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チルの縁談  作者: 千賀 万彩記


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11/13

11:頼みごと

「ほう。チル殿はリャン家で細工職人を。トウ・フォン殿が、チル殿は手先が器用だと言っていたが、たいしたものだ。あそこの工芸品は、精巧で質が良い」

「もともと自分で小物を作ったりするのは趣味だったので、ちょうど良かったんです。おかげで退屈せずにすみました」

「それは何よりだ」


 チルは、愉快そうに笑うヤン・リクを見上げた。


 しばらくの間、チル達はヤン家に滞在することになった。妖魔の毒を受けた者の治療を請け負ったこともあるが、本来の目的である『見合い』を仕切り直すためだ。


 とはいっても格式ばったものではなく、ヤン・リクに招かれて茶を飲んだり近隣を散策したり、会ってとりとめない話をするという、ぼんやりしたものだった。

 今日も裏山のツツジが見頃だということで、二人で花見に出かけることにした。緩やかに登る山道を、たわいもない話を交わしながら歩く。


 あの宴会以来、ヤン・リクは『素』でいることにしたようだ。今も髪をおろしている。はじめは彼の意図がわからずチルも警戒したが、三日でやめた。それどころか彼女も着飾るのはやめて、今は動きやすい普段着姿で会っている。

 ルンの小言は止まらなかったし、『見合い』の席としてはどうかとも思うが、正直なところ楽でいい。


「一体、彼はどういうつもりなのだろう?」チルは考えた。ヤン・リクの行動を見るかぎり、嫌われているわけではない、とは思う。何かと自分を気遣ってくれるし、こうやって自らヤン領を案内もしてくれる。


 ただ、見合いと称していても『チルを嫁に望んでいる』とはどうにも思えなかったのだ。どちらかというと、彼は『結婚そのものを拒んでいるのではないか』とすら思える。


 しかし意外にも彼と過ごす時間は楽しいもので、拒まれているわけでないのなら、それで良い。そう考えて、チルは腹をくくった。

 というのも、チルは『ヤン・リクへの頼みごと』をどうしたものか、考えあぐねていたのだ。思わぬ形で彼との距離は縮まったものの、個人的な頼みごとを「縁談」や「妖魔退治の手伝い」の対価にはしたくなかった。

 切り出すに切り出せない。どうしたものかと頭をひねっていたところ、ヤン・リクが声をかけてきた。チルはあわてて会話に意識を戻す。


「チル殿は、どのような細工を作るんだ?」

「そうですね。彫り物が多いでしょうか。桐やクルミなどの木材や、柔らかい鉱石を削って、意匠を彫り出すんです。帯留めの飾り石や刀剣の目貫ですとか、耳飾りの玉ですとか」


 ヤン・リクは目を瞠った。


「刀剣の目貫! そんなものまで作るのか」

「ええ。今はリャン家の職人として彫っていますが、以前はただの趣味でしたので。個人で友人や親しい人から依頼を受けたり、贈ったりしていたんです。なにしろトウ家は武人ばかりでしたからね。自然と『そういうモノ』ばかり作っていました」

「なるほど。それは、見てみたいものだな」


 その言葉に、チルは小さな期待を抱いた。これは、例の『頼みごと』のきっかけになるかもしれないと考えたのだ。慎重に言葉を選ぶ。


「……ご覧になりたい、ですか?」

「ん? ああ。そうだな。チル殿が作った細工だろう? どんな物なのか、興味はある」

「その、実は、いくつか持って来ているんです。自分用に作った飾り物ばかりですが。屋敷に戻れば、お見せできますよ?」

「そうなのか? ならば是非」

「わかりました。そう、ですね。よろしければ明日、お茶にいらっしゃいませんか? いつもご馳走になってばかりですので、たまには招かせてください」

「……良いのか?」

「ええ。まあ、お招きするといっても、そもそもヤン家の屋敷の中ですけどね」

「ははっ。違いない」


 チルは、少しの嘘をついた。じわりとした後ろめたさが胸に広がる。


「……どうした? 疲れたか?」


 妙な鋭さを発揮したヤン・リクが差し出してきた手に、チルはどうにか笑って応えたのだった。



 ※



 翌日、約束の時間きっかりに、ヤン・リクはチルを訪ねた。

 ひととおり茶と会話を楽しむと、チルはいくつかの細工を出してきた。髪飾りや耳飾りなど女性用の装飾品の他に、刀剣に吊るす飾り玉など、『姫』には少々そぐわない装飾具もある。

 しかしどの品も精巧で美しく、ヤン・リクは思わず息をもらした。


「これは……素晴らしいな。確かに趣味で終わらせるには惜しい腕だ」

「ありがとうございます」


 その忌憚のない賞賛に、チルは照れくさそうに頬をかいた。その分、『頼みごと』のことを思うと気が重くなる。


 とはいえ、腹はくくったのだ。チルはそう意気込んで立ちあがり、ヤン・リクの正面にまわった。最大級の作法に則って礼をとり、腰をおろす。


 そして小さな木箱を取り出すと、そっと差し出した。


「チル殿?」

「実は、ヤン・リク殿に、頼みたいことがあるのです」


 チルは深く頭を下げた。

 ヤン・リクは息をのみ、声を強張らせる。


「……なんだ?」

「この帯飾りを、スイ・リオ殿に渡していただきたいのです」


「スイ・リオに?」 


 チルの要望が意外だったのだろう。突然出てきたその名前に、ヤン・リクは眉根を寄せた。


 スイ・リオとは、スイ家の長のことだ。

 まだ十三と歳は若いが、先代が跡継ぎのないまま急死した結果、直系で血が一番濃かった彼が跡を継ぐことになった。幸い心強い補佐はついていたが、「未熟で御しやすいだろう」と、取り入ろうとする輩は後を絶たない。


 そんなスイ・リオを、ヤン・リクは一等気にかけていた。なぜならスイ・リオは、彼の妹の息子、つまり甥にあたるのだ。妹は夫と共に、先の戦に巻き込まれて亡くなっている。妹の忘れ形見であるスイ・リオを、ヤン・リクは慈しみ、かつ厳しく鍛えていた。


「どういう意図だ? なぜ自分で渡さない?」

「私は過去の件で、スイ家への出入り禁止を言い渡されています。スイ・リオ殿と直接お会いすることができません。それに私が贈ったとしても、そのまま捨てられてしまうでしょう。ですがヤン・リク殿が間に入ってくだされば、受けとってもらえるかもしれない」

「……最初から、そういうつもりだったのか? スイ家への、スイ・リオへの取り入りか? そのつもりで、この縁談を組んだのか?」


 ヤン・リクの顔に、苛立ちの色が広がった。そもそもこの縁談を、チルがスイ家へ取り入ろうとして、仕組んだのかと疑ったのだろう。

 しかし、チルは否定する。


「いいえ。それは誓って違います。この縁談話は、ホク・ヨウ夫人の意志で持ってこられたもので、私の頼みごととは全く関係のない話です。ただ、私が私の望みについて、『貴方になら頼めるかもしれない』と期待を抱いたのは事実です。縁談を利用するような形になったことは謝罪します。ですが、話だけでも聞いていただけないでしょうか」

「…………」


「事情は説明します。そして、それを聞いた上でどうなさるかの判断は、ヤン・リク殿に一切をお任せします。私の、ひどく私的な頼みごとです。納得されなければ、断わってくださって構いません」


 しばらくチルの後頭部を見つめて黙り込んでいたヤン・リクだったが、やがてがしがしと頭をかくと、今までで一番大きなため息をついた。


「聞きましょう。貴女がそこまでするんだ。さぞ、のっぴきならない事情なのでしょう。利用されたようで少々悔しくはあるが、此度受けた恩を返すと考えれば、妥当なところだ」

「……そういう、対価のようになるのが嫌だったんです」


 チルが申し訳なさそうに、そして悔しそうに言葉をもらすと、ヤン・リクは呆れ顔で鼻をならした。


「チル殿は……そうだろうな。だが俺は、貴女から頼られるというのは、悪くない気分だ」

「はい?」

「なるほど。こういう気持ちは、割とはじめてだな」


 まただ。なにやら一人で納得している。


「ヤン・リク殿? その、からかってます?」

「さあな。チル殿は、どう思う?」


 ヤン・リクは、ほんの少し寂しさを目元に残したまま、チルに笑いかけた。


「……すみません」

「チル殿が謝ることはない。それに、その事情というのが何なのか、俺も気になってきた。俺ができることなら協力しよう。だが、できないこともある」

「もちろんです。……ありがとうございます」

「で、どのような事情なん……」


 ヤン・リクが、話の先を促したその時だ。

 慌ただしい足音が近づいて来たかと思うと、バンッと乱暴な音をたて扉が開かれた。


「伯父上! あのリャン・チルと縁談など、どういうことですか!」



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