第2話
オリエンテーションが終わって、僕はまた天文部に通う毎日が始まった。授業はオンラインのものばかりとっているからたいていが課題を出すだけで済む。家に居ても暇だし、ゲームするのにも飽きたから部室で先輩とくっちゃべっているのだ。今日も変わらない一日だと思っていたら、昼過ぎに1人、天文部を尋ねてきたのだった。
それから月日は少しだけ経って、オリエンテーションも終わって、部活の勧誘週間に入った。僕の所属しているのは天文部。部室棟の最上階の西側、強い日差しがさす。部室自体は毎日開いていて、毎日誰かしらのたまり場になっている。誰も星になんて興味ない、僕もだ。望遠鏡は部室の端に立てかけられていて、ほこりをかぶってしまっている。僕が入って一年経つが、まだ誰かが使っているところを見たことがない。
「ねぇ紅葉くん、そういえばチューターのバイトしてるんだっけぇ?新入生入れないと来年の予算取れないから、誰か捕まえてきてよ」
机の向かいに座るのはかづきさん、高校からの先輩。21歳、大学3年生で、天文部の副部長。けれど天文部に部長はいないから、実質この人が天文部の全ての権力を握っているのだ。僕は「どの子とも仲良くないですよ~」と適当に返事をして、再びスマホでネットサーフィンを始める。
はぁ~~と大きなため息をつくと、机を乗り越えて僕の横に座る。「ね~え、“紅葉ちゃん”」と呼んでくる。ネットサーフィンをする手を止めないまま、視線を先輩の方へとやる。ジッとみると「怖い顔しないでよぅ」と猫なで声を発す。
「ちゃんと”くん付け”で呼んでって言ってるだろ――――」
そこまで言ったところで、コンコン、と天文部のドアが叩かれる。かづき先輩はスクっと立ち上がって「はぁい!天文部ですぅ」と語尾を伸ばしてドアを開ける。そこにはかづき先輩より小柄な、でもそのクリーム色の髪は短くて、男物の服を着ている、黒のマスクをして顔が良く見えない人物が「あっあ、あ~!」と声を発する。
「新入生?見に来たの?天文部を!今、私と紅葉くんしかいないけど、どうぞ!まあ元々部員のほとんど幽霊部員で―――」とかづき先輩は聞いてもいない話をべらべらとし始める。その喋りにすっかり萎縮してしまったであろう新入生は、一歩進んでは二歩下がるを繰り返した。完全に部室に入ったところでかづき先輩が「しめた!」と勢いよくドアと鍵を閉めてしまったので、彼女(彼?)は驚いて飛び上がった。
「あっあっ、あの~~!」「私、星に興味があって~~…」
ぽつりぽつりと話し始めた……彼女で正しかったらしい。彼女は小さく望遠鏡を指差して「ここに来たら星が綺麗に見えるって教えてもらったんです~……」と言った。誰も使っていない、ほこりかぶった望遠鏡をみつけて、彼女はどういう気持ちになったのだろうか。すまない、誰も星に興味がないんだ。
「そうなの??まぁまぁ!紅葉くんの横に……あ!そう!彼は紅葉くん、二回生でぇ、次期部長なの!」
「その話、僕はまだいいと言ってませんけどね。第一、俺より来てる部員もいるのに……」
彼女は僕に会釈をして「となり失礼します」というと、パイプ椅子を引いて座った。黒のリュックをぎゅうっと抱きしめている。余程不安なんだろうけど、ひとりでここまでたどり着けたのであれば立派に肝が据わっていると思う。
「あなた、名前は?男の子?女の子?」
また向かいに座ったかづき先輩はその子に質問攻めしている。学部は?地元は?一人暮らしなの?と。彼女はすうっと大きく深呼吸をして、ひとつひとつにこたえ始めた。
「ふたば…佐野双葉です。女です…学部は、文学部です……地元はこっちで、すぐそこに実家があります」と答えた。
文学部といえば僕と同じだけれど、こんな子オリエンテーションに居たっけ?もしかしたら専攻が違うのかと思ったが、次の一言で、ただ僕が周りの人間に興味を持っていないことが証明された。
「紅葉先輩が……オリエンテーションで、天文部だと仰っていたので、興味があって……」
ぽつりぽつりと気まずそうに僕の方を見る。視線とその言葉で僕は彼女の方を見るが、見覚えはなかった。すまない、僕は人の顔を覚えるのが苦手なんだ。と心の中で謝った。
「い、いや、きっと先輩は後ろの列に座っている私の事なんて知らないんですよっ……」
というと、ぎゅうっと更に抱いているリュックを抱きしめたのであった。