんだ.
「あ」
君は何かを理解したかの様に声を上げ, もう届かない鉄の塔/僕らがかつて居た場所へ手を伸ばす.
大丈夫. 僕も一緒だ.
その手を取って, 胸に包み込む.
君と目が合った.
深い、絶望に染まった目が。
「なんで」
違う, そうじゃない. なんでそんな目を. 僕らはここで本懐を遂げる. 君は一体
なぜ__________