第5話
僕と彼女はなんで別れてしまったんだっけ、別れようといわれて僕は「いやだ」と言えなかった。
いつもテレビをつけているけど、きっと彼女はその内容を覚えていないだろう。みたくもないテレビを暇つぶしに仕方なくみていることを僕は知っている。大抵いつもぼうっとしていて、何を考えているかわからない。それは付き合っている時も、別れた今も変わらない。語尾を伸ばしたバカみたいな話し方をしている。
僕とかづきちゃん(一応ここでは付き合っていた頃の話なのでこの呼び方で)は、同棲していた。一年早く大学に入ったかづきちゃんは、高校生の僕が自分と同じ大学を受験すると思っていたし、大学を卒業しても一緒に居ると思ったからだろう、かづきちゃんはそういう考え方をするフシがある。
2LDKの間取りはちょうどよくて、月日がたてばたつほど僕たちは恋人→家族の関係になっていって、ドキドキより安心を求める関係になっていったと思う。かづきちゃんの家は両親が離婚していて、お父さんについてきていたから、家事はかづきちゃんの得意分野だった。もちろん、料理も、僕のために頑張ってくれていた。
別れたキッカケってなんだっけ、と自分に問うと、大抵「なんだっけ?」と帰ってくる。思い出せないわけじゃなく、あやふやにすることで僕はかづきちゃんとの思い出を綺麗なままで終わらせたいんだと思う。別れ話をしたのは、僕が大学1回生の時、春休みに一緒に地元に帰った時だった。あの日は2月だったから雪がよく降っていて、僕の運転する車の中、コンビニに寄ったかづきちゃんが温かい紅茶を買った日だった。
結局何が言いたかったのかわからない。ただきっとかづきちゃんは好きな人が出来たとか、僕の事が好きじゃなくなってしまったとかじゃなくて、きっと“家族”になってしまった僕との将来が考えられなかったんだと思う。これから先の事とか、昔喧嘩したこととか、そういうことの積み重ね。人っていうのは1秒ごとに変わっていってしまうから、それは仕方のないこと。言っていたことだって変わっていってしまうのだから。
僕はかづきちゃんに「私の事どう思ってる?」とよく聞かれていたのは事実で、僕はそのたびに嘘なんてつく必要がないから「大好きだよ」と返していた。それが嘘くさかったかな、今更そう思う。
一緒に地元に帰ったのに、地元からは別々に帰った。別れて家がなくなったから、すぐに一人暮らしを始めた。メッセージのやりとりだけ別れてもしていたから、住所を送ると僕のアパート宛てにかづきちゃんの家に置いていた服とか、歯ブラシとかが丁寧に段ボール4つ分になって返されていた。かづきちゃんは変わった子だったけれど几帳面だった。
それからすぐ、かづきちゃんのLINEのアイコンが変わった。僕との写真じゃなくて、僕の知らない誰かが撮ったかづきちゃんの写真になっていた。それから僕はしばらくの間、かづきちゃんのLINEをブロックすることにした。
次にかづきちゃんが僕と会うのは、3月の終わりの頃だった。別れて1ヶ月と少しくらいだった。チューターの打ち合わせが終わって大学から帰ってくると、家の前にかづきちゃんが立っていた。キャリーケースを持ってドアの前で僕の名前を呼んでいる「もみじちゃあん、いないのぉ?」ドン、ドンドン、とインターホンを無視してドアを叩く。
「どうしたの」
僕がまさか玄関からではなく、外に居たことにかづきちゃんは驚いていた。次に、ボロボロと大粒の涙を浮かべた。そして「元気だったあ?」と頑張って笑おうとしていた。僕と付き合っていた頃はミディアムくらいだった茶髪のふわふわの髪は、右が短くて、左は長いままでへんな切られ方をしていたし、頬に絆創膏をしていた。きっとなにかあったんだろうなと思って僕はかづきちゃんを家に入れるしかなかった。