第5話 地元人との遭遇
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お姫様みたいな女の子の声は、さっきまでの騎士の人たちの言葉と違ってはっきりとその意味を聞き取ることが出来た。
「……分かる。お前もか?」
緊張なのか何なのか、若干片言になってしまい内心恥ずかしかった。
それでも女の子にはちゃんと意味が通じたのかニコリと微笑んで答えてくれる。
『良かった。聞いた事が無い言語だったので効果があるか心配だったんです』
「ふむ……効果、ということは何か翻訳機能のある道具か何かを使っているのか?」
『え、あ、はい!その通りです! よく分かりましたね……』
「それぐらいの推測なら容易い。それよりも、そっちに騎士達に伝えてくれないか?――レディーにはもう少し優しい視線を向けるものだ、と」
『っ! 少々お待ちください――』
そう言うと身形の綺麗な少女は、後ろで的に穴が空きそうな視線を私に向けている騎士達に控えるように促す。
まあ、どこの馬の骨とも知れない得体の知れない私に警戒しているのは重々承知しているつもりだけど……いつまでも警戒していますみたいな態度を取られているのも気が休まらない。
少女の言葉はともかく、騎士達が何を言っているのかは分からない。けれど少女の言葉を受けて、さっきまでよりも少しだけ態度が軟化したように感じた。ただしまだ剣には手を掛けたままだ。
まあ私が銃を手に持っているから、そこについては仕方ないか。
それにしても――どんな道具を使っているのか分からないけど、少女が使っている翻訳機は私とそれを使用している少女との間でしか機能しないようだ、ということが分かった。
『こちらの騎士の無礼な態度、失礼しました。私達を助けてくれた恩人に対する態度では無かったと、主である私から謝罪させていただきます』
「別に直してくれるならそれで構わない。それよりも聞きたいこととお願いがあるんだが、いいか?」
『はいっ! お答えできるものでしたら何でも聞いてください!』
「じゃあお言葉に甘えて。この近くに人が住んでいる街か何かはあるか? あとその翻訳機を売れるなら売って欲しい。お金は……今すぐは無理だが、必ずどうにかするから」
『その、心苦しいのですがこの魔道具は貴重なもので私もこれ1つしか持っていないのです。ですからお売りする訳にはいかないのです、すみません……で、でも! 街でしたらこのすぐ近くにありますので、ご案内できますよ!』
「それは逆に申し訳ない。方向さえ教えてくれれば歩いて行く」
『ですが、もう日暮れの時間です。徒歩で向かったとして、すぐに陽が落ちてしまいます。そうすると街の門が閉じてしまうので、次の日の朝まで入ることが出来なくなってしまいますよ? それに私達もちょうどその街に向かう途中だったので、何も負担ではありませんから!』
「むっ、そんな決まりがあるのか……じゃあ申し訳ないが、街まで連れて行ってくれるか?」
『もちろんです!』
本音で言えば、あの騎士の人たちに囲まれながら移動するのは精神的に疲れそうだなと思ったんだけど背に腹は代えられない。
ここは渡りに船ってところで、素直にあの子の好意を受け取るとしよう。
話もまとまったので、私はルクスとルミナを腰のベルトに挟む。
すると私が武器を仕舞ったのを見て、騎士の人たちもようやく剣から手を離してくれた。
「それじゃあよろしく。私の名前は小野寺火矢。火矢と呼んでくれていい」
『ではカヤさん、と。私はサーシャ・アーレスと申します。それにしてもカヤさん……先ほどまでと雰囲気が違くありませんか? なんかこう、迫力が収まったというか?』
「そう? 特に何かを変えたりはしてないけど」
『え~……? で、でも――いえ、何でもありません。それではカヤさんは私と一緒に馬車に乗っていきましょう。中のメイドにも説明するのでちょっと待っててくださいね!』
女の子――サーシャが馬車の中に入ってしまったことで、必然的にこの場には私と騎士の人たちだけが残される。
「……」
「「「……」」」
何というか、気まずい沈黙が場を支配する。
やっぱり向こうは私が何者なのか怪しんでいる様子だし、一方で私もよく分からない影法師に襲われていた集団としてこの人達が何なのかと思っている。
まあでも何も言わないのもな~と思って、意味は通じないと分かっていながら「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。
すると騎士の人たちはやはり言葉が分からず困惑した様子だったけど、何か伝わるものがあったのか私と同じように黙礼を返してくれた。
――おぉ……やっぱりジェスチャーは言語の壁を超えるのか……!
そんな謎の感動を覚えていると、馬車の中からサーシャが戻って来た。
『お待たせしました! カヤさん、こちらへどうぞ!』
「ん、ありがとう」
去り際、もう一度軽く頭を下げると騎士の人達からも会釈が返ってきた。
何だか満足した気持ちで馬車に乗り込むと、そこにはサーシャ以外にもう一人の人物が乗っていた。
その人はサーシャが言った通りまさしくザ・メイドという恰好をした私よりも年上だろう青髪の女性だった。あ、ちなみにサーシャは金髪の女の子だ。
メイドさんは馬車に入って来た私に綺麗なお辞儀をして何かを言ったようだったけど、残念ながら私にはそれがどういう意図の言葉だったのか理解できなかった。
するとサーシャが間に入って自分の隣に座るように促してくれたので、それに従うとメイドさんはハッとしたような顔で使う言語が違うことを理解した様子だった。
ちなみにそのメイドさんの名前はレイネさんというようだ。
『どうぞ、こちらに座ってください』
「うん」
少しして馬車が動き出すと、中では私とサーシャの雑談タイムが始まった。
『改めてカヤさん、先ほどは本当にありがとうございました。もしカヤさんが通りかからなかったらどうなっていたことか……』
「気にすることは無い。偶然通りかかっただけだし、ちょっと無視できなかっただけだから」
『それでも感謝いたします。お陰で騎士も私達も助かりましたから! それにしてもカヤさんはあんなところで一体何を為さっていたのですか? やはり冒険者のお仕事でしょうか?』
「冒険者……? 違う。気が付いたらあの森の中にいて、色々あって森を脱出しようとしてた時にサーシャ達を見つけた」
『気が付いたらって……道に迷ったということでしょうか?』
「う~ん、それも違う。家に帰ってる途中で変な黒い穴に吸い込まれて、あの森の中の古代遺跡?みたいな場所で目が覚めた。正直、自分でも何があったのかよく分かってない……」
『森の中の遺跡に黒い穴、ですか……あの森の中にそんなものがあるとは聞いたことがありません。しかし……――』
サーシャは私の話を聞いて、何か思い当たることがあったのか考えを纏めるように黙り込んでしまう。
「もし何か知ってるなら教えて欲しい。別に正解じゃなくても構わないから、何か情報が欲しい」
『……そう、ですね。ではカヤさん質問です。今あなたがいるこの場所がどこか分かりますか?』
「分からない」
『ここはアーレス王国内のバートン子爵が治める領地です。これに聞き覚えはありますか?』
「ない……」
『では最後の質問です。その遺跡とやらで目を覚ましてから、自分の常識を疑うような事態――例えば生き物だったり現象だったりに遭遇しましたか?』
「…………あった」
『なるほど、やはり……』
いくつかの質問を繰り返して私の解答を聞いた後、サーシャは何かに納得するように一つ頷いてみせた。
……正直を言えば、さっきまでの質問から大変に嫌な予感を感じている。
私はその正体を確かめるべくサーシャに詰め寄る。
「サーシャ。今の質問はどういうこと? 何がやっぱりなの?」
『カヤさん……あなたは――迷い人である可能性が高いと思います』
「迷い、人?」
『はい。私達は、こことは異なる別の世界から迷い込んできた人々のことを指して迷い人と呼んでいます。つまりここはカヤさんが元いた世界とは異なる世界かもしれないということです』
地下遺跡で戦った動く黄金の天使像や、さっきの影法師の存在。
そしてサーシャ達がしている時代錯誤な恰好や、森の中を歩いているときに見つけたよく分からない形をした異形の植物たち……
それらを鑑みれば、ここが本当に……本当に、異世界だという可能性が、高い。
「私は……迷い人、かもしれない」
『やはり、そうでしたか……』
「教えて。迷い人は、元の世界に帰れるの?」
『……申し訳ありません。私もそこまで迷い人について詳しい訳ではなく、存じ上げないです。で、でも! 資料については探せばきっとあるはずなので、ご要望があればっ!』
「頼んでばかりで申し訳ないんだけど、できるならお願いしたい」
『もちろんですっ!』
私は異世界にやってきてしまった――それは、受け入れなければいけないんだろう。
色々と疑問は尽きないところだけど、それだけはきっと事実だから。
これが夢で、次に目を覚ましたらあの商店街の路地裏で倒れているなんて可能性も無くはない。でも今は、そんな現実逃避じみた考えに縋るより、今私の目に映っているこれを現実だと認識することの方がよっぽど大切だと思う。
その手の創作物は見たことがあるけど、まさか自分がそれに巻き込まれるなんて思ってもみなかった…………
『カヤさん、大丈夫ですか?』
「――え、ああ、うん。大丈夫」
『もうそろそろ領都に到着しますよ』
「もう? 結構近かったんだね」
『えっと、あれから一時間ぐらいは経ってますよ……?』
……しまった。
自分でも思っていたよりショックが大きかったらしい。
同じ馬車の中に一時間近くも黙りこくっている人間がいるなんてかなり気を使うだろうに、サーシャとレイネさんには悪いことをしてしまった。
でもお陰で頭の中はかなりスッキリしたような気がする。むしろ放っておいてくれて有難かった。もしかしてそう思ったから、二人も私に話しかけてこなかったのかもしれない。
「それで、あれが領都なの? 何というか、思ってたよりも大きい」
『バートン子爵家は古くから続く家ですからね。領都に関しても、この周辺の貴族領の中では最も発展していると言っても過言ではありません。確かこの前聞いたところだと、一万人近い人が暮らしているとか』
「確かに大きい。あ、そういえば。この街って物を売ったり、換金できる場所ってある?」
『あると思いますけど、何かお売りになるのですか?』
「お金が一銭も無いから、森で拾ったこれを売りたい。多分、私の元いた世界だとかなり価値があったから、売れると思って持ってきたんだけど。サーシャから見て、これって売れそう……?」
若干の不安を抱きつつポケットから天使像の欠片を取り出してサーシャに渡す。
売れると思って持ってきたけど、ここは地球の常識では測れない異世界なのだ。世界が違えば価値観が違う。もしかすると、こっちの世界では金といえどそこらの石程度の価値しかないかもしれない。
もしこれが売れないとなると、かなり困ったことになるんだけど。
果たして――
『カ、カヤさん。こ、これを触らせてもらってもいいですか?』
私が取り出した天使像の欠片を見た瞬間、サーシャは驚いたように目を見開いた。
そして何かを確かめるように上から横から様々な角度で観察し始める。
今更盗まれる心配とかはしていないので、サーシャの掌にそれを乗せる。
少ししてサーシャは隣のレイネに何事かを話しかけ、そしてレイネの目の前に欠片を持っていく。
するとレイネの瞳が一瞬、光を反射したように光った気がした。
そしてレイネも先ほどのサーシャと同じような反応をして、それから信じられないようなものを見るような視線を私に向けてきた。
「え、なに……?」
訳が分からない事態に私が困惑していると、サーシャが欠片を私に返しながらその理由を話し始める。
『カヤさん……なんてものをあっさりと取り出してるんですか!?』
「な、何って。ただの金塊でしょ……?」
『これは金塊じゃありませんっ!! これは――オリハルコンですっ!!』
「おり、はるこん……?」
『っ! そ、そうですよね。迷い人であるカヤさんが分からなくても仕方ありません。すみません、取り乱してしまいました……』
「いや、それは別にいいんだけど。それより、それって金じゃないってこと?」
『確かに一見すると金に似ているので分かりにくいですよね。私も見たことが無かったら分からなかったかもしれません。ほら、よく見ると金色の中にオレンジに近い輝きが混じっているの、分かりますか?』
サーシャに言われて欠片をよく観察すると……確かに純粋な金色じゃなくてオレンジ色も混ざって見える。
『それがオリハルコンの特徴です。それにレイネの眼を使って確かめて貰ったので、それはオリハルコンに間違いありません』
「なるほど……もしかしてオリハルコンって、金よりも貴重だったりする? さっきの反応を見る限り」
『はい。オリハルコンは別名、神の金属とも言われています。武器に加工すれば決して折れず曲がらず、防具に加工すれば何物をも通さず……最高峰の金属素材です』
「わぉ…………」
マジでか…………
そんなとんでもない素材だとは思わなかった。
というかそんなことなら、もっとあの欠片を持って来ればよかったっ!!
いや、今からでも取りに行けばまだあるはず。どうせあんな場所、早々誰かが迷い込んできたりしないはずだし――
『しかし……これを売るのは難しいですね』
「え、どうして?」
『価値はあるのですが、あり過ぎるのです。この大きさの欠片でも買い取ってくれる場所を見つけるのは骨が折れるかと。もしよろしければ、私に買い取らせていただけませんか? 市場で売るよりも高く買い取ることをお約束します!』
「それは嬉しいけど、いいの?」
『これでも王族の一人なので、自由に扱えるお金はそれなりに持っているんです。だから心配しないでください。それよりも私にとってはオリハルコンが手に入ることの方が価値がありますから』
「そっか――ん? いま、王族って言った?」
『……そういえば言ってませんでした。あ、改めて。私はこの国の第二王女、サーシャ・アーレスです』
「…………」
まさか本当にお姫様だったとは………
こうして私は、この国のお姫様を助けて、それから助けられた。
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