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第一話

短編版とは少し内容が違いますので、ご了承下さい。


 ロイスハルク王国にある『呪われた森』と呼ばれる禁足地に、一人の少女が住んでいた。


「ふぁあぁ」


 その少女は、寝起きなのか目を擦りながら、モゾモゾ立ち上がる。


ガタゴトガタゴト


 そして、木箱を窓の近くまで持っていくと、上に乗って外を眺めた。


「おぉ、はりぇ〜(おぉ、晴れ)」


 朝日が、鬱蒼と茂る木々の間から垣間見えた。今日も一日、良い天気になりそうだ。


 ピョンと飛び降りると、今度は小さな椅子を持ってきて、木箱を机の代わりにした。左手には鏡面が半分割れた手鏡、右手には歯の欠けた櫛を持ち、腰まで伸びた銀髪を梳く。


「あいちぇちぇちぇ(アイテテテテテ)」


 絡まった髪を無理矢理梳いた為、毛がブチブチっと切れた。枝毛でアホ毛が沢山出来ているが、曇った鏡には映っていないから気にしない。


 本当は短くしたいのだが、切りたくてもハサミがない。とうとう腰よりも長くなってしまったので、今のところ布を割いて作った紐で結んでいる。

 一応、女の子なので、日によって色を変えたりもするが、見栄えはさして変わらない。しかも、しょっちゅう緩むので、もう、結んでも結ばなくても同じ状態だった。

 彼女の宝物は、ママがくれた首飾りだ。小さな赤い石がついていて、キラキラ輝いている。いつも人肌の温かさを保ち、まるで生きているようだ。


「ムー、かぁいぃねぇ(ムー、可愛いね)」


 『ママ』の口癖を真似て自分を褒め、ヨシヨシと頭を撫でた。ほんの少し、心が暖かくなった。


 ムーは、謎の多い子供だった。


 子供なのに、大人用のワンピースの裾を破って、無理矢理丈だけを合わせて着ていた。その布地は、かなり古く所々破れている。どうやら、元々は、上質な絹のようだ。水洗いしたことで、縮み、毛羽立ち、破れやすくなっているのだろう。清潔ではあるが、服としての形を保っていられるのも、そう長くはなさそうだ。


 ママは、ニ年前に眠りについてから、起きなくなってしまった。ムーが四歳の時だった。ペシペシと頬を何度叩いても目を開けない。『死』という概念は持っていなかったが、多分、もう二度と起き上がらないのだろうと諦めた。


 流石に幼いムーは、ママの体をベッドから動かすことが出来なかった。だから、ベッドに横たわったままになっている。

 とても不思議なのは、その体が腐ることなく保たれていることだ。


「ママ、きれーきれーよぉ(ママ、綺麗、綺麗よ)」


 ムーは、時々花を摘んでは、体の周りに飾ってあげている。弔いの花ではなく、ただ、日々の潤いをママにあげたかったから。純粋な気持ちが伝わったのか、幾分ママの表情が柔らかくなったように見えた。

 

「よいちょよいちょ」


 ムーは、床に転がった毛布を畳んだ。夜は、コレに包まり、隙間風を避けベッドの下に転がる。

 ママが生きていた頃は、一緒にベッドに潜り込み、抱き合って寝ていた。残念ながら、今は、一人で寝たほうが温かいと知ってしまった。

 

 父は、生まれた時から居なかった。だから、父という存在が、この世にいることすら知らない。いや、自分とママ以外に、人間がいることも知らない。

 

 それ故か、他の場所へ人間を探しに行くこともなく、この場所で、普段と変わらぬ生活をしている。

 もし、他の人間の存在を知っていたら、助けを求めただろうか?答えは、否。彼女は、一人で立派に生きていた。


 今日も、朝から固くなったパンを塩気の薄いスープに付けて食べる。

 このパンは、ママの死後食料を求めて森を彷徨っているときに偶然見つけたものだった。そびえ立つ大きな岩の前に、4つきれいに並んでいたのだ。その後、毎日通うと7日に一度同じように4つのパンを見つけることができた。

 途中から、それが7個に増えた。その理由は、全くわからないが、木の実やキノコと同じ様に生えたのかと勝手に理解し、有り難く頂戴している。


 ムーは知らなかったが、実は、この『呪われた森』には4つの入り口があり、各所に、見上げるほどの大きな岩が存在している。それには、無数の古代文字が刻まれており、人々からは『結界石』と呼ばれていた。『呪われた森』から『何か』が出られないようにする為の護符のような役割を果たしており、信仰の対象となっている。ムーが見つけたのは、人里から一番離れた東に位置する結界石だった。


 そんなこととは露知らず、7日に一度の楽しみとして、ムーの生活の一部に組み込まれている。そう、ムーは、立派なお供物泥棒だった。




 朝食が終わると木製の食器を片付けて、扉を開けて、そーっと外を覗く。勢いよく開けると、たまに不都合な事が起きるのだ。今日は、何事もなく開いた。


 このドアに、鍵は無い。だって、ここに住んでいる人間は、ムーだけだから。

 畑には、子供が育てたとは思えないほどの大きくて立派な野菜がなっていた。いや、立派と言うより異様な大きさだ。トマトもレタスも、通常の三倍くらいある。


 そんな摩訶不思議な野菜が、ここでしか栽培できない理由は、朝から勢いよく扉を開けられないことにも関係している。ムーが、雨水を貯めておいた瓶から水を汲み出していると、地面の中から、ニョロニョロと細長い何かが沢山出てきた。


 その名は、ワームワーム。見た目はミミズに似ているが、大きさは、蛇と同じくらいある。魔物の一種で、大量発生しては田畑を壊滅させる為、人々に忌み嫌われていた。


 だが、実際は畑の土をフカフカに耕す上に、彼らの分泌液には『何でも大きく育ててしまう』という特殊な力が秘められている。

 そのお陰で、高い木に囲まれ、陽の光が届きにくいこの場所でも、超巨大野菜が育つのだ。


 知能があるか無いかで魔族と魔物を分けるのだが、ムーに慣れ親しむワームワームは、魔族に近い進化を遂げているのかもしれない。

 今日も、何十匹ものワームワームがムーの周りに集まり、クネクネと嬉しそうに体をくねらせている。


「おあよー(おはよう)」


 ムーは、朗らかに挨拶をした。この子達は、人間の言葉は喋れなくても、彼女の言いたいことをちゃんと理解してくれる。たった一人で生きていかねばならないムーの、ペット兼お友達のような存在だ。

 彼女の進行方向を空け、後ろから付いてくる様は、カルガモの親子のようにも見える。ツルンとした肌触りが気持ちよくて、ムーは、よくヨシヨシと撫でてやった。

 少々困るのは、ムーの家に入ろうと彼らがドアの前にうず高く積み上がった時だ。ドアを思い切り開けてしまうと、柔らかな彼らの体は、いとも簡単に分断されてしまう。


 だから、毎朝、そーっと、そーっとドアを開けるのだ。まぁ、分断されたからと言って、数が増えるだけで死にはしなかったりするのだが、これ以上数を増やされては、たまらない。

 だって、今でも、ムーにまとわり付いた彼らは、体をよじ登り、ムーの目以外を覆い尽くしているのだから。


「もー!ムー、やっ!(もぅ、ムー、嫌っ!)」


 ムーが体を震わして怒りの雄叫びを上げると、ワームワームは、慌てて逃げ出した。彼らは、彼らで、ムーに嫌われたくないのだ。近くの木によじ登ると、枝にぶら下がってムーの様子をうかがっている。


「おこっちぇなーよ(怒こってないよ)」


 ユラユラと風に揺れるワームワームの群れは、ムーのご機嫌取ろうとしてるようだ。全員が、揃って左右に動く様に、ムーも思わず笑顔になる。


 畑はワームワームが耕してくれたので意外に広く、水撒きにも、かなりの時間を要する。正直、こんなに沢山野菜を育てても、一人では食べ切れないのになとムーは思っている。

 軒下には、三匹の細長い魚が干物になって干されていた。昨日、川に仕掛けておいた罠に掛かっていた奴だ。ユラユラ揺れる姿は、ちょっとワームワームに似ている。形が似ているなら、どっちも食べられそうだが、ママから、


『図鑑に載っている魔物は、食べてはいけませんよ』


と言われたので、忠実に守っている。

 

 このように、罠を仕掛けたり薬草や果物を採取したり、食料調達は忙しい。特に、野菜や果物以外の食材は、とても貴重だ。魚が取れたのも久しぶりで、嬉しさのあまり、暫く小躍りした。ムーは、良く踊る、明るい子である。


 ママは、一生懸命ムーの為に食べ物を取ったり、畑を作ったりしてくれたが、多分、今のムーの方が千倍上手にやれている。罠の作り方を教えてくれたのはママだが、改良して捕獲率を上げたのはムーだった。物心ついた頃から、この生活しか知らないムーは、完全に適応し、今に至る。


「うぅあ〜、ちょちょ〜」


 青空の下、一匹の蝶がムーの眼の前をフワフワと飛んでいった。嬉しくなってピョンピョン飛び跳ね後ろを付いて行く。残念ながら、会話をする相手が居ない為、彼女の言葉は拙いままだ。本来ならば、公爵令嬢として優雅な生活を送れたというのに…。



 

 彼女の父ダーク・シルバーは、凄腕と称される魔導士で、夜会に出れば、初々しい令嬢は元より、既婚者の奥様までが熱い視線を送るほどのモテ男だった。

 しかし、実家である伯爵家は、兄が跡目を継いでいた為、貴族で居続ける為には、婿入り先を探す必要があった。そこに、王命での婚姻が降ってわいた。しかも、それは、ロイスハルク王国でも一二を争う名家、シルバー公爵家だ。たとえ花嫁が自分の半分しか年齢がなくともかまわない。

 

「ありがたき幸せ」


 恋人がいたにも関わらず、ダークは、この話に飛びついた。何せ、この婚姻を成功させれば、幼い頃から威張り散らしていた兄より位が高くなるからだ。


『いつか、お前を公爵夫人にしてやる』


 その言葉で、恋人を黙らせ、愛人にした。元々彼女は、貴族ではない。王都でも有名な劇場の看板女優。色気があり、男達は一目見たら焦がれずにはいられないグラマラスな体をしていた。


『その約束、忘れたら承知しないんだから』


 クネクネと媚びる女は、捨てられずに関係が続けられる上、お貴族様にまでなれるとあって内心喜んでいた。嫉妬など湧きもしない。なにせ相手は、十三歳だ。



 そんな経緯だったため、ダークは、幼妻には、最初から全く興味がなかった。


「ふん、顔はいいが、アレでは女とは言えないな」


 愛人とベッドに転がりながら、新婦を思い出し、吐き捨てるように呟く。ダークは、華奢で清楚な少女より、豊満で魅惑的な女が好きだった。その点、愛人は、むしゃぶりつきたくなるような肉付きの良い体を持っていた。

 

「そんなことより、ね。お子ちゃまとは出来ない、いいことしましょ」


 元々この婚姻に不満だった公爵家は、新婦が十六歳になるまではベッドを共にしないことを条件にだした。ゴリ押しした王家へのせめてもの反抗である。 

 愛人は、この機を逃すまいと、子が出来易い時期に、ダークを寝室に誘った。そうして、新婚にも関わらずダークは、愛人の思惑通り息子をもうけてしまう。

 しかし、彼は、悪びれる風もなく、


『コイツは、公爵家の跡取り息子だな』


と、満更でもない笑みを浮かべた。人として、壊滅的に何かを持っていない人間なのだろう。魔力が生まれながらに人の十倍あることで、チヤホヤされ過ぎた弊害かもしれない。


 ダークの婿入り後、それまで元気だった公爵夫妻が徐々に体調を崩し始めた。最初は、風邪を引きやすくなった程度。

 しかし、気がつくとベッドから立ち上がれなくなり、四年後に二人揃って天に召された。そこからは、ダークのやりたい放題だった。


 シルバー公爵家の領地にある『呪われた森』は、昼間でも薄暗く、瘴気が立ち込めていた。普通の人間なら、魔物や凶暴化した獣に食われて一貫の終わりだろう。

 しかし、この国随一の魔導師であるダークなら、話は別だ。誰にも破れぬ、そして出ることもかなわない小さな結界を張り、森の中に妻と乳飲み子を隔離する為の小屋を作った。


「ダーク様、お願いです、置いていかないで!」


 泣いて慈悲を請う妻を、ダークは、憎々しげに睨んだ。さっさと殺してしまえれば、どれだけ楽だったか。

 しかし、彼にはどうしても彼女を殺せない理由があった。

 

 「お前の親みたいに殺せれば楽だったがな。まぁ、食料くらいは、時々届けてやるさ」


 ムーの『ママ』は、こんな彼を愛したことなど一度もなかった。子が出来たのも、十六歳になったその日に一度だけ彼が寝室に来たからだ。

 ただ、両親を病死に見せかけて殺した男の子供だと分かっても、ムーを愛さずにはいられなかった。


 そんな『ママ』が、愛しい我が子を置いていかねばならぬと気付いた時、ずっと首にかけていたネックレスを娘に託した。


『絶対外しては、駄目よ』


 だから、ずっと外さず、小さな赤い石は、ムーの胸で今日も輝いていた。





  ある晴れた日、ムーは、いつもと変わらず、ワームワームに応援されながら畑に水を撒いていた。トマトも熟れ頃で、真っ赤に染まっている。


 しかし、今日は、何かが違った。


 突然、ワームワームが何かに怯えたようにブルブル体を震わせ、木からボトボト落ちてきた。次瞬間、頭上でボブンと音がして、



ヒューーーーーーン


ドォーン



 ムーの荒屋に、巨大な何かが落ちた。プスプスと肉が燃える音。目が開けられないほど赤く輝く丸い塊が、グシャっと潰れた荒屋のど真ん中で燻っている。


「ムーのイェーー!(ムーの家)」


 我が家を壊され、ムーは、驚きと怒りで走り出そうとした。

 しかし、ワームワームに、周りを取り囲まれ身動きが取れない。


「ムーの!ムーの!」


 地団駄を踏むムーに数匹のワームワームは踏みつけられ、二匹が四匹、四匹が八匹に増えた。ムーの足から逃れるように、数匹の偵察隊が落下物に近寄った。


シューシュー


 地面に半分埋まってしまっていたソレは、短い息を繰り返しており、背中から生える大きな羽も、あらぬ方向に折れ曲がっていた。ドクドクと流れ出る鮮血は止まる気配がなく、血溜まりが大きな水溜りのようになっている。

 命の火も燃え尽きる寸前なのか、どんどんと呼吸音も小さくなっていった。

 

「あにゃた、だーれ?(貴方、誰?)」


 冷静さを取り戻したムーが、倒れる巨体の瞳を覗き込んだ。金色の眼球に黒い縦の瞳孔は、もう光を失いつつある。ムーは、この生き物を絵本で見たことがあった。


「あにゃた、りゅーにゃの(貴方、竜なの)?」


 ムーの問いかけに、まぶたを閉じ始めたソレが微かに目を開けた。




「黒竜が、落ちたぞ!」

「場所は?」

「ロイスハルク王国の『呪われた森』です」

「くそ!運がいいのか、悪いのか…」


 筒型の遠眼鏡を使用し、黒竜の落下先を確認していた監視官と指揮官は、二人揃って頭を抱えた。自分達の指示で撃ち落とした結果が、これだ。文字通り首を切られる可能性すらある。なにせ、黒竜は、永遠の命を得られる妙薬と言い伝えられているのだから。

 

 彼らは、撃ち落とした成果を強調しつつ、『呪われた森』への進軍を上訴した。この時点で、その戦いの先頭に立たされるのは、自分達なのだと覚悟している。なにせ、ブルワルドー王国は、他国に比べても階級意識が根強く、兵士達は、皆身分の低い者から最前線に立たされていた。平民出身の監視員と子爵家五男坊の指揮官なら、即首を切られても文句すら言えない。


 魔法主流の世界で、軍事力を技術力で極限まで上げてきたブルワルドー王国は、ロイスハルク王国の西側と国境を接する国だ。近年、技術開発が進み、巨大投石機すら過去の遺物とした。

 彼らは、遠距離を狙える大砲で、砲弾をぶちかます。小さな無数の鉄球を仕込んだそれは、着弾と共に分散し、敵の体に食い込むのだ。魔導師の張った結界も、完璧ではない。無数に降り注ぐ鉄球の雨に、ロイスハルク王国でも多数の死者が出ている。今まで押されてばかりの戦局を、大きく変えた大砲は、現在、ブルワルドー王国が最も力を入れる武器だった。


 黒竜発見は、単なる偶然だった。大砲の新型機をお披露目中に、周辺を監視していた兵士から、黒竜発見の報告が上がったのだ。竜種は、非常に敏感で、近くに寄れば気配に気づき逃げられる。しかも、飛行速度が早く、普段なら砲弾を詰める間に逃げられるだろう。

 しかし、御前披露をする直前で、既に砲弾は仕込まれた後だった。王も、情報を聞きつけ、


「撃ち落とせ!」


とツバを飛ばしながら叫んでいた。兵士達は、遠眼鏡で射程距離に入るまで監視し、察知されるギリギリの所で見事撃ち落とした。

 ここまでが、幸運。不運は、最後の力を振り絞り、長く低空飛行を続けた竜が、ロイスハルク王国の『呪われた森』へ落ちたことだった。魔物と瘴気で凶暴化した獣の巣窟であり、入ったら二度と出てこられない事で有名な場所だ。隣国のブルワルドー王国ですら、悪い子には、


『いい加減にしないと、呪われた森に捨てるぞ』


とお説教するくらいだ。心の奥底に染み付いた忌避感は、如何ともし難い。


「いや、考え方を変えよう。我々も手出しできない代わりに、他国も直には手出しできない。問題は、ロイスハルク王国だが…」

「それも、どうにかなるやもしれませぬ。最近、我が国との戦線に、あのダーク・シルバーが出撃していません。噂では、魔力枯渇とか」

「ふむ。噂の真偽は眉唾だが、先ずは、国境を破って、森を目指さなければ」


 黒竜の落下を目撃していた王は、報告書など読む前から、


「全軍、進軍じゃ!」 


と鼻息が荒い。永遠の命が手に入るとなれば、下っ端兵士の死など、取るに足らない些末なことなのだろう。既に、齢八十を超える彼は、壮年の息子に王座すら譲らぬ権力欲旺盛な男なのだ。


 しかし、今回ばかりは、反対意見は少なかった。ブルワルドーの研究者達も色めき立ったからだ。技術開発には、兎に角、金と時間がかかる。金は、どうにかなっても、時間は金では買えない。高度な研究になればなるほど、研究期間と寿命は、釣り合いがとれなくなっていく。


「戦局を有利にするため、大型武器ばかり開発してきたが、森の中での戦いとなると、小型武器も必要だな!」


 無駄に頭のいい奴らは、戦線に立たない分、人の生き死にに疎い。どうすれば、効率的に人を倒せるか考える事が楽しくなってきた。その武器が、自分の家族に向けられる可能性など考えもしない。


「なにせ、我々は、黒竜すら屠る武器を作り上げたのだからな!魔法など、恐るに足りぬ!」


 それから、彼らは、ありとあらゆる武器を開発していった。その技術が、他国の密偵により流出していることにも気づかずに。強すぎる武器は、時として己の首を掻き切る存在にもなる。それに彼らが気づくのは、もう少し先の話だ。 




 そして、ブルワルドー王国が撃ち落とした黒竜は、今、ムーの目の前にいる。


「あにゃた、りゅーにゃの(貴方、竜なの)?」


 頭元から聞こえた声に、竜は、重い目蓋を微かに開けた。霞む目に映ったのは、憎い人間と同じ形をした小さな生き物。しかし、彼女からは悪意や恐れが感じられず、頭が混乱する。

 

「ガル……ルルル」


 威嚇しようにも、声さえまともに出ない。子犬の吠声にも劣る小さな唸りは、喉を鳴らして甘えているようにすら聞こえる。天翔ける竜が、地上を這いずるゴミムシに殺されるなど屈辱でしかない。最後に一矢報いたいのに、もう、指先一つ動かすことは出来ず、不覚にも涙が出てきた。


 魔族の頂点に君臨し、生きとし生けるものの中で最強と言われる竜が瀕死の状態で眼の前に横たわっている。

 様子を窺いに近寄ったワームワーム達は、竜に警戒心なくトコトコと近づき顔を覗き込むムーを止めようと、全身に纏わりつく。


「やーの!(いやなの!)」


 ムーは、邪魔をするワームワームを一生懸命払い落したが、彼らは次から次へ体に登ってくる。よほど、ムーを心配しているのだろう。

 その間にも、竜の体に燻っていた赤い炎が消え、次第に黒に変わり、冷えた溶岩のように無惨な傷跡へと変わっていった。痛々しい姿に、ムーは、目を細め、口角をこれでもかと下げた。


「だーじょーぶー?(大丈夫?)」


 かなりブサイクな顔になってしまったが、最大限に心配を表している表情なのだ。ムーは、ワームワームをはたき落とす事を諦め、体に纏わせたまま、更に竜に近づいた。すると、鼻をクンクンと動かした竜が、再び目を開けた。その視線の先には、赤く熟れたトマトがあった。最後の晩餐を欲しているのか、ゴクリと喉を鳴らしていた。


「まっちぇちぇ!(待ってて!)」


 ムーは、畑まで走ると巨大なトマトを小脇に抱え、エッホエッホと竜の口元まで運んだ。そして、無遠慮に腕を口に掛けると、無理矢理開けようと引っ張った。

 無論、小さな子供の力で開けられるわけもない。

 しかし、彼女の意図を察した竜が、驚くことに、自ら口を開けてみせた。


「どじょ!(どうぞ!)」


 鋭い牙が並ぶ口へと放り込まれたトマトは、グジャリと潰された。何度か咀嚼し、飲み込んだ後、竜は、動かなくなった。


「おっきよ!おっき!(起っきよ!起っき!)」


 ムーは、パシパシと竜の鼻を叩いた。母親も、目を完全に閉じたあと、再び目覚めることが無かった。竜も、このままだと同じになるような気がして不安になった。


パシパシ、パシパシ、パシパシ


 パシパシの無限ループ。痛みを感じるほどの打撃ではないが、竜が微かに体を震わせた。それに気づいたムーは、高速パシパシを繰り出した。


パシパシパシパシパシパシ


すると、


「ヴォ」


突然竜が短い声を出し、首を持ち上げた。


 ズドォーン


 竜の頭が落ちたのは、畑の中。顔の下で、巨大カボチャが、種を撒き散らし、グチャグチャにへしゃげている。

 だが、竜は、そんなことお構いなしに、口を大きく開けると、鼻先にあったトマトに齧り付いた。


 ムシャムシャムシャムシャ


 まさに、当たり次第。支柱をなぎ倒し、顔を左右に振りながらむさぼり食う。トマトが終われば、ナス。ナスが終われば、きゅうり。きゅうりが終われば……。


「やーー、ムーのーやしゃーぃ!(止めて、ムーの野菜)」


 ムーは、突然の不法侵入者が、大切な畑を荒らすことに憤った。情けで一つあげるのと、全部奪われるのでは、訳が違う。


 日々の糧を奪われた怒りに、ムーは、手を振り回して竜に突進しようとした。

 でも、ワームワーム達に阻まれ、竜に近づくことができない。

 ひとしきり、畑の食物を食い荒らした竜は、ブルリと身を震わせて痛みに耐えている。


 その様子を涙目で睨むムー。手には、いつの間にか棍棒を持っている。気分的には、竜をボコボコのメタメタに殴らなければ怒りが収まらない。

 そんなムーの気持ちなどお構いなく、


ウォーーーーー


高らかに竜が勝鬨かちどきのような声を上げた。その声に驚いた鳥が、一斉に飛び立つ。そして、二度三度、のたうった後、竜は、激しい光を放って・・・人形ひとがたへと変化した。


「うぅ・・・」


 苦しげな声。血だらけの体。二メートルを超える巨体は、瀕死の状態だった。

 ムーは、暫くワームワーム達と遠巻きに見ていた。今なら、棍棒を斤に持ち替えれば、勝てる気もした。

 しかし、徐々に息が浅くなる竜を見て、可哀想になってきた。


トテトテトテ


 ムーは、竜とは反対方向に走ると、野菜とは別の場所に植えている薬草を取りに行った。風邪薬、傷薬、湿布薬。色んな効能がある草達は、どれも個性的な見た目をしている。縞模様だったり、羽が生えていたり。


 その中でも、とりわけ奇妙な薬草が、



ミィ〜ミィ〜



揺れ動くたびに鳴き声を上げていた。細長い草一本一本に、人のような口がついており、歯すら見える。

 ムーが掴んでソレを引き抜くと、薬草は、


ギョェーーーーー


と断末魔の悲鳴をあげた。この草は、この森にしか生えない薬草『叫びそう』。死んだ者の上に咲き、栄養を吸い取る事で体内に治癒エネルギーを溜め込む魔界の植物でもある。

 母の持っていた図鑑で存在を知っていた彼女は、森を散策している時に見つけて持ち帰ったのだ。

 普通なら、栽培など不可能だ。なにせ、栄養分が死体なのだから。

 しかし、何故か、ムーの手に掛かると雑草のごとく増殖していった。ワームワームのお陰もあるのかもしれない。


 ムーは、その草をポイッと竜の鼻先に投げてみた。古い伝承では、『死者すら生き返らす』と言われる薬草。ムーの母は、見た目の恐ろしさで決して口にしようとしなかったが、一口でも食せば、きっと、今も生きていただろう。


ギョェーギョェー


 抜かれてもなお、叫び草は、鳴き続けている。余程生命力が強いのだろう。その声に、竜が反応した。ゆっくりと目を開けると、草を見つめて微かに口を開けた。

 ムーは、近づくと、叫び草を竜の方へと押してやる。


ムシャ


 なんとか口元まで持っていってやると、生のまま一噛みした。


ムシャムシャムシャ


 食べるほどに、竜の瞳に生気が戻る。最後には、体を起こして地面に座ったまま叫び草を両手で掴んで貪り食っていた。

 ムーは、再び薬草畑に戻ると、残りの叫び草を全部引き抜いて竜の元へ持っていく。


「どじょ!(どうぞ)」


 もう、怖くはなかった。手渡しすると、次は、桶に水を汲んで、


「どじょ!(どうぞ)」


と竜に渡す。小さな人間の娘に命を救われ、竜は戸惑った。産まれてからずっと、人間に命を狙われ続けたからだ。簡単には、信用できない。

 しかし、勧められるままに薬草を喰らい、水を飲む。こんな場所に追いやられて住むくらいだ。この小娘も、自分と同じく異端者なのだと感じたからだ。

 暫くすると、体の傷は、跡を残したものの殆ど塞がり、腹の奥から魔力が戻ってくるのを感じた。竜がのそりと立ち上がると、ムーは、少し距離をとった。


 見上げると首が痛くなるほどの体躯。漆黒の髪。浅黒い肌。そして、蛇のような縦長の瞳孔。

 パッと見てもムーンが唯一知る人間『ママ』とはかけ離れていた。

 しかし、怖くはなかった。何故なら、何処からともなく現れた小鳥達が、竜の肩に乗り、足元にはウサギやリスの小動物が群がったから。


 彼の叫び声に呼び寄せられたのだろうか?


 ワームワームばかりにたかられるムーとは大違いの状況に、羨望に近い眼差しを巨大な男に向けた。  


「礼に、一つだけ願い事を叶えてやらんでもない」


 人の畑を潰しておいて、どこまでも、上から目線の提案。

 しかし、ムーは、考えた。ずっと話し相手がいなくて寂しかった。家族が欲しい。ムーとお話をして、笑い合って、共に暮らしてくれる家族が。


「ママ」


「は?」


「ママ、ほしー」


「俺に、母親になれと言うのか?」


 力強く頷かれ、竜は困った。なにせ、彼は、オスなのだ。彼自身にも、産み落としてくれた母がいる。顔も覚えていないが、子を産めるのは、メスだったと記憶していた。竜が、ゆっくり首を傾げると、鏡合わせのようにムーも首を傾げた。

 これが、その後、家族として固い絆で結ばれるムーと黒竜の出会いだった。


つづく





早く次が読みたいよーと思ってくださったら、嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
連載化、ありがとうございます。続きが楽しみです。
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