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鉄の霊と失地の王  作者: 弟は猫
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失意の王、悪魔の女

これはイギリスの国土と王の権力を失った国王の元に、鉄の意志で国土と自らの政治権力を守り抜いた女が現れる話

1213年、冬のウィンチェスター。夜空は雷鳴に裂け、風が古城の石壁を叩きつけるように吹き荒れていた。王宮の広間は冷え切り、火の気のない暖炉の前で、イングランド王ジョンはひとり、銀杯の葡萄酒を手に座っていた。


王冠は傾き、髭には白い霜がついていた。誰も近づこうとはしない。家臣たちはすでに教皇の破門に怯え、反乱貴族の動きを探るふりをして王を見限っていた。フランス軍の船が南岸をうかがっているという報が届いたのは、ほんの三日前のことだった。


「失地王か…いや、もはや“失国王”かもしれん…」


ジョンが杯を投げつけたときだった。部屋の奥の影が蠢いた。誰かが、あるいは“何か”が、そこにいた。


光が差し込んだわけではない。むしろ、光そのものが凝縮したような存在が、闇の中に現れたのだ。女だった。灰色のスーツ、真珠のネックレス、鋭く切り立った髪型。そしてその目は、剣よりも鋭かった。


「泣いているの、ジョン?」


ジョンは即座に剣を抜こうとしたが、腰の鞘に手が届く前に、彼女の声が空気を貫いた。


「無駄よ。その剣は、あなたの“意志”がなければ、ただの鉄の棒」


「貴様は…何者だ。教皇の使いか? 魔女か? それとも…悪魔か?」


「悪魔?」彼女は笑った。「面白いわね。ロンドンの労働組合も私をそう呼んでいたわ。だが違う。私はマーガレット・サッチャー。神の許しを得て、この世に戻った“導き手”。あなたが滅ぼすはずのこの国を、逆に救わせるためにね」


ジョンは呆然としながら立ち上がった。玉座にいた男は、もはや王というより敗残の騎士のようだった。


「導き…だと? わたしは貴族に見捨てられ、ローマには破門され、海の向こうの領土も失った。いまさら、何をどう導くというのだ?」


サッチャーの表情は一変した。目が冷たく輝き、彼女の声は低く、確信に満ちていた。


「まず、国庫を立て直す。過度な課税は中止。商人との盟約を結び、関税を緩め、港町に自由都市の特権を与えるの。金が動けば、国が動くのよ。次に――貴族。彼らは反乱を起こした? いいわ、仲間割れさせればいい。“分断して支配”する。ロンドンで私はそれを得意としていた」


ジョンは目を見開いた。「それは…王道ではない…卑劣な策謀だ」


「王道?」サッチャーはにやりと笑った。「戦で勝つのに、道徳は必要ない。勝利だけが正義を作る。あなたもそう思い始めるはずよ――私のやり方を試せばね」


雷鳴が再び城を揺らしたとき、ジョンはふと、彼女の背後に何かを見た。燃え盛る都市。兵士の列。船団。そして、かつての自らの領土――ノルマンディーの海岸。


「…あれは…私の夢か?」


「いいえ、ジョン。あなたの未来よ。私の導きに従えば、その未来は現実になる。だが――覚悟しなさい。あなたが生き残るには、王としての“甘さ”を捨てなければならない」


サッチャーはジョンの胸に指を突きつけた。まるでそこに、まだ見ぬ“鉄”の心を打ち込むように。


「明朝から始めましょう。まずは、ロンドンの商人ギルドとの交渉よ。彼らが味方になれば、あなたの王権は――再び立ち上がる」


ジョンはその夜、眠らなかった。

初作です。ふと思いついた設定を形に残したく綴りました。

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