第4話 脱出パート2からの……
扉を抜けた先は――森の中だった。
「えぇー……」
扉を出ると真っ先に視界に入って来たのは鬱蒼と生い茂る木々。
葉の隙間から差し込む光で、今が昼間だということだけは辛うじて分かる。だけどそれだけじゃここが何処なのかという答えを見つける手掛かりにはならなかった。
頬が引き攣るのを感じながら、辺りをざっと見回してみる。
見渡す限り、どこを見ても同じような森の光景が続いている。
当然道らしきものは無く、人の手が入っていないから雑草が伸び放題で、見てるだけで方向感覚が麻痺してくる。
私が出てきた扉の方は、こちらも蔦と苔に覆われていて、遠目に見たらここに扉があるなんて気づけないだろう。随分と長い間、人の手が入っていないのはやはり間違いないらしい……
まさかとは思ったけど、地下のあれは本当に何かの遺跡だったのかもしれない。
と、そんなことは今はどうでもいいのだっ。
「これ、どうするよ。どっちに行けばいいのかさっぱり分かんないんだけど」
すると、どこからか獣の遠吠えのようなものが聞こえてくる。
「……ヤバすぎる。折角、地下遺跡を脱出できたのに野生動物に襲われて死ぬとかあり得ないっ……!」
どうにか昼間の明りがあるうちに、この何処とも知れない森を脱出しなければならない。
地下遺跡の脱出の次は、深い森からの脱出?ゲームのステージ2みたいな感じ?――ふざけんなっ!! こちとらゲームじゃなくてリアルでやってんだぞっ!!
「……っ!!」
しかし怒りをぶつける相手もいないから、ただそこで地団太を踏むしか出来ない。下手に叫んだらさっきの遠吠えの主がやって来るかもしれないし、それを考慮するぐらいの理性は残っていた。
少しして気持ちが落ち着いたところで、改めてこの森からの脱出方法を考える。
まず大切なのは、出口がどの方角にあるのか知ることだ。でも今の私には方位磁針なんて当然のこと、この場所に関する土地勘なんてものの持ち合わせも無い。
だとすると、出口の方向を知る手段はたった一つ。
高い所に登って上から確かめることだ。
「よしっ――」
私は手近な場所にあった比較的背が高そうな木に目を付ける。
そして木の幹に手や足をかけられそうな場所を見つけて、早速登ろうとしたのだけど……そこで銃が邪魔なことに気付く。
何かあった時のために置いていくのはしたくなかったので、仕方なく後ろ腰に挟んでいくことにした。よくアニメとかでこういう姿を見るけど、実際にやってみるとかなり違和感があって邪魔だと気付いた。でもここは我慢する。
「ふっ……ふっ……!」
木登り自体はあまり経験は無かったものの、自分でもびっくりするぐらい順調に登ることができた。
もしかすると私にはクライミングとかの才能があったのかもしれない……
帰ったら近くにあったスポーツクライミングの施設にでも行ってみようか?
十分ほど登り続けて、ようやく周りの木々よりも高い場所に到達する。
枝葉を掻き分けて外の様子を見てみると……見渡す限り、一面に森が広がっていた。
「ひゅっ……」
思わず息を飲んでしまう。
少なくともここから見える範囲はずっと緑色が続いていた。
今見ている方向は扉を出たところから真正面の方角なので、あのまま真っ直ぐに進んでいたら絶望しかなかったことを知ってしまった……
気を取り直して別の方向も確認していく。
すると、最初見た方向とは反対側。つまり扉が開いている方向の真後ろの方向に森の境目を見ることが出来た。そこそこ距離があるように見えるけど、今から歩いて行けば日が暮れる前には森を抜けることが出来るだろうギリギリの距離のように思える。
「ていうか、森の出口と反対側に入り口を設置するとか。あの遺跡を作った奴、めちゃくちゃ性格悪くないか?」
まあ遺跡の宝物庫?にあんな怪物トラップを設置するような奴が性格良い訳ないか。
一先ず行先は決まったので、日が暮れない内にさっさと出発することにした。
地下遺跡の方には別に名残惜しさも感じず、実にあっさりとした出発だった。
歩きながら思ったのは制服で、もっといえばスカートで森の中を歩くもんじゃないということ。
雑草が生えまくりの道を歩くと、背の低い草が素足に当たって痒いやら痛いやらで本当に大変なのだ。少し開けた所に出た時、いくつか切り傷のようなものがあって憂鬱な気分になった……
何とか靴下を限界まで引き上げて対策したけど、あまり効果は無かった。
また幸いだったことでいえば、私が虫が苦手な人間じゃなかったことかな。
こんな森の中だから当然、小さいのから大きいのまで虫があちこちにいた。歩いていた草むらの中にもいたし、もし苦手な人だったらとっくにギブアップしてたんじゃなかろうか?
それと、結構な距離を歩いているはずなのにほとんど疲れを感じなかったのは助かった。
地下遺跡でもそうだったけど、この謎の身体能力の上昇は一体なにが原因なんだろうか?
遺跡の中で目を覚ました時にはそんな実感は無かったはずだ。初めて自覚したのは、最初に天使像と遭遇して逃げようとしたとき。
その前後で違ったことといえば…………この銃を手に入れたこと、とか?
「う~ん……」
思えば、あの空間の割れ目みたいなのに吸い込まれてから分からないことばかりだ。
この先で、これらの疑問の一つでも解消されればいいんだけどと期待せざるを得ない。
そんな思いで歩き続けて、日が暮れ始め空がオレンジ色になってきた頃。
私はようやく、森の出口を視界にとらえる距離まで到達した。
「やっとか……」
体力的には問題無い。
でもいい加減に喉が渇いたし、お腹も減った。
私は早足になりながら森の出口へ急ぐ――
するとその時、人の声が聞こえた気がした。
「っ?」
一度足を止めて耳を澄ます。
するとやっぱり人の話し声、いや叫び声のようなものが聞こえてきた。
叫び声という時点で尋常じゃないことが起きているのは間違いない。
私は少し躊躇ってから、その声の方向に行ってみることにした。少なくともその方向には人間がいるはずだからだ。それが良い人間なのか、それとも悪い人間なのかは行ってみてから確かめればいい。
そう考えてまずはこっそり様子を窺うのを目的に、声の聞こえてくる方向に走った。
近づいて改めて分かるのは声の主が切羽詰まった状況にいるということ。それぐらいに声から伝わって来る迫力が凄かった。
そしてもう一つ、聞こえてくる言葉を私は一切聞き取ることが出来なかった。
日本語でも無ければ英語でも無さそうだし発音の感じからいってアジア圏の言語では無さそう。どっちかといえば、ヨーロッパとかそっち系の言語のように聞こえる。ただまあ私も所詮は中学生なので、言語に明るい訳じゃないから正確には分からないんだけど。
元々進んでいた方向から僅かに右側にずれた先――そこで繰り広げられる光景を見て、私は自分の目を疑った。
「―――――!!!」
「――!!―――!!?」
「―――ッ」
「―――!!!」
時代錯誤、といっても過言ではない全身鎧……いわゆる騎士のような恰好をした集団が、異形の怪物たちと剣を交えて戦っていたのだ。
騎士っぽい人達はおおよそ十人もいないのに対して、異形――影がそのまま人型になったような形容し難いなにか――は軽くみてその倍以上はいる。
それに剣を交えてという表現は正しくなくて、騎士っぽい恰好の人たちは剣で戦っているけど、もう一方の異形の方は身体の影の一部を伸ばして攻撃していた。
「……」
……私は息を潜めて、物陰からその様子を窺っていた。
ざっと状況を見た感じ、異形――影法師に騎士の人達が襲われているように見える。
尚且つ、騎士の人達は中心に一台の馬車を置いてそれを守るよう円状に広がって戦っている。
視界に映る状況を頭の中で整理して――そして、自分がすべき行動を決めた。
後ろ腰に差してあった二丁銃を抜き、その銃口を影法師の方に向ける。
「すぅー……」
左腕を支えにして、右手に持っている白い銃を――そうだった。
森を歩いているときに、いつまでも黒い銃、白い銃と呼ぶのもなんだな~と思って名前を考えたんだった。
改めて、白い銃――『ルミナ』を構える。
騎士も影法師も両者が動き回り、入り乱れ……本来なら銃経験のほぼ無い素人が介入すべき場面じゃない。
でも、私には謂れのない自信があった。
騎士の人たちには一切当てることなく、影法師だけを狙い撃つことができるという自信が。
それは自力であの化け物のような天使像を倒したことが原因なのか。それとも本当に何の根拠もなく湧き出てきたものなのか分からない。
でもだからといって止めることはしない。目線の先では騎士の人たちが徐々に攻め込まれ始め、みるみるうちに傷が増えていくのが見えていた。影法師一体一体が強いし何より、どれだけ斬られても再生する回復能力が苦戦の一番の要因に見えた。
ここで何もしないと、そう遠くないうちに彼らは影法師に蹂躙されてしまうだろう……
……でも、そうはならないっ。
私は自分なら出来るという絶対的な自信を持って、引き金に指をかける。
その瞬間私は、まるで周囲の時の流れが遅くなったかのような錯覚をした。
「――行くぞ、ルミナ」
直後、破裂音。
一発の銃声があたりに響き渡った。
それと同時に騎士と戦っていた影法師の一体が、煙のようにその場から掻き消える。
私の放った一発の弾丸は、狙い違わず影法師の頭を貫き吹き飛ばした。
騎士も影法師も、両者があまりにも突然の出来事に動きを止める。だが、それはむしろ私にとっては好都合だった。
すかさず次の影法師に狙いを定めて、再び発砲。
それを繰り返す。
何者か第三者の介入によってその数を減らしていく影法師を尻目に、騎士の人たちは即座に馬車の周りを固めるように集まる動きを見せた。
その行動から、あの馬車にはよほど重要な人物、もしくは物が乗っていることが分かる。
もしかして、お姫様とかだったりしてね?
それはともかく、ああして固まってくれるのは私的にも助かるから文句は無い。
当てる気は毛頭無いけど、敵味方入り乱れる場所を狙うよりもその方がずっと楽だから。
障害物が減ったことで、支えに使っていた黒い銃――『ルクス』も解放して更に殲滅速度を上げた。
「お待たせ、ルクス」
『ルミナ』と『ルクス』――
白と黒から連想されたのは、朝と夜。光と闇。始まりと終わり……それらを考慮して白い銃にはルミナ、黒い銃にルクスと名前を付けてみた。
自分でもなかなかイケてる名前をつけられたんじゃないかと思っている……!
手数が増えたことで、殲滅速度は増していき数分も経たぬうちに全ての影法師を処理し終えた。
「「「……」」」
全ての影法師が倒されたことで、辺り一帯を静寂が支配する。
敵対存在はいなくなったはずなのに、騎士の人たちは警戒を緩めるどころか剣を下ろすことすらしていなかった。
それどころかむしろ警戒心を高めたように互いに目配せを送り合って、陣形を整えるような動きをしているのが目に入る。
……まあ、そりゃそうか。
影法師の殲滅は終わったけど、私にとって大変なのはむしろここからだ。
「――ッ!!」
騎士の1人、その中でも他とは若干意匠の異なる鎧を身に纏った人が森に向かって呼びかける。
相変わらず何を言っているのかは分からないけど、呼びかけている相手は間違いなく私なんだろう。何せ、明確に私が隠れている茂みの方を見ながら叫んでいるのだから。
どういう訳か、多分音か何かでバレたと思うんだけど、向こうは私が隠れている場所をほぼ正確に認識している様子。さすがにあそこまでバリバリに介入すればバレるのは仕方ないだろう。
そしてこのまま隠れ続けているのも悪手だというのは私でも分かる。
このまま隠れ続けている場合、何かやましいことがあって隠れているんじゃないかと疑われて敵対行動と思われるかもしれない。そうすれば今度は、私対あの騎士達という構図になってしまう。
……天使像も影法師も、明らかに人間じゃないと思ったから躊躇なく撃てた。
でも人間相手だと話が違う。敵だと思われて襲い掛かってこられたんじゃたまったもんじゃない。
さあ……ここからが重要だ。
私は銃を再び後ろ腰にしまい、両手を顔の横まで上げてホールドアップの体勢で茂みの外に出た。
「――!?」
「――」
「――?――!?」
私の姿を見た騎士達は口々に驚いた様子で何事かを言っている。
「さっきのは私がやった。敵対の意思は無いっ!!」
一か八か、こっちの言葉が通用しないかと思って話しかけてみるも……反応は芳しくなかった。
やっぱり、私が向こうの言葉が分からないのと同じように、向こうの私の言葉が分からないらしい。こっちの言葉だけが通用するなんて、都合のいい展開は無いようだ。
私が困った顔をすれば、向こうも同じように困った顔になる。
「「……?」」
そうか……言葉が通じないってこんなに不便だったんだなぁ……
海外旅行には行ったことないけど、もし行くことがあればしっかりと勉強してから行こう――そんな現実逃避ともつかない訳の分からないことを考えていると、騎士達の方で動きがあった。
どうやら馬車の中から話している人物がいるらしい。
それから少しして、騎士達に周りを固められながら一人の人物が馬車から降りてきた。
可愛らしいドレスを身に纏った、私と同じか少し年上ぐらいの少女。
一言で表すなら、まるでお姫様のような女の子が私の正面にやって来る。
そして――
『こちらの言葉は分かりますか?』
「っ!!」
何とその子からようやく意味の分かる言葉が発せられた。