エピローグ(完結)
これで最後の投稿となります。最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
「あーあー」
「あら、『ママ』って言ったわ」
「いや、今のは『パパ』だ」
不毛な言い争いをする二人を、シェリルは、微笑ましく見ていた。
昨晩遅く、ムーンが産気づき、出産したのは明け方だった。難産ではなかったが、部屋の外で待機させられたランバルトの声が煩くて、ムーンがなかなか息むことが出来なかったのだ。 しかし、頭が出てからは、スルリと外に出て産声を上げてくれた。黒竜と月の女神の愛し子の最初の子供は、真っ白な肌と真っ黒な髪を持ち、生まれながらに大きく目を瞬く珠のような女の子だった。
半分黒竜の血を引くせいか、既に首はすわり、周囲の気配を興味津々に伺っている。
「産まれたばかりですよ。言葉を話せるわけ、ないじゃないですか」
シェリルの正論に、
「まぁまぁ、それくらい嬉しいってことだよ」
ハーブティーを淹れて戻ってきたグレイが、合いの手を入れる。
「シェリルだって、直ぐ同じ気持ちになるわよ」
ムーンは、自愛に満ちた微笑みを浮かべながら、我が子の髪を優しく撫でてやった。クルクルと目を周囲に向けていた赤ん坊の視線が、母親に注がれる。
「それで、お名前は決まったのですか?」
シェリルの問いかけに、ムーンの口角がゆっくりと上がる。
「ルミエール。『ママ』と同じ名前よ」
途端に、シェリルの目から涙がこぼれ落ちた。
『ルル』
幼い頃、他の人がいない時に愛称で呼びかけると、輝くような笑顔で振り返ってくれたお嬢様。シェリルの中では、若くして命を落とした『ルミエールお嬢様』への無念の気持ちがずっと燻っていた。
もし、もっと早く、見つけ出せれていれば。
もし、あんな男と結婚していなければ。
防ぎようの無かったことを後悔するシェリルの心が、今、やっと晴れた気がした。
「あ、ありがとうございます」
「シェリルの為に付けた名前じゃないもの。私が、付けたかったの。ずっと、『ママ』って呼んでたでしょ?だから、これからは、一杯名前で呼んであげたかったの。娘の名を呼ぶたびに、ママの名前も呼べるって素敵だもの」
我が子を胸に抱いた瞬間、ムーンは、『ママ』の愛を深く感じた。そして、幼い我が子を残して死なねばならなかった無念も。
「ルル、ママが貴女を世界一幸せな子にしてあげるからね!」
ルミエールは、まるで母親の言葉が分かっているかのように声を上げてキャッキャと喜んだ。
『黒竜騒乱』から六十年の年月が流れた。あの時、一度力を失った国々が徐々に力を取り戻し、再び小競り合いを始めている。
平民達は、困った事が起きると、よく『草の根の守護神グレイ』の話をした。
『彼が、居てくれたなら』
そう言いながらも、庶民達は力を合わせて、力強く生きていた。たとえグレイが生きていたとしても、七十歳を超えている。それよりも、彼の冒険譚を聞いて育った多くの子供達は、彼のようになりたいと、切磋琢磨して育ったのだ。権力を振りかざす貴族に対し、頭を使い体を鍛え対抗している。
それでも、時々、どうにもならない時がある。そんな時、グレイとよく似た壮年の男がフラリと現れ解決した……と言う話が実しやかに語られた。絵本や小説にもなり、人気を博している。
そんな中に、グレイと並んで、人気の登場人物が現れた。人々は、彼女を『女神』と呼ぶ。
『草の根の守護神グレイ〜女神降臨編 第47ページより抜粋』
草の根の守護神グレイが、黒竜に乗って現れた。その傍らには、銀髪の女神が寄り添っている。
「片付けてくる。お前は、ここにいろ」
女神を残し空から飛び降りたグレイが、双剣を羽のように広げ単身で切り込もうとした。
それを見た女神は、自分ばかり死地に飛び込む彼に怒り、
『天罰』
と一言叫んだ。
すると、地上に居たもの全てが膝を地につき、立ち上がることすら出来なくなった。
「何度言ったら分かるの!そこに座りなさい!」
女神の逆鱗は、グレイをも黙らせた。
「「「『ママ』、怖いねー」」」
「もぉ、ラン、またルル達に、それを読んでるの?」
「ははははは、ルル、リア、ライ、分かっただろ?ママは、怒らせたら怖いから、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」
第四子がお腹に出来たことから、娘達をなかなか抱っこしてあげられないムーン。その代わりに、ランバルトが今まで以上に子供達を可愛がっている。
子供達は、パパとママが登場する『草の根の守護神グレイ〜女神降臨編』の絵本が大好きだ。暇があるとランバルトにお願いして読み聞かせして貰っている。ランバルトは、よほどママよりママらしい。
「赤ちゃん、『ママ』こわいねー。でも、かぁいい(可愛い)よー」
末息子のライことラインハルトが、ムーンのお腹に手を置いて撫でてくれた。お腹の中の妹か弟に、ママの事を語りかけているようだ。
「あら、ライ、ありがとう。ライも、本当に可愛いわ」
ヨシヨシと頭を撫でると、満足したのか、家の外へと走り出ていった。今、庭では、グレイが自分の息子シネレウスに剣の手ほどきをしている。自分より五つ年上の彼をラインハルトは、兄のように慕っている。
「お稽古の邪魔をしないようにね」
ムーンの言葉に、
「あーい」
と元気よく返事をするが、聞いているのかいないのか。天真爛漫さは、母ゆずりだ。
「ムーン、そろそろ休んで」
「さっき起きたばかりよ」
「しかし、臨月だ。無理せずに、座っておけ」
妻への溺愛は、年々重くなり、もう一歩歩くだけでも大騒動だ。
「また、やってる」
長女のルミエールは、シェリルと馬が合うのか、小さい頃から後ろ追っており、今ではミニシェリルと言って良い程お世話好きだ。十二歳になった今は、妹と弟の世話を焼くことに命を燃やしている。
「リアンヌ、口にケチャップが付いてるわ」
食べるのが大好きな次女のリアンヌが何か食べる度に、ルミエールは、ハンカチ片手に横に座る。
「もぉ、おねぇちゃん、やめてぇ〜」
口をフキフキされ、まだまだ食べたいリアンヌは、食事を中断されて怒っている。
とは言え、持って生まれたおっとりさで、嫌がっているように見えず、結局ルミエールの手が止まることはない。
「本当に、三者三様ですね。四人目が楽しみですわ」
お茶を飲みながら、我が家のように寛いでいるシェリルは、幸せ家族を眺めて幸せに浸っている。彼女のお腹にも、第二子がいるため、二人一緒にランバルトに監視されている。
「ムーンもシェリルも、妊娠中くらい、ゆっくり休めばいいだろう!夕飯は、シチューだ!」
エプロン姿のランバルトは、半分キレながら台所に戻っていった。なかなか言うことを聞かず、好きあらば赤子の服を縫ったりする女性陣に少々お怒りなのだ。
「あんなに怒らなくても良いのに」
「まぁまぁ、ランバルト様は、とても良い『ママ』であり『パパ』ですよ」
大きな後ろ姿を眺め、妊婦二人は、クスクスと笑った。
おわり
年末から年始まで、お楽しみいただけたでしょうか?今年も頑張れーと思っていただけた方は、もしよろしければ、評価をお願いいたします。