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花霞

作者: 人格破綻者

◯◯を君に


最近やたらと咳が出る

風邪の引き始めかと市販薬を飲んでいるがどうにも効いているようにも思えない

不思議と仕事に熱中していると出ないので接客業の自分としては安堵している

ただこの咳が続く限り友人と会うのは無理そうだ

ただでさえも激務な彼女に移すわけにはいかない

そうして愛しい友人に想いを馳せていたときまた咳き込んだ

今回は中々強烈らしく全く引かないどころが何かが引っかかったような感覚さえある

まずいかと思って流しに駆け込む

無意識にその引っ掛かりを取りたくてえずいたところ口から見慣れている物が一輪、飛び出してきた


「は?」


有り得ない光景に思わず間抜けな声を出して出てきた物を見る

束の間また咳き込んで今度は一輪どころじゃない量の物が口から飛び出してきた

ある程度吐き出した後、驚きで呆然と自分の口から出てきた物を眺める


出てきた物は毎日俺が売り捌いてる目にも鮮やかな花達だった


しばらくただ出てきた花を見ていた

花吐き病という病が最近あるらしい

そんなことを彼女が以前会ったときに言っていたのを思い出した

思い出しはしたが俄には信じられなかった


これが現実なのか

現実だとしたら自分の体はどこで花を仕入れたのか

金も払わず花を仕入れるなんて花屋を馬鹿にしているのか

現実逃避気味にそんなことを考えながら俺はスマホで花吐き病を調べてみた


電子の海には眉唾そうな話も沢山あった

曰く恋を拗らせるとかかる病だの

曰く恋焦がれる相手を想うと症状が出るだの

曰く相手への想いの丈が募れば募るほど酷くなるだの

曰く出てきた花の花言葉は想い人へのメッセージだの

まあ花吐き病なんてファンタジーな病自体眉唾な話の筆頭であろう

とりあえず先ほど吐き出した花を思い出し、調べた全てに心当たりがあり、頭も痛みだしてきた


花吐き病はまだ珍しい病で診てくれる病院は近場にはほとんどなかった

見つけたのは新幹線で2時間の所にある病院

こんな訳のわからない病に治療法があるのか

ネットにはまだ効果的な治療法はないとあった

新幹線で2時間かけて治療法はありませんでは無駄足だ

そう思いまずは電話で詳しく聞いてみる事にした

電話口に出た医療事務員なのか看護師なのかは慣れているのか花吐き病について教えてくれた

まず病院での治療法はないこと

ただし症状を軽減させる薬はあるとのこと

けれどそれも完治させるわけではないので時間稼ぎにしかならないとのこと

花吐き病を治す為には想い人へ想いを告げて結ばれなければいけない

そう淡々と説明してくれた

冷静に説明してくれたお陰でいつの間にか俺も落ち着けた

礼を述べた俺へ早めの対処を勧められ、お大事にの言葉と共に電話は切れた


早めの対処という言葉がやけに耳に残っていた

司法解剖医である彼女が知っていたということは早めに対処をしないと彼女のお世話になる可能性もあるのだろう


「…どうしようかな」


普通なら命と恋を天秤にかけたら想いを告げるのだろう

けれど俺は迷っていた




俺と彼女の付き合いは長い

学生時代からの付き合いで彼女のことは綺麗な人だと気になっていた

あの頃の俺は八方美人で優柔不断の事勿れ主義だった

みんなにいい顔をしてその場の流れに逆らわずたんぽぼの綿毛のようにただ漂うだけの生き物だった

俺が彼女を明確に意識したのは学校で、俺の周りにいた人間がたちの悪い冗談とも言えない言葉を吐いたときだ

俺は嫌悪感を覚えながらもいつものように飲み込んで周りと一緒にへらへらしていた


「何笑ってんの」


クラスには既にカーストが出来ていて上位陣である自分達に物申す人間がいるとは誰も想像していなかったのだろう

彼女のひとことでその場は静まり返った

嫌な緊張感が漂う中、彼女は尚も言葉を続けた


「人をこき下ろすしか出来ない教養の無さを大声で喧伝して何が楽しいの。あとあんた達うるさい。動物園じゃないんだから少しは静かに出来ないの?」


そう淡々と学年一の美女に詰め寄られた友人は蚊の鳴くような声で謝罪していた

美人の不愉快そうな顔は凄く怖かった

それからの彼女の影のあだ名は氷の女王様になった


彼女は少し浮いた存在だった

学年主席の才女で整った容姿の彼女のことはほとんどの人が知っていた

けれど彼女は誰から声をかけられてもにこりともせず淡々と応答し、常に1人で本を読んでいた

誰ともつるまず、いつも変わらず、1人だけ隔絶された空間にいる彼女

そんな彼女を俺はケースに丁寧に仕舞われているプリザーブドフラワーのようだと思った


そんなずっと触れてはいけない存在だと思っていた彼女が自らケースから出てきた瞬間、俺は恋に落ちた

あの気高く咲き誇る美しい花をずっと横で眺めていたい

そう思った


それからは毎日ひたすらに彼女に声をかけ続けた

最初は迷惑だと何度か言われた

なので迷惑ではないタイミングで話してほしいと懇願した

そうしてガンガン距離を詰めていった


根負けした彼女が少しずつ俺を許容してくれて、そうしていつの間にか2人でいるのが当たり前になった


けれど彼女は恋だとか愛だとかには興味がなかった

周りにそれらが溢れているのは知っていたが、自分がそれらをするのは嫌だと言っていた

それならそれでしょうがないと俺は思った

このまま、ただずっと近くにいられればいいと


けれどそれも、もう出来そうにないらしい


俺が死ぬか彼女との友情を破綻させるか


俺が彼女と結ばれる

その可能性も少しは考えた

彼女が俺をどう思っているか

もし俺に少しでも好意があったとしてもなかったとしても上手くはいかないだろう


もし彼女が俺に好意を持っていてくれた場合、俺が花吐き病になった時点で治す為に想いを告げる

それがもう最悪だ

死にたくなかったから想いを告げた

きっとその考えがお互いの根底にしこりとしてこびり付いて離れなくなる

そんな状態でうまくいくとは思えない



もし好意がなかった場合

俺が花吐き病を治す為に彼女に愛を告げれば、彼女はきっと受け入れてくれる

その程度の信頼関係は皮肉にもある

けれどそんな関係を続けて彼女を縛り付けて、俺が好きな彼女が変わってしまうのが怖い

彼女の強さ、弱さ、優しさ、そういった人間らしい部分もこれだけ長い間一緒にいればそれなりに知っている

それも含めて彼女を愛しく思う

だからこそ、この関係を無理に変えて愛しい彼女が変わってしまうのが嫌だ


変わってしまった彼女がまた美しい花を咲かせるかもしれない

けれどもしそうでなかったら

俺は俺の手で美しい彼女という花を手折ってしまう事が耐えられない


それならばいっそ何も告げずに死ぬか振られた方がマシだ


ただもし振られた場合正気を保てる気がしない

正直重いと思う

けれどどうしようもないのだ

元々俺は世の中への興味が薄かった

だから誰にでも良い顔をした八方美人だったし、興味がなくてどうでも良いから優柔不断だった

好悪の感情は多少あれどそれに対しての温度は低かったのだ


そんな俺が初めて興味を持ち、惚れたのが彼女だ

知れば知るほど好きになったし彼女以外の女性には一切何の感情も持てなかった

異常なのは分かっている

けれどもどうしようもできないのだ

特別を知ってしまったらもう色の無い世界には戻れない


もし振られて距離を取られたら死んだ方がマシだ

それならばこのまま彼女への感情に押し潰されて死ぬ方がマシではないだろうか?

死ぬのはそれなりに怖い

けど彼女への気持ちに溺れ死ぬ

それはそんなに悪くない選択肢に思えた


そうと決まれば終活をしなければ

やっと持てた店を手放すのは少し寂しいがそれも彼女への思いと天秤に掛ければあっさり傾く

身の回りの物の整理をしていく中で、相も変わらずどこから仕入れているのか不明な花を口から吐き出す

無限に湧く花に花屋の商売上がったりだなと思いながらも、自分の口から吐き出した花は売りたくないと思った


そうして吐き出された花はネットで調べた通り花言葉がそのとき思い浮かべていた愛しい人への感情の発露のようだった

山のような花達の花言葉を考えて流石に重過ぎるとも思うのだが彼女は花言葉なんて知らないから気づかれずに終わるのかとぼんやりと思った

もし彼女が気づかないのならば、重くとも醜くとも最期にありったけの思いを自分に詰めて死にたい

以前チラリと考えた彼女への思いに溺れ死ぬという選択肢が現実味を帯びてきた


そうと決まればなんの花を仕込むか

最期に飛び切りのラブレターを仕込んでやると不謹慎にもわくわくしたが、死ぬのは自分なのだからまあいいかと思い直した

きっと吐き出さず飲み込み、詰まるほどの花で窒息死するというのは想像に絶するほど苦しいのだろう

けれどもずっと抑えてきた彼女への想いをもう隠さなくても良いという開放感と、彼女に贈る最後の言葉が花になるというのが余りにも自分らしくて嬉しいのだ

それだけで死への恐怖も苦しみも乗り越えられると思った


願わくば僕の死体が彼女のところに運ばれたら、きっと彼女は僕のために動揺して多少は泣いてくれるかと期待したい

気高く美しく咲き誇るあの花に変わってほしくはないけれど、美しさを保ったまま一生消えぬ傷が残るのならばそれはそれでまた美しい作品に変わるのではないか

その様を確認出来ないのは残念だが、僕という存在でそれが成るのであれば本望だ


そうしてあまり健全ではない前向きさで彼女へのラブレターの花を選んで行く

そのときの思いや感情が花として吐き出されるのなら、花屋の自分にとっては意識して思い通りの花を出す事など朝飯前だと花を吐きながらほくそ笑む



身辺整理もあらかた終わったので今日発作が来たら俺は死ぬ

流石に少し緊張する


最後に彼女の声を聞きたいと思ったけど決心が鈍りそうだからやめた

そうして彼女への最後のラブレターを仕込むべく彼女の事を思い浮かべる

そうすれば最近お決まりの発作が来た

苦しい

けれどこれが彼女への気持ちの表れだとするなら誰の目にも触れさせたくない


吐き出されない花でえずきそうになり、咄嗟に手で口を覆う


それでも自然現象で吐き出しそうになるのをクッションに顔面を付けて耐える

吐き出さなければ、俺の体の中が彼女への気持ちでいっぱいになる

それは俺にとって何よりも幸福で

薄れゆく意識の中で甘美な毒のようだと思った

これは俺の最大級のエゴだ


エゴの花束を君に

激重拗らせ男を書きたかったのに単なるエゴイストになった

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― 新着の感想 ―
雨霞→花霞→雨霞→花霞と往復して読みました。花たちの愛言葉は彼女への想いだとは気付いてもらえなかったけれど、花の意味を調べてもらえて言葉を届けられたことは、彼にとってはそれだけで嬉しいことだったのかな…
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