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4:出会いと騒動

 結局二カ月近くの日数をかけて、チルたちはヤン家の本邸に辿り着いた。


 しかし、どうも様子がおかしい。

 チルたちはヤン領に入った折、先触れとして報せを出した。そして了承の旨を記した文も受け取ったのだ。だが、本邸に到着して来訪の旨を告げたものの、通された部屋でそのまま放置されている。


「さすがにこれは、失礼というものではないでしょうか? 茶さえ出てきませんよ!」


 ルンが、ぶちぶちと憤った。


「まあまあ。ルン。落ち着きなよ」

「いいえ! これはあんまりです!」


 チルはルンをなだめたが、おさまる様子はない。今にも抗議に走り出しそうな勢いだ。


「確かに。こうも放置されるとなぁ。これがわざとなら、あからさまなことだ。ヤン・リク殿は、そんなにチル様との縁談を避けたいんですかね?」


 フォンのぼやきにチルは頷いた。そういう意図ならば、縁談はともかく「ヤン・リク殿への頼みごと」も考え直さなければならない。そう思ったチルは扉に近づき、そっと部屋の外をうかがった。

 そして、かすかな違和感に気づく。


「……あれ?」

「チル様? どうしたんです?」


 首をかしげたフォンに、チルはそばに来るよう手招いた。わずかに扉を開けて顔をのぞかせ、探るように周囲を見わたす。廊下に人影はなく、しんと静まりかえっている。しかし二人は静けさの向こう側に、ある不自然さを感じ取っていた。


 曲がりなりにも「元・トウ家の将軍」だ。チルは懐かしさすら感じるその空気に、身を奮い立たせた。


「ねえ、フォン。この雰囲気、どう思う?」

「……これは、何かあったようですね」


 二人の纏う空気がピリリと締まり、ルンが心配そうに訊ねてきた。


「チル様。フォン。どうしたの?」

「ルン。屋敷の雰囲気がおかしい。何か、あったのかもしれない」

「うん。こちらには上手く隠しているようだけれど、たぶん、戦いの準備だ。フォン。ヤン家って今、どこかと揉めていたりするの?」


 フォンはしばらく考えていたが、やがて首を横にふった。


「そんな話は、とんと聞きませんね。それに、ヤン家の武力は紅海龍のようなものです。下手に突くと、逆に叩き潰されますから。迂闊に手を出すような家はないかと……」

「じゃあ、どこかの家との戦って可能性は少ないね。ということは、妖魔かな?」

「かもしれません。慌ただしい様子ですし、俺たちの相手をしている余裕がないのかも」

「なるほど。それなら納得だね」


 武に秀でたヤン家が、客人を放置するほど余裕がないとなれば、大層な相手なのかもしれない。誰かに話を訊けないだろうか。


 そう考えあぐねていたところで、ちょうど人が通りかかった。バタバタと急ぎ足で、大柄な男性が二人、歩いてくる。

 せめて事情を聴いておきたい。そう思ったチルは、思い切って彼らに声をかけた。


「あの、すみません。何かあったのでしょうか?」

「……あなたは? どなたです?」


 背が低いほうの男性が、怪訝な表情を見せた。あきらかに迷惑そうだ。「どなたです?」とはずいぶんだが、状況を推し量るにしょうがない。

 チルは手短にあいさつをした。


「足をお止めしてしまい、申し訳ありません。私はリャン・チルと申します」


 チルの名前を耳にした男たちは、はっと目を見開いた。そして申し訳なさそうに、もう一人の男が身体をこちらに向けて一礼する。

 その見覚えのある姿に、「この人だ」とチルは思った。


「リャン・チル殿。おかまいできず、申し訳ございません。ヤン家の長ヤン・リクと申します。ですが、重ねて申し訳ないのですが、少々立て込んでおりまして……」


 そう言って、ヤン・リクと名乗った男は頭を下げた。背が高く、均整のとれた身体をしている。チルの記憶だと、髪を短く刈りこんでいたように思うが、今は結い上げて頭の後ろでまとめていた。


「いえ。お気になさらず。ですが、その、屋敷が騒がしいようなので、何かあったのかと思いまして……」

「……騒がしい? ですか?」


 ヤン・リクは微かに眉根を寄せた。


「その、この辺りではなく、表の方です。もしや、戦の準備をなさっているのでは?」

「それは! ……そうか。あなたは軍籍にいらっしゃいましたね」

「はい。ですので、もし私たちが邪魔になるようでしたら、街の宿にでも下がらせていただこうかと思ったのですが」


 部外者である自分たちがここに居ては、何かと不都合があるだろう。チルはそう提案したが、ヤン・リクはそれを制した。


「いえ。それは止めておかれた方が良いでしょう。実は、遠くない村に妖魔が出たのです」

「妖魔、ですか」


 やはり、とチルは、フォンと視線を交わす。


「はい。ただお恥ずかしながら、その妖魔というのが、ヤン領では見たことがないモノでして、いつになく対応に追われているのです。妖魔が街までやって来ないとも限らない。閉じ込めてしまうようで申し訳ないが、こちらにいらっしゃった方が安全です」

「そうですか。わかりました」

「すみません。では……」


 チルは素直に聞き入れ、ヤン・リクはその場を離れようときびすを返した。

 しかし――――


「ヤン・リク殿。その妖魔というのは、どのような?」


 呼び止めたチルに、ヤン・リクはわずかに苛立ちのこもった視線を向けた。


「申し訳ないが、急いでおりますので……」

「いえ。お引止めしたいわけではなく、その妖魔、ヤン領では見ないモノかもしれませんが、他の領では馴染みのあるモノかもしれないでしょう?」


 その言葉に、ヤン・リクは目を瞠った。


「幸いこちらの護衛、トウ・フォンは妖魔討伐の経験が豊富です。お力になれるかもしれません」


 チルがフォンを示すと、彼は畏まって頭を下げた。


「それは、ありがたいですが、しかし……」

「それこそ迅速にいきましょう。互いに協力しても、なんら不都合はないはずです」

「…………」

「あ、もちろん。そちらに不都合が無ければ、ですけど。……他意はありません」

「……ふっ」

「え?」


 どういうわけかヤン・リクは笑った。しかし戸惑うチルをよそに、話を続ける。


「いえ。……わかりました。正直助かります。その妖魔というのは、白い大蛇です。頭部に蔓性の植物を生やしていて、その蔓に毒があるようで……」


「「 頭に植物の白い大蛇?! 」」


「え、ええ……」

「ちょ、ちょっと待ってください。その大蛇が、村を襲っているということですか?」

「それより花! 花の色は?」


 血相を変えたチルとフォンを見て、ヤン・リクは気を引き締めた。


「心あたりが、おありですか?」

「ええ。ですが……」

「まずいことでも?」

「えっと、とにかくまずですね。その蛇の頭部の植物には花があったと思うのですが、その色は? わかりますか?」

「どうでしょう。私は実際、見ていないので……。イラ。何か聞いているか?」


 ヤン・リクは、彼の側に控える男に訊ねた。その気安さを見るに、彼の側仕えなのだろう。


「花の色、ですか。……そう言えば、兵のひとりが黄色い花と叫んでいたのは聞きましたが……私も直接目にしていないので、確実ではありません」

「……黄色、ですか」

「フォン。どう思う?」

「どうでしょう。それこそ実際に見てみないと何とも。違う妖魔の可能性もありますし。ですが『華白』だとして、村を襲っていたということは、あまり時間はないかもしれません」

「そうね」

「……難しい、妖魔ですか?」


 ヤン・リクの問いに、チルは指を唇にあてた。


「そう、ですね。その妖魔が私たちの考えているモノだとして、その大蛇は本来、もっと北の土地にいるはずの妖魔です。移動する妖魔ではありますが、ヤン領ほど南に居るのは珍しい。頭部の花の色によって、その危険度が変わってくるのが特徴です。白や青なら安全。それどころか、人を助けてくれることすらあります。ですが黄色は……」

「『危ない』と」

「はい。毒のある蔓を振りまわして暴れて、手あたりしだいに攻撃してきます。村を襲っているのもそういう次第かと。ですが、花が赤く変わる前になんとかしないといけません。下手に手を出せなくなります」

「なるほど。事は急を要する、ということですね」

「はい。ですが逆に言えば、花が黄色のうちなら打つ手はあります」


 チルがフォンに視線を向けると、彼は「まかせろ」とばかりに視線を返した。


「フォン。ヤン・リク殿に同行して、加勢をお願いできますか? 私が行っても良いですが、この場は残った方が良いでしょう」

「もちろんです。ヤン・リク殿さえよろしければ」

「願ってもないことです。どうかお願いしたい」


 話は、まとまった。




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