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チルの縁談  作者: 千賀 万彩記


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13/13

13:縁を結ぶ

 チルはヤン・リクと並んで、川べりの岩に腰かけていた。

 散策に出たものの、外は汗ばむほどの陽気で、とうとう我慢できなくなったのだ。二人は履物を脱いで裾をたくし上げ、足を冷たい川の水につけた。少々気まずい感はあったが、今更だ。


「そういえば、チル殿が土産で貰ったユシ蜜柑の水菓子というのは、もしかして妹が?」

「あ、はい。そうなんです。スイ・リエナ殿からいただいたのがきっかけで」

「なるほどな。確かにあれはよく、自ら台所に立っていた。汁物だ焼物だと、何かしら食べさせられたな。おそらく例の水菓子も、自分で作ったものだろうよ」

「ええ。あれは、スイ・リエナ殿の味だったのですね。一緒に台所に立つことはありましたが、さすがに彼女の味を再現することはできません。そうできたなら、スイ・リオ殿にも食べてもらえたのですが……」


 残念がるチルの言葉に、ヤン・リクは表情を強張らせた。


「……ちょっと待て。妹は、スイ家でも台所に立っていたのか?」

「あ、っと。そう、ですね。『気晴らしに……』と」


 『姫』と呼ばれるような身分の女性が、自ら包丁を握ることはまれだ。もちろん家によるものなので、ヤン家では普通のことであったし実際よく見る光景だった。

 しかし、自らの家格を必要以上に気にするスイ家では、それは歓迎されなかったのではないだろうか。


 ヤン・リクは不安を訴えたが、チルはバツが悪そうに視線を外す。


「それに……『あの』旦那が、許したのか? 」

「いえ、その、どちらかというと、彼女の手料理を、喜んでいたように思います……」

「ちっ。あの野郎……」


 ヤン・リクが、舌を打つ。「心底忌々しい」といった様子で吐き捨てるものだから、チルは笑ってしまった。どうやら妹婿とは確執があるようだ。まあ、気持ちはわからないでもない。


「まあ。お二人には悪いですが、彼はなかなかの『ひねくれ・我が儘・お坊ちゃん』でしたからね」

「気が合うな。同感だ」


 チルは、彼が起こした『珍事件』の数々を思い出し、苦く笑った。

 スイ・リエナの夫にしてスイ・リオの父親は、『いかにもスイ家の貴人』といった人物だったからだ。

 傲慢で厭味ったらしく、我が儘で人の気持ちを考えない。無意識に人を蔑み、自分の言動が相手を傷つけたことにすら気付かないお坊ちゃん。


 しかしどういうわけか、スイ・リエナには弱かった。ホレた弱み、というものかもしれない。

 そして何より彼女と結婚し、彼は変わった。ぎこちなく、独りよがりなこともあったが、『気遣い』というものを覚えたのだ。

 

  周囲は槍でも降るのではないかと慌てたが、妻と息子の存在が、彼を変えたのだろうと胸を撫で下ろしたのも事実だ。


「まあ、彼女たちのことを大切に想っていたのは確かです。……少々、節度はありませんでしたが」

「むぅ……」

「あははっ。よっぽどなんですね」


 口元を抑えて黙りこんでしまったヤン・リクを横目に、チルは再び声を上げて笑った。



 しばらく妹婿の思い出話という名の愚痴に花を咲かせていたが、ふと、ヤン・リクはチルに訊ねた。


「チル殿。その、少し良いか?」

「はい?」

「率直に訊く。チル殿は、この縁談についてどう思っている?」

「……突然ですね」


 本当に突然のことだったので、チルはあっけにとられた。ヤン・リクは苦く笑って肩をすくめる。


「ああ。何というか、互いになんとなく流してしまっているだろう? だから、チル殿はどう考えているのかと思ってな。面倒な忖度は無しだ」

「なるほど。そう、ですね……」


 チルは、しばし言葉を切った。


「正直言うと、『さほど興味がなかった』というのが一番近い表現でしょうか。蟄居が明けたばかりでいきなり縁談話なんて、と腹立たしくすらありました。長の顔が立てばよいか、くらいの気持ちだったんです。スイ・リオ殿のこともありましたし、不義理でしょう? ですので、その、はじめから、一度会ってお断りするつもりでした」

「ふむ」

「その、すみません」


 申し訳なさそうに視線を落としたチルに、ヤン・リクは苦笑する。


「いや。それはお互いさまだ。俺も断るつもりだったからな」

「……」

「いや。チル殿がどうこう……というわけではない。俺の問題だ」


 視線を戻したチルに、彼はあわてて言葉を添えた。

 しかしチルは、いつもの『あれ』を発揮する。


「ヤン・リク殿は、その、そもそも結婚する気がないように見えます」

「……さすがだな。家人の前では言えないが、そういうことだ」

「……」


 やはりそういうことらしい。その理由は推し量ることしかできないが、それは彼の意志だ。チルは納得し、その意を受け入れようと続きを待った。

 しかし、ヤン・リクは気まずそうに頭をかくと、首をふった。


「いや。そういうこと『だった』だな」

「え?」


 チルはどういう意味かと聞き返したが、明確な言葉は返ってこない。仕方がないので、チルは話を続けることにする。


「ヤン・リク殿。私もひとつ、聞いて良いですか?」

「ん?」

「あの、ヤン・リクどのは、例の事件を知ってらっしゃったということは、私のこともある程度、事情をご存知だったということですよね?」

「まあ、そうだな」


 ヤン・リクは、ちょっと困ったように頬をかいた。


「それなのに何故縁談を? もとから断るつもりだったとはいえ、どうして私と会おうと思われたんですか?」

「おかしなことか?」

「ええ。自分で言うのもなんですが、『あのスイ盟主を殴り飛ばした女』なんて、厄介で面倒でしょう? それに、トエク大師から『事情』を聞いてらっしゃるのであれば、なおさらです。スイ・リオ殿には、あえて『伝えなかったこと』があることも、貴方は……」

「……それは」


 ヤン・リクは言葉を詰まらせ、チルは黙って頷いた。


「ええ。私は『あの子』を助けたことは、微塵も後悔していません。ですが、私が爆弾を抱えているというのは解ります。大きな家の長という立場なら、そんな私との縁談など、真っ先に避けたい案件だと思ったんです」

「……」

「ホク・ヨウ夫人はツワモノですが、トウ・カラム殿とは違って、ヤン・リク殿なら断ることもできたはず。だから、不思議に思って……」

「チル殿」


 そこまで聞いたヤン・リクは、チルの言葉を遮った。そして、がしがしと頭をかき、言葉を探す。


「前にも口にしたかもしれないが、俺の母も武人でな。当時のヤン家の中で、おそらく一番強かった」

「それは、すごいですね」


 紅海龍のヤン家で、一番強かったというなら相当だ。突然の話にチルは戸惑ったものの、素直に賞賛の意を示した。


「ああ。白状すると、父との鍛錬よりも母との鍛錬の方が、ずっと厳しくて……怖かったな」

「ふふっ」


 ヤン・リクはうなずき、目元を緩ませる。


「そう。母は強くて、なにより武人だった。だから他領と戦になった時、あの人は逃げずに残って戦ったんだ。…………そして、死んだ」

「……」

「俺が十二の時だ。子ども心に恨めしく思ったよ。『どうして家人の夫人や子ども達、自分や妹と一緒に逃げてくれなかったんだろう?』とな」

「……」

「もちろん今は、母が逃げなかった理由も、その意志も理解できる。理解できるが、その、いまだに燻っている感情もあってな……」

「……」

「チル殿。貴女は武に秀でた人なのだろう。武人でもある。だからこそ、俺は『怖い』」

「……」

「貴女と一緒に居たいと思うと同時に、それが、恐ろしくもある」

「……」


 チルは、言葉を返せない。


 ヤン・リクは続けた。


「だが、貴女は『良い武人は、戦って、それでも生きて帰ってくるもの』だと言った」

「……」

「そう言いきってくれたことが、俺はとても嬉しかったんだ」

「……」

「スイ盟主を殴ったのは、いったいどんな人なのか。そういう『ただの興味』がきっかけだったのは確かだ。ホク・ヨウ夫人のしつこさにも、いいかげん辟易していたしな」

「……」


「だが、それはもうどうでもいい。俺はチル殿の言葉が、とても嬉しかった。なにより、スイ盟主の横暴に抗い、彼を殴りとばしたその上で、幼子と共に逃げて生きのびた。ほかでもないチル殿がそう言うのなら、信じてみても良いかと思ったんだ」


 ヤン・リクはそっと、自らの骨ばった手を差し出した。


「チル殿。俺は、貴女との『縁』を、終わらせたくない」


「……」

「貴女の『こたえ』を急ぐつもりはない。だが、俺がこの『縁談』を断ることはないだろう。チル殿が嫌だと感じないのなら、そういうつもりで、付き合いを続けてもらえないだろうか」


 チルは、やっとのことで口を開いた。


「それは、結婚を前提に……ということですか?」

「ああ」

「あの、私のような者で、本当に良いのですか? 自分で言うのもなんですが、厄介な女だと思いますよ?」

「それは違う。確かに厄介かもしれんが、『チル殿だから』言っていることだぞ」

「そう、ですか……」

「そうだ」

「……ふふ」

「……駄目か?」

「いいえ。……そういうことなら、喜んで。……リク殿」


 チルは微笑み、ヤン・リクの手をとった。


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