第3話 激闘
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変身した天使像は見た目だけじゃなく、中身もしっかり変わっていた。
まず、シンプルに硬くなった。
さっきまでは弾丸一発で武器や身体を壊すことが出来た。けれど今は、一発だけじゃかすり傷すらつかず二、三発を重ねてようやく傷をつけることが出来るといったレベルになっている。
しかも盾を捨てたことで防御を捨てたのかと思ったけど、そんな勘違いとんでもない。
幅広で分厚い大剣で防がれることもあれば、それを掻い潜ってとしても背に纏う4枚の翼が身体への直撃を防いでしまう。むしろ防御力でいえば、格段に上昇していると言っても過言じゃない。
では攻撃に関してはどうかといえば、こちらに関しては先ほどまでとそう変わらない威力を保っていた。
また速度に関しても、いくらか速くなっているように思うけど、防御力と違って大きく変化はしていなかった。
何となく想像だけど、あれだけ大きかった身体を圧縮したのが今の状態で、その所為で身体はより硬くなっているのだと思う。だから攻撃や速度面についてはあまり変化がないのだろう。
……とはいえ、それだけで十分に凶悪性は増している。
単純に的が小さくなったせいで、弾を当てずらくなった。
それに身体が小さくなって小回りが利くようにもなっている。その上で攻撃力はそのままなのだからたまったものじゃない。掠ったら終了だという部分は同じなのだから。
「ちっ……」
かれこれ百発以上の弾丸を当てているけど、天使像に目立った破損は無かった。
あれだけ圧倒的だったこの銃の威力が、今では豆鉄砲ぐらいに貶められてしまっていた。
完全にジリ貧だ……
このまま続けても、正直あの天使像を破壊できる気がしない。
もちろん時間をかければ出来るんだろうけど、そこまで私の体力と気力が持たないのだ。身体能力にバフがついたと言っても、それを扱う体力が有限なことに変わりない。まあそっちにもバフが効いているからこそ、今の今まで戦うことが出来ているんだけど。
私が内心で軽く絶望している間も、天使像は攻撃の手を緩めることなく何度も攻撃を仕掛けてくる。
躱したり、弾を打ち込んでけん制したりして何とか凌げているけど、これも何時まで続くか……
「もっと強い一撃が無いと、アイツには勝てない。もっと、今よりももっとずっと強い一撃が…………!」
これが現状を現わした的確な言葉だった。
アイツを倒すには、圧倒的な火力不足なのだ。
勝てると思ってアイツに挑戦する選択をした。
そして実際に、一度倒すところまで追い詰めることは出来た。しかし復活してより強くなったアイツには手も足も出ない。
やっぱり逃げるべきだったんだろうか……?
そんな弱気な感情が顔を覗かせる。
今ここで弱気になったらあっという間に戦う心まで折れてしまう。だから気持ちだけでも強く保たなきゃいけない――頭ではそう分かっている。
だけど何度攻撃しても自分の攻撃が通用していない、そんな光景を見る度に戦おうとする心がすり減っていくのだ。何故ならこの戦いが行きつく先に、自分の敗北が待ち受けているというイメージが脳裏を過るから。
どうしてこんなことになったのか……
あの場で逃げずに戦おうとしたのは間違いだったのか? そのまま逃げていればよかったのか?
でも仮にあのとき、立ち向かうよりも逃げることを優先したとしても、本当に天使像を撒けたかどうかは分からないじゃないか。元いた部屋を飛び出してまで追いかけてきた奴だ。ひょっとすると、ここから外に脱出したとしても永遠に追いかけてきたかもしれない。
だったら、最初から私に助かる道は無かったっていうの?
最初にあの扉を開けた選択が間着立っていたの?
そんなの今更どうしようもない!!!
そもそも……どうして私はこんなところにいるんだろう。
本当ならもうとっくに家に帰って、録画しておいた昨日の深夜アニメを見てるはずだった。それが終わればちょっとだけ学校の宿題をして、それからお母さんが作ってくれる夕ご飯を食べて、それから――
「がっ!!?」
考え事に気を取られ過ぎたせいなんだろう……
天使の大剣による一撃が私の身体を掠った。
直撃こそしなかったものの、その威力は私の身体を吹き飛ばすには十分な力を秘めていた。弾かれたボールのように地面を転がり、壁に当たってようやく止まる。
「…………っ」
全身が痛い……
今まで一番酷かった筋肉痛のときだってこんなに痛くは無かった。あの時は確かお母さんに連れられてウォーキングイベントに参加してかれこれ10km近く歩いたんだ。それで翌日はもの凄い筋肉痛で歩くことすらままならなかったっけ……
身動ぎをすればその部分に痛みが走り、呼吸をしても胸や背中が痛む。
もしかして骨が折れたりしてるんだろうか。せめて内臓とかは無事であって欲しいなぁ。だって手術とか絶対にやりたくないから。だって麻酔をするとはいえ、身体を切られるとか怖いじゃんっ。
…………あーあ。これで終わりなのかな。
起き上がってこない私なんて見逃してくれればいいのに、天使像は止めでも刺す気なのかこっちに近づいてきている。
心なしか、天使像の顔が笑っているように見えた。戦ってる時も一切変わらなかったからそんなはずないのに、まったく人の目っていうのは物を見たいように見るなんてよく言ったもんだ。
だってそんな顔を見せられたら――――一発ぶん殴ってなりたくなるじゃないかっ。
「……!!!!」
痛みを訴える身体を無視して持ち上げる。立ち上がることは出来ないまでも、何とか片膝立ちぐらいにはなることが出来た。
そして地面を転がろうとも絶対に離さなかった二丁の銃はしっかりと手元にある。でも両方を持ち上げるにはちょっと力が足りない。
すると、自分を使えと主張するように、今度は白い銃が一拍脈打ったような気がした。
その反応に口の端から笑みがこぼれる。
だって、まるでこの二丁の銃が意思を持っているかのようじゃないか。私と会話でもするように自己主張をして、それに応えるように私がそれを構える。
「ふふっ……」
構えた白い銃からは、気が付くと白い燐光が漏れていた。
これがどんな現象なのかは分からない。
でも私があの天使像をぶっ飛ばしたいと思って起こったことなのだ。つまりはそういうことだろう。
ゆっくりながらも、とうとう私の目の前に到達した天使像は容赦なく大剣を振り被る。
だから私は、そんな憎たらしいあんにゃろうの顔面に銃口を向けてやった。
これで、決着だ。
「ぶっ飛べ、天使モドキ」
白い銃の引き金を引くのと、大剣が振り下ろされたのはほぼ同時だった。
放たれた弾丸は、極太の白い閃光のようになって天使像の上半身を飲み込んだ。まるで銃から放たれたとは思えない、見た目は完全にレーザー砲のようだった。
それは射線上にあった悉くを破壊する殲滅の光。
少しして閃光が消えると、そこには上半身が完全に消し飛ばされた状態の天使像の姿があった。
バランスを保つことが出来なくなったのか、下半身が私の目の前で崩れる。
それを見届けるのと同時に、私も意識を失った……
どうか、もう復活はしませんようにと願いながら…………
そこには二頭の竜がいた。東洋神話に登場する蛇のような見た目ではなく、西洋の翼の生えたトカゲ、いわゆるドラゴンと形容されるような二頭の竜だ。
片方は純白の鱗に優し気な顔つきをした竜で、もう片方は漆黒の鱗に少し気難しそうな目をした竜。
そんな二頭の竜は私のことを真っすぐに見下ろしていた。
でもそこに威圧感とかはなく、それどころか不思議とどこか安心するような気さえした。
すると白竜が私に顔を寄せてきたので、特に躊躇いもなくその顔に触れる。
ひんやりと冷たくて、硬質な感触が伝わって来る。
……最近どこかで似たような感触を味わったような気がするけど、思い出せない。
私が白竜の鼻先を撫でるように触れると、気持ちよさそうにぐるるっと唸りながら目を細めているのが、何だか可愛く見えた。そんな白竜の視線が黒竜の方に向けられる。
黒竜は白竜と違って自分から近づいて来るようなことはしなかった。けれど白竜に促されでもしたのか、不本意そうながらも同じように顔を近づけてきたので、私も白竜にしたのと同じように軽く触れるように撫でる。
あまり気は進まない様子だった黒竜だけど、どうやら嫌では無かったようで離れていくようなことは無かった。
少しの間そうしていると、二頭の竜が私から顔を離す。
そして――
「「――――――ッッッ!!!!」」
「っ!?」
突然、二頭が大きな咆哮を上げた。
「はっ……!!」
それと同時に、私は目を覚ました。
「え……?」
混乱する頭が徐々に落ち着いて来るにつれて、ようやくさっきの出来事が夢だったということに気が付いた。
そして同時に自分がおかれている状況にも意識を向けることが出来るようになった。
確か……最後の記憶では天使像の上半身を消し飛ばして、でも私も気力を振り絞ったせいで気を失ったんだっけ……
私が倒れていたすぐ傍には、記憶にある状態のままの天使像の残骸が転がっている。
どれぐらい気絶していたのか分からないけど、未だに復活していないところを見るにもう復活はしないんだと思う。というか思いたい。
そういえば、何か凄い夢を見ていたような気がするんだけど……もう思い出せなくなった。
まあ夢なんて起きて暫くすれば忘れるもんだけど。でもすごいインパクトのある夢だったはずだから覚えててもおかしくないんだけど……まあいいや。そのうちひょんなことから思い出すかもしれないし。
それよりも今やるべきは、改めてここからの脱出を考えなくちゃいけない。
「う~ん……」
少し悩んでから、このまま真っ直ぐ進んでみることにした。
天使像の残骸は――もしこれが純金製とかだったらもの凄い価値があるんだろうけど、非常に残念ながら持って帰る手段が無い。
ただし、無事にここを脱出したとして今の私は着の身着のまま、お金なんて一円も持ってない状態だ。これから家に帰るまでにどれだけお金が必要になるか分かったもんじゃない。
そう思って、拳大ほどの天使像の欠片をスカートのポケットに突っ込んだ。もっこり膨れててカッコ悪いけど、背に腹は代えられない。あとでどこかで換金して軍資金にしてやろう。本当は全身換金してやりたいけど持てない以上は仕方ない……
そういえば、身体を動かしててふと気が付いた。
気絶する前はあれだけ訴えていた痛みが、今は不思議とどこかに消えてしまっていたのだ。服を捲ったりして確認したけど、痣どころかかすり傷すらもついていない。
さすがに若干の気味悪さも感じつつ、傷が治ること自体はいいことなので深くは気にしないでおいた。
という訳で壊れた天使像本体は放置して、先に続く道を行く。
暫くの間、長く続く一本道を歩く。
歩きながら私はここから出た後のことを考えていた。
取り合えず脱出に成功したら、まずは人里を探そう。連絡手段が欲しい。家族に連絡すればいいかな? それとも警察の方がいい? でもここが外国とかだったら、どうやってここに来たことを説明すればいいだろうか……
自分がいる場所すら分からないから、まずはそれを調べることから始めるべき? 誰か人を見つければそれも解決出来るはずなんだけど。
そういえば私、あまり英語得意じゃないんだよねぇ……
もっと不味いのは日本語どころか英語すら通じない場所だったときだ。
そこはもう完全に神頼みするしかないか。
……すごく、すごく嫌な想像で、荒唐無稽な話を考えてみる。
見たことも無いような動く天使像に襲われた。あんな怪物が果たして地球にいるのだろうか?
映画の世界だったら、古代文明の遺産だとか、宇宙人の武器だとか何だって通用するけど今は現実の話だ。もちろん絶対に無いなんて言いきれないけど――それとは別の可能性だって考えられる。
例えば……ここが地球じゃない可能性。
そんなことあり得ないとは思う。
だけど、あの時……
商店街の路地裏で吸い込まれた、空間の裂け目のような何か。そしてこの場所で遭遇した、現実ではあり得ないような出来事の数々。
それらがまとまって、ここは本当に地球上のどこかなのか?という疑問を後押ししてくる。
……まあ全ては、外に出てみれば分かること。
ようやく一本道の先に、その終わりが見えてきた。
近づいていくとまたどこか別の部屋に繋がっているらしいことが分かった。
一本道を通り抜け部屋に辿り着くと、そこは最初に気絶から目覚めた小部屋と同じぐらいの広さがあった。そして、その部屋にあった先へ続く道は一つだけ。しかも真っ直ぐに伸びる通路ではなく、上に伸びる階段が一つだけあった。
「っ……よし」
この階段を登れば、きっと外に繋がっている。
そう信じて階段を登り切り、そこにあった扉を開ける。
すると、目がくらむような光が差し込んできた。
「んっ!」
それと同時に感じたのは、頬を撫でる風の感触だった。
そう、風。室内では発生しないそれが、扉の向こう側から吹いてきたのである。
光で眩んだ視界が元に戻り、ようやく扉の外の景色が視界に飛び込んできた。
期待に胸を膨らませながら見た景色は――――
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