表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

触れるたび、魔力が軋む。

俺はセリーナとともにダンジョンに来ていた。


そしてダンジョンは奥へ進むにつれ、空気が変わっていった。


最初は気のせいかと思った。しかし、確実に“何か”が違う。


空気が重く、湿っている。だが、それだけではない。


肌にまとわりつくような魔力の気配。


「……レクト、感じる?」


セリーナが不意に立ち止まり、俺の隣に寄る。仄暗い洞窟の光に照らされた彼女の肌は、しっとりと汗を滲ませ、艶やかに見えた。


「……確かに、妙にまとわりつく感じがするな」


俺は顎に手を当てながら答える。


「そうね、まるで誰かの意志を持った魔力のよう。自然発生する魔力とは違うわ」


セリーナは細い指を宙に滑らせながら、魔力の流れを探るように目を細める。


「それだけじゃない……あなたの魔力の流れも、なんだか普通じゃないわ」


俺は息を呑んだ。


(また……か?)


セリーナが俺の身体に疑問を抱いているのは分かっていた。しかし、ここでそれを突き詰められるわけにはいかない。


「……とにかく、先に進もう」


彼女の視線から逃れるように、俺は足を踏み出した。


魔物が飛び出してきたのは、その直後だった。


「——来た!」


洞窟の暗闇から、異形の獣が飛び出してくる。


セリーナは即座に詠唱を始めるが、その動きを察知した魔物が一気に距離を詰める。


「くっ……!」


間に合わない。


俺は迷わずセリーナの腕を掴み、引き寄せた。


「きゃっ……!」


彼女の体が俺の胸にぶつかる。


瞬間、肌の熱が混ざり合い、しっとりとした吐息が耳元をかすめる。


(……柔らかい)


女の身体はこんなに柔らかかったのか——そんな当たり前のことを、異世界に転生して初めて意識した。


「……助かったわ。でも、こういうのは、もっと優しくしてほしいかも?」


セリーナは俺を見上げ、唇を軽く吊り上げる。


目の前で揺れる彼女の髪。額に滲む汗が艶めかしく光る。


「すまん、咄嗟だった」


「ふぅん?」


彼女は俺の腕に手を添えたまま、ゆっくりと指を滑らせる。


「……そんなに強く掴まなくても、私は逃げないわよ?」


俺は慌てて彼女を放し、剣を構え直した。


「今は戦闘中だ。余計なことを考えてる場合じゃない」


「ふふっ、そうね」


セリーナは軽く肩をすくめると、再び詠唱を始めた。







戦闘が終わった時、俺は自分の異変に気づいた。


体が、熱い。


「……っ」


肌の内側から、じわじわと熱が滲み出す。


(また……か?)


「……あなた、少し息が荒いわね?」


セリーナが俺を覗き込む。


「……なんでもない」


「でも……ここ、熱くなってるわよ?」


彼女の指が俺の胸元をなぞる。


微かな魔力が絡みつくような感覚。


「……っ!」


全身が震える。


(なぜだ……これは、魔力の影響か?)


セリーナの魔力が、俺の体に何らかの作用を及ぼしている。


「……ふぅん」


彼女の視線が鋭くなる。


「ねぇ、あなた、本当に普通の冒険者?」


その問いが、俺の心臓をざわつかせた。



────────────────────────



セリーナの指が、俺の胸元をゆっくりとなぞる。


「ねぇ、あなた、本当に普通の冒険者?」


彼女の問いに、俺は呼吸を整えながら、なんでもない風を装った。


「……当たり前だろ?」


「でも……この熱は何?」


俺の体は明らかに異常だった。


汗がじわじわと滲み、肌が過敏になっている。洞窟のひんやりした空気が、むしろ心地よくすら感じるほどだった。


(くそ……また“あの感覚”が来るのか?)


異常肉体アブノーマルフィジカルが発動する兆し。


「ふぅん……」


セリーナが、指を軽く押しつける。


俺は小さく息を呑んだ。


(これは……魔力の影響なのか? それとも……)


彼女の指先から、微かに魔力が流れ込んでくるのを感じる。俺の魔力と交じり合うように、じわりと広がるその感覚。


「ちょっと……私の魔力、あなたに馴染んでるみたい」


セリーナが小首をかしげる。


「あなた、普通の人間なら、こんな反応しないのよ?」


俺は返答に詰まった。


——バレる。


だが、それ以上に、今は“感覚”のほうが問題だった。


「……お前、何をしてる?」


俺は振り払おうとするが、セリーナはニヤリと笑い、さらに指先を滑らせる。


「へぇ……嫌そうなのに、全然拒絶しないのね?」


「……ッ!」


背筋がゾクッと震える。


「あなたの魔力の流れ、まるで……抑え込まれていた何かが解放されようとしてるみたい」


その言葉が、心臓を跳ねさせた。


(そんなこと……)


でも、確かに。


俺は何かを抑えていた。


「あなたの魔力……普通じゃないのよね?」


セリーナの瞳が、じっと俺を捕らえる。


「もう少し確かめてみようかしら?」


俺の腕を取ると、セリーナは笑みを深めた。


「な、何を……」


「だって、こんなに反応してるのに?」


彼女の声は楽しげで、それでいて妙に甘美だった。


しかし、その唇が微かに開くたび、彼女の呼吸もまた乱れ始めているのを、俺は見逃さなかった。


(……こいつも?)


指先の動きがわずかに滑らかさを欠き、押し付ける力が強くなっている。


そして、彼女自身も気づいているのか、わずかに唇を噛み、熱を帯びた瞳で俺を見ていた。


「あなた……不思議ね。私、こんな風に魔力の影響を受けるなんて……」


その言葉には、わずかな震えが混じっていた。





洞窟の湿った空気が、熱を帯びた体をさらに重くする。


レクトの体はすでに限界に近かった。異常肉体アブノーマルフィジカルが完全に発動しそうなほど、魔力の流れが膨れ上がっている。


それに呼応するように、セリーナの呼吸も荒い。


「あなた……本当に、これ以上抑えられるの?」


彼女の囁きが、鼓膜をくすぐる。


「……さあな」


レクトはわずかに顎を引く。


今の彼に、正確な答えなど分かるはずがない。


「でも……」


セリーナの手がそっと彼の腕をなぞる。


「あなたのこの熱、ただの魔力の暴走じゃないわね?」


「……っ」


レクトは動けなかった。


このまま何かが崩れたら、自分はどうなるのか。


いや、それよりも——


「お前は、どうなりたい?」


そう問いかけようとした、その瞬間——


シュバッ!!


「——ッ!」


突然、洞窟の闇から、閃光のような影が飛び出した。


反射的に剣を構えるが、その瞬間、セリーナが低く呻く。


「ぐっ……!」


レクトの視界に、鮮やかな赤が飛び散る。


セリーナの背中に鋭い爪痕が走る。


「セリーナ!」


レクトは一瞬で敵の正体を見極める。


——高レベルの獣型モンスター。


この階層にはいるはずのない、異常に素早い個体。


(なんでこんな奴が……!)


考えている暇はない。


レクトは剣を構え、無意識のうちに魔力を練る。


そして、その瞬間——


異常肉体アブノーマルフィジカル——制御。”


——抑え込める。


以前のように、全開放して暴走する感覚ではない。


むしろ、セリーナの魔力が交じったことで、意識的に力を調節できるようだ。


(……いける)


今の俺なら、暴走せずに使える。


「……三割か」


全開放の三割。


それでも、通常の二刀流よりはるかに速く、鋭い。


「セリーナ、お前は下がってろ」


「……っ、無茶しないでよ?」


レクトは一歩踏み出す。


——そして、次の瞬間、敵の動きが完全に“視えた”。






剣を振るった瞬間、時間がねじれたように感じた。


——敵が遅い。


視界の中、獣型モンスターが疾駆する。


その動きの軌道が、なぜかはっきりと見えた。


(——終わりだ)


一歩踏み込む。


二刀が風を切る。


ズバッ……!


肉が裂け、獣の体が跳ねるように弾け飛んだ。


着地することすら許さず、レクトの剣はさらに切り刻む。


三度、四度。


気づけば、モンスターの動きは完全に止まり、その巨体がくずおれるように崩れ落ちた。


静寂。


そして——俺の意識は、すぐにセリーナへと向いた。


滲む鮮血、甘く艶めかしい傷痕


セリーナは岩場にもたれかかり、肩で息をしていた。


その背中の傷から、ゆっくりと赤が滲む。


深くはない。


けれど、彼女の白い肌に走る血筋は、どこか淫靡な艶を持っていた。


「セリーナ……」


レクトは息を詰めたまま、彼女の傍に跪く。


彼女はゆっくりと顔を上げ、微笑を浮かべた。


「……ふふ、大丈夫よ。この程度なら……」


そう言いながら、震える指先で回復呪文を詠唱しようとする。


だが——


俺の中の何かが、疼いた。


本能が思い出させる、癒しの儀式。


この世界では、昔から傷を舐めて治す習慣があった。


——傷口を、口づけるように舌でなぞる。


その行為には、単なる治癒以上の意味が込められていた。


レクトは、無意識のままセリーナの背に手を伸ばす。


「……何を?」


セリーナが息を呑む。


「……お前、大人しくしてろよ?」


「……え?」


レクトの指が、彼女の滑らかな肌を撫でる。


セリーナの体がわずかに震えた。


彼女は、自分で治せることは分かっていた。


けれど、止めようとはしなかった。


「……レクト……」


細く囁く声。


その響きに、抑え込んでいた熱が、さらに燃え上がる。


——俺は、舌を這わせた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ