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秘められた異常、暴かれる予兆

ギルドの片隅で、昨夜の余韻


頭を抱えたまま、俺はギルドの片隅でうなだれていた。


「……死ぬかと思った」


——いや、戦闘じゃなく。


昨夜のことだ。


ギルドに戻った俺は、まだ体が重く、完全に回復しきっていなかった。ガルヴァンに背負われたままギルドの門をくぐり、仲間の冒険者たちの視線を浴びながらも、意識を保つのに精一杯だった。


それなのに。


「お前、今夜どうする? 俺の家に泊まるか?」


その言葉を聞いた瞬間、俺は目を覚まさずにはいられなかった。


ガルヴァンの家。


あの汗に濡れた体躯と、吐息の混じる空間で、一夜を過ごすという選択肢。


——駄目だ。


本能が全力で警鐘を鳴らした。


俺は自分の体の状態をまだ把握しきれていない。


あの**異常肉体アブノーマルフィジカル**とやらが発動したとき、俺は普段の自分とは違った。


肉体の制御が利かず、ミノタウロスを文字通り滅多切りにした。


あの時の高揚感。


体の中で何かが覚醒する感覚。


もしまた何かが引き金となってスキルが暴走したら——


……俺は、この世界で一線を超えてしまうかもしれない。


「いや、宿を取る。紹介してくれ」


俺は喉を鳴らしながら即答した。


「なんだ、遠慮すんなって。部屋は余ってるし、俺は気にしねぇぞ?」


ガルヴァンは気楽そうに笑う。


その笑顔が妙に男らしく、俺の理性を揺さぶる。


「……無理だ」


「ん?」


「……お前の家に行ったら、俺は確実に死ぬ」


「はぁ?」


ガルヴァンは俺の言葉の意味を理解できない様子だった。


当然だ。


まさか俺がお前に興奮しすぎて死ぬなどと口が裂けても言えるはずがない。


「とにかく、宿を頼む!」


俺は無理やり話を切り上げた。


宿の夜と、冷や汗の朝


結局、ギルド近くの宿を紹介してもらい、俺はそこで夜を明かした。


ただし。


まったく眠れなかった。


ベッドの上で横になり、目を閉じても、頭に浮かぶのはガルヴァンのことばかり。


水の中で触れた熱、背中に感じた逞しい筋肉、滴る汗。


異常肉体アブノーマルフィジカルが暴走する原因は、もしかして……?


俺は寝返りを打ち、掛け布団を顔まで引き上げた。


「…ガルヴァン…?」


そして現在、ギルドの片隅でうなだれる俺


「……終わった」


俺は両手で顔を覆った。


一晩経っても、頭の中は昨夜の余韻でいっぱいだった。


——もし、あの時ガルヴァンの家に行っていたら。


俺は本当に、一線を超えていたかもしれない。






異世界に転生して得た力。


二刀流デュアルブレイドの奥深さ。


そして、その裏にある暴走の危険性。


「……はぁ、やっぱり俺、一度ちゃんと調べないと駄目だな」


これからどうするか。


まずは、自分のスキルの正体を解き明かさないといけない。


俺は重い頭を上げ、カウンターへと向かった。


ギルドのカウンターに寄りかかり、俺は深いため息をついた。


目の前の受付の青年——黒髪の長身、落ち着いた雰囲気の男が、俺の話を黙って聞いている。


「……つまり、ダンジョンのマグマ層に、本来いるはずのないミノタウロスがいたと?」


「そうだ。俺だけじゃなく、ガルヴァンも見ている」


青年は眉を寄せ、帳簿をめくる。


「……だが、他の冒険者からそのような報告は上がっていない。通常の魔物しか出ていないとのことだ」


「じゃあ、俺たちは嘘をついてると?」


「そうは言わない。ただ、確証がない以上、虚言とも言い切れない。何かが起きている可能性はある」


受付の青年は少し考え込んだ後、静かに口を開いた。


「……セリーナに会ってみるか?」


「セリーナ?」


「この街で最もダンジョンの知識を持つ魔術師だ。彼女なら何か分かるかもしれない」


俺は少し考えた後、頷いた。


「分かった。紹介してくれ」


それを聞いた青年は俺をカウンターから連れ出した。



そしてギルドの奥の一室へ案内される。


部屋の中には、書物が山積みになっており、ほのかに香るインクと紙の匂い。そして——


「……ようこそ、レクト」


優雅な声が響く。


視線を上げると、そこにいたのは、長い黒髪をかき上げながら、俺を見つめる女だった。


セリーナ——異様なまでに美しい。


透き通るような白い肌、深紅の瞳。胸元がわずかにはだけた服が、上品さの中に妖艶な雰囲気を微かに漂わせる。


「……なんだ?」


セリーナが微笑む。その仕草すら、男を惹きつける動きだった。


俺は、無意識に喉を鳴らした。


(……これは、まずい)


昨日、ガルヴァンを見て覚えた異様な感覚とは違う。


前世の俺は、仕事一筋で、性欲なんてほとんど意識したことがなかった。


だが、今——


この女を見て、明確に昂ぶるものを感じた。


(……いや、待て。これは普通だろ?)


男が女に惹かれるのは、ごく自然なこと。


つまり、俺はまだ“ノーマル”の可能性がある。


——安堵した。


セリーナはそんな俺の様子を見て、くすりと笑った。


「何をそんなに固くなっているの? さあ、座って」


俺はぎこちなく椅子に腰を下ろした。


異世界に転生して初めて、本能的に女を意識した。


そして同時に、この身体が“普通ではない”ということも、改めて実感し始めていた——。





セリーナは俺の向かいで優雅に脚を組み、微笑んでいた。


まるで古い絵画の中から抜け出してきたかのような姿。白磁のような肌に、漆黒の髪が流れ落ちる。整えられた指が、紅の唇に添えられる仕草すら、一つの美しい物語のようだった。


「ふぅん……あなた、随分と面白いことを経験してきたのね?」


彼女の能力なのか、何かを感じ取った様子だ。

机の上の本をパタンと閉じ、セリーナは俺を覗き込む。


「それにしても……ミノタウロスがマグマ層にねぇ……。それは確かに興味深いわ」


彼女の指が俺の肩に触れる。指先がひんやりしていて、妙に心地いい。


(近い……)


淡く香るハーブの匂いが鼻腔をくすぐる。まるで深い森の奥で見つけた、妖しく咲く花に顔を寄せたような錯覚。


「で? あなた、これからどうするつもり?」


「……とりあえず、もう一度ダンジョンを調べるつもりだ。もちろんソロでな」


俺がそう言うと、セリーナは目を丸くした後、ゆっくりと唇の端を吊り上げた。


「……ふぅん、ソロねぇ……?」


まるで猫が獲物を見つけた時のような目。


「ねぇ、レクト。あなた、ずっと一人でダンジョンを攻略するつもり?」


「そういうわけじゃない。ただ……」


俺は言葉を詰まらせた。


異常肉体アブノーマルフィジカル”——自分の力が暴走する危険がある。


だからこそ、誰も巻き込みたくない。


「それは困るのよね」


「……は?」


セリーナはいたずらっぽく微笑み、俺の腕にそっと手を添えた。


「ほら、魔法って知識だけじゃないのよ。実際の観察と実験が大切なの。それに……あなたの力、興味深いじゃない?」


彼女の指が、俺の手を軽くなぞる。


「あなたの戦闘、ちゃんとこの目で見ておきたいわ」


俺は喉を鳴らす。


(……試されてる?)


彼女の声は甘く、それでいて鋭い。まるで極上のワインに混じった微量の毒のようだった。


「それに……」


セリーナは俺の目をじっと見つめる。ゆっくりと、体を俺のほうへ傾ける。


「あなた、本当に一人で行く気?」


その瞳の奥に、一瞬、何かが宿った。


それは——好奇心? それとも……。


いや、違う。


彼女は何かを感じ取っている。


「……俺の何がそんなに気になるんだ?」


「さぁ? でもね、あなたの“流れ”って、普通じゃないのよ」


俺は息を呑む。


流れ?


魔力の流れのことか?


「どういう意味だ?」


「私にも分からないわ。ただ……普通の戦士とは違う“動き”をしている。まるで、魔力が意識とは別の流れで脈打ってるような……」


セリーナの指が、俺の手首を軽くなぞる。


(……俺の異常肉体のせいか?)


この身体の秘密を知られるわけにはいかない。


「……くそ、こういうのに弱いのは分かってるんだよ」


彼女の視線に射抜かれた俺は、たまらず目を逸らした。


「……はぁ、分かったよ」


「ふふっ、素直でよろしい♡」


勝負は最初から決まっていたのだ。


俺は自分の判断を後悔しながらも、セリーナの手に引かれ、再びダンジョンへ向かうことになった——。








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